女を通して世の中が見える

 まずは彼女を支える背景を理解してもらったうえで、ファースト・ソロ・アルバム『標本箱』の話に入ろう。テーマは〈女〉で、11曲で11人の女の物語を歌うコンセプト作。ベースに中尾憲太郎(ART-SCHOOL他)、ドラムスに柏倉隆史(toe/the HIATUS他)とMASEEETA(Hermann H.&The Pacemakers他)ら凄腕たちと、女性シンガーのプロデュースにおける第一人者・松岡モトキを迎え、彼女の持つ多面的な音楽性、文学性、演劇性を解き放った素晴らしい作品だ。

 「自分自身、女であることがうっとおしいなと思う反面、女って最高だなと思うときもある。女はすごく多面的な生き物で、一言では答えられないんですよね。だから11人の女を並べることで、その奥にきっと私もいるし、女を通して男が見えたり、いろんなものが見えるんじゃないかな?と」。

黒木渚 『標本箱』 ラストラム(2014)

 1曲目“革命”に登場するのは、ジャンヌ・ダルクをイメージした〈闘う女〉。社会や恋愛において、闘いながら生きる女性たちへの力強い応援歌だが、同時に彼女自身の、再出発にあたっての決意の曲でもある。

 「〈私は強い。私はやれる〉って暗示をかけて、自分を鼓舞しないとやっていけない状況だったんですよ。それを〈痛みが分かると言うなら トドメを刺す気でゆかねば/戸惑いは切り捨てよ〉という2行に集約して書きました。闘う女って、可愛げがないイメージがあるけど、やっぱり怖かったんです。ジャンヌ・ダルクもきっと革命の前夜に震えてたかもなって想像して、私をそこに投影してみました」。

 2曲目以降は、より物語性の強い楽曲がずらりと並ぶ。運命の人を探し彷徨う女を七五調のリズムに乗せて艶やかに歌う“金魚姫”。上流階級の紳士と出会った素朴な少女が、華やかな世界への野心に目覚めていく“あしながおじさん”。泥沼不倫の果てに自死した女が、死んだことを後悔する自縛霊となってつぶやく“ウェット”のようなホラー・ストーリーもあれば、中国の纏足の風習をモチーフに、現代社会のなかで閉塞感に苛まれる女を描く“あしかせ”など、すべての曲でストーリーテリングの上手さが冴え渡る。

 「“ウェット”はフィクションですけど、サビだけはノンフィクションに近い感覚です。幽霊が〈死んでも悲しみは残り続けるんだから、死んでも意味ないぞ〉っていうようなことを言ってくれる。現実からひどい仕打ちを受けたと思っても、とにかく生き抜いて現実に仕返しをしろ、と。現実は悪趣味な作りものだったりする瞬間がいっぱいあるけど、やっぱり生き抜いていかなきゃいけないと思うんですよね」。

 学生時代にポスト・モダン文学を研究し、黒人文学を読み込み、精神的なものは村上春樹に、言葉選びは江國香織などから影響を受けたという彼女の、文学的才能の豊かさはあきらかだ。ならばなぜ彼女は、音楽を選んだのか?

 「もともと思想や表現したいものがあって、方法は何でも良かったんですけど、音楽が最速だったんですよ。心に刺さるスピードが。本を書いて〈デュオニソス的な……〉とか哲学チックなことを書いても、読んで理解するまでに時間がかかるし、ズバッと感覚にめり込んでいくためには、リズムとメロディーとほんのちょっと言葉があれば伝えることができる音楽が、いちばんバランスが良いので。それが自分にはフィットしたんです」。

 黒木渚が音楽を選んで良かった。そう信じる聴き手の熱意を受けて前進する姿は、凛々しく美しい。共により良き未来を手にするため、進撃のときはいまだ。

 

▼関連作品
左から、2013年のミニ・アルバム『黒キ渚』、2013年のシングル“はさみ”(共にラストラム)
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▼参加プレイヤーの関連作品
左から、ART- SCHOOLのニュー・アルバム『YOU』(キューン)、toeの2012年のEP『The Future Is Now EP』(Machu Picchu)、Hermann H.&The Pacemakersの2014年作『THE NOISE, THE DANCE』(mini muff)
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