英国のウェストミンスター寺院聖歌隊出身の若い声楽家8人が2003年に結成したア・カペラ(無伴奏)グループ「ヴォーチェス8」がデッカに移籍して最初のアルバム『夕べの祈り』(原題は「eventide」=夕方)の1曲目、タリス作曲の《光よ、お前の消える前に》では、クリスティアン・フォーショウのサクソフォンが静かに、柔らかくからみ、抜群の効果を上げる。来日したグループのリーダー、スミス兄弟(バリトンで兄のポール、カウンターテノールで弟のバーナビー)に、「これはフリージャズのサックス奏者、ヤン・ガルバレクとあなたたちの先輩に当たるヒリヤード・アンサンブルECMで制作した歴史的名盤『オフィチウム』へのオマージュか?」と開口一番、質問した。

 「その通り。オフィチウムが世に送り出されて20年の節目を祝うとともに、2014年に解散したヒリヤードの功績を讃える意味で、ここに収めた」と、ポールが答えた。「サックスは人間の声に近く、大地を思わせる音色を備えた美しい楽器だし」と、バーナビーが付け加える。コンセプトは「クラシックに親しみのない聴き手にも“素敵なメロディ”と感じてもらえる楽曲を時代の別なく集め、和声を巧妙かつ複雑に仕掛けることで統一感を与え、1日の終わりにゆっくり、リラクゼーションの感覚で楽しめる1枚」だった。

VOCES8 夕べの祈り~奇蹟のア・カペラ Decca/ユニバーサル(2014)

 「過去500年の音楽から自由に選んだ」中には最近の英国ヒットチャートを賑わせたエミリー・サンデーの《ホエア・アイ・スリープ》も含まれる。「ポップ・ミュージックにもクラシックのルーツはあり、名作の多くはすでに文化遺産といってもいい価値を備えつつあるとの実態を少し強調したかった」と、彼らは選曲の背景を語る。

 もちろん、奇抜なアイデアを音楽的にも納得させる裏には、高度の技術と芸術性が厳然と存在する。「結成以来、8人はフルタイムで行動をともにしてアンサンブルに磨きをかけ、すべて暗譜で臨む。現在は年120回の演奏会を世界各地でこなす一方、年間2,500人が参加する教育プログラムにも取り組んでいる」。

 ロンドン市内の古い教会(聖アン&聖アグネス教会、聖ポール教会と同じクリストファー・レン設計)を取得し、すでに約百万ポンドを投じてザ・グレシャム・センター(www.greshamcentre.com)を整備。リハーサルから録音、音楽スクール活動までを一貫して行える本拠として活用する。「世界中の古楽演奏家、学生、アマチュアが集まる殿堂だよ」と、スミス兄弟は胸を張る。「学生時代にバッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木雅明さんから受けた刺激を、今度は自分たちが若い世代に伝える番だ」とも。