4部作の第一弾『ジェシーVol.1』が発売になり、その先にみえてきた光り輝く天才少年の音楽の旅の始まり
ひとりで全楽器を演奏し、多重録音でアルバムを作ってきた。そこからジェイコブ・コリアーは、“ひとりオーケストラ”と称されてきたが、前回の来日公演ではブルーノート東京シンフォニック・ジャズ・オーケストラと共演し、新作『ジェシーVol.1』ではオランダのメトロポール・オーケストラとコラボしている。オーケストラへの触手は、いつ頃から伸ばされてきたものなのか。
「そもそも子供の頃に僕は、少しだけオペラを学んだ。その時からいつかオペラを書いてみたい、という好奇心を持ち続けてきた。今回オーケストラのためのスコアを初めて書いた。自分の領域を超えることへの興味が常にあり、思い切ってオーケストラと共演しようと思ったんだ」
確かに出発点は、オーケストラとの共演がコンセプトだった。でも、構想を練り、曲を書いていくなかで、「ジャズもロックもフォークもエレクトロも捨てがたい」という気持ちがどんどん膨らんだことで、『ジェシー』は、4部作に発展した。だから、新作のタイトルが『ジェシーVol.1』なのだ。
「全てのアイディアを1枚に凝縮させるのは不可能だった。4部作にすると決めたからは、降ってきた曲のアイディアを世界観に合わせて振り分けるのが楽しくなった。すでに配信中のVol.2は、民族楽器を取り入れたフォーキーな作品、Vol.3は、エレクトリックな音楽、Vol.4は、人間の声をフィーチャーした作品になる予定だ」
さて、具体的にメトロポール・オーケストラとはどのような方法でコラボしたのか。彼らと組んだ理由は、「クラシックのみならず、ジャズとか、グルーヴ感のある演奏に定評がある」からで、指揮者のジュレス・バックレイとは友人関係にあるという。
「MIDIに音を取り込み、そこからスコアを起こして、オランダに持っていき、約1週間をかけて、メトロポール・オーケストラのレコーディングを行った。その音源をロンドンの自宅に持ち帰り、ロジックという編集ソフトを使い、サウンドに加工を施す一方で、自分の楽器演奏や声を加えていく。目の前にパーツが並べられていて、僕はまるで画家になった気分で、キャンバスにパーツという色を重ね塗りすることで、当初は想像していなかった絵が完成したりした。これが楽しいんだ」
メトロポール・オーケストラ以外にも共演者がいる。そのひとりがモロッコの伝統音楽グナワの巨匠、ハミッド・エル・カスリだ。
「単身カサブランカに乗り込んだ。ところが、僕が用意したトラックと伝統音楽とでは互換性がなく、急遽書き直した。音楽が異文化や異なる考え方でさえもひとつにしてくれる、をテーマにメロディと歌詞を共作した。BBCプロムのために書いた曲でもあったので、コンサートには彼と仲間に参加してもらった。歴史のある伝統音楽もイギリス人には初めて知る新鮮な音楽、反響はすごかったよ」
アルバムは、《オーヴァーチュア》が2曲目で、混声8人組のヴォーチェス8と共演した讃美歌風の《ホーム・イズ》で始まる。
「《ホーム・イズ》は、4部作の始まりを告げる曲。自分は何者で、どこに帰属しているのか、と自問する意味が込められた曲。ここから始まり、僕はアルバム4枚を通して、何かを見つけたいと期待している。夜明け前の静寂さを表現した曲でもある。そして、4作目の最後は、またヴォーチェス8と共演した曲で帰結するようになっている」
聴けば、聴くほどアイディアの詰まった4部作。どのしてこのような音楽が生まれるのか。彼が大切にしているスピリットは「音楽の変化を許すこと」。そして、「作曲とは時間をかけて即興演奏するようなもの。ライヴは演奏しながら、変化が起きている、即興演奏の連続」と語った。翌日のライヴは、観客を合唱に巻き込んでのまさに即興の嵐、制限のない彼の感性と創作意欲に圧倒された。
最後に彼は、新作を「長い音楽の旅の始まり」と位置付けている。旅の先にあるものはオペラやミュージカル、映画音楽の作曲だ。
ジェイコブ・コリアー (Jacob Collier)
ロンドンの音楽一家に生まれる。2011年から多重録音のアカペラと楽器演奏による動画を自宅のベッドルームからYouTubeで配信し何百万ヴューを獲得するなど世界中で話題となる。それがクインシー・ジョーンズの目に留まり2016年にデビューを果たし、2017年にはグラミー賞を2部門で獲得。一躍スターとなったジェイコブはその後ハービー・ハンコック、ハンス・ジマーなどとのコラボレーションを実現し、ファレルとも共演を果たした。様々な楽器を操るシンガー、作曲家、アレンジャー、プロデューサーとして、2度のグラミー賞に輝いている天才マルチ・ミュージシャン。