3つの異なる個性がハーモニーを奏でたら? シンプルだからこそ耳に残るかけがえのない歌声とメロディー、そのなかで揺れる繊細な思い

 ヘクとパスカルはちょっと不思議な3人組だ。映画監督の岩井俊二、女優/シンガー・ソングライターの椎名琴音、作・編曲家の桑原まこ、それぞれ世代も個性も違う3人は、運命の赤い糸に引き寄せられるようにして出会った。

 「最初、桑原さんに僕が作る曲のアレンジを手伝ってもらっていて。彼女は作曲家だし、何かおもしろいことが一緒にできないかと思って声をかけたんです。その後、椎名さんのデモテープを聴いて〈これはスゴい!〉と思って仲間に引き込みました」(岩井)。

 岩井の誘いに「最初は本気にしていなくて〈遊びならほかを当たって!〉って思っていたんです」と笑う桑原。でも、椎名の参加で「勢いよく発車できたと思う」と振り返る。3人全員が曲を書くのがヘクとパスカルの特徴だが、シンガーはひとりだけ。椎名の歌声がユニットの鍵だった。

 「歌は練習しすぎないようにして、歌詞やメロディーの理解を深めるようにしています。その理解が深いほど、歌った時に強いものが出来ると思うんですよね。そして、曲の始まりから終わりまで、ひとつの物語だと感じて演じるように歌っています」(椎名)。

ヘクとパスカル ぼくら REM(2015)

 椎名のシンガーとしての魅力について桑原は「一曲一曲に夢中になって、歌詞に影響されて声や目の色が変わるのが好き」と語るが、女優としても活動する彼女の〈表現に対するこだわり〉が、ヴォーカルにしっかりと反映されている。そんな彼女の歌声を主役にして、ヘクとパスカルの世界が広がっていくのがファースト・ミニ・アルバム『ぼくら』だ。3人の初めての共同作業になった“風が吹いてる”(作詞/作曲:岩井俊二)をはじめ、「夢に出てくる悲しい思い出を葬るために書いた」という“ユメ”(作詞/作曲:桑原まこ)や、「誰にも会いたくないと思って透明になった主人公の孤独な気持ちを歌にした」という“透明人間”(作詞/作曲:椎名琴音)など、それぞれが書いた曲に加えて共作も収録。作詞:岩井×作曲:桑原による“ぼくら”では、岩井からの厳しいダメ出しもあったとか。

 「将来に漠然とした不安を持つ若者の、夕暮れのリアルな一瞬を歌にしたかったので、そうなるまでOKを出さなかったんです。僕のなかに最初からイメージがあったので、桑原さんはやりにくかったかも」(岩井)。

 「ダメ出しは馴れてますけど、この時は腹が立ってデータをゴミ箱に捨てました(笑)。最初は頭で考えすぎていたんですよね。ダメ出しされて当然。その後はすぐに出来ました。もちろん前のヴァージョンも真剣に作っていたので、いまでも歌えますけど」(桑原)。

 ピアノやウクレレのシンプルな伴奏、そして、稀有な歌声から紡ぎ出されるヘクとパスカルの音楽は、美しいメロディーのなかに繊細な思いが揺れ動いている。「それぞれの本番はソロだと思うので、ヘクとパスカルでは〈コラボ〉という化学反応を楽しみたい」と語る岩井。本作は3人の個性が火花を散らす、というより、ハーモニーを奏でるようなアルバムだ。そんな彼らに〈もし、一緒に店をやるとしたら?〉と訊いてみると……。

 「カレー屋です。インドカレーが好きだから」(岩井)。

 「家具屋さん。岩井さんが家具を設計して、まこちゃんと私が色を塗って。完成したらみんなで演奏して歌って……いいなあ」(椎名)。

 「みんな店をサボりそうなので、なるべくやりたくないですね(笑)」(桑原)。

 なんてふうに意見はバラバラだったりして。やっぱり、3人には音楽がいちばん合っているようだ。

 

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ここではメンバー個々の活動を振り返ります。まずは、93年に「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」で日本映画監督協会新人賞を受賞後は話題作を続々と手掛けてきた岩井俊二。彼は2004年監督作「花とアリス」のサントラ『H&A』をはじめ、音楽もみずから担当すること多々。2013年には自身の映画以外に初めて楽曲提供し、そのサントラ『遠くでずっとそばにいる』にはTV/CM/舞台音楽で活躍してきた桑原まこも関与しています。また、椎名琴音はTVや映画の他、さまざまな面々のMV出演やゲスト・ヴォーカル参加作品も。近年なら、前者は古川本舗の2013年作『SOUP』に収録の“HOME”、後者はRIP SLYMEの2013年作『GOLDEN TIME』あたりでその存在感を確認できます。 *bounce編集部