数か月前、ジャズ・ベースの巨匠ジョン・パティトゥッチが新グループを率いて来日するという知らせが飛び込んだ時、サイドマンの豪華さに息を呑んだのは私だけではないだろう(公演詳細はこちら)。パティトゥッチと共に数々のバンドを支えてきたドラマー、ブライアン・ブレイドはもとより、現代ジャズ・ギター・シーンにおいてカート・ローゼンウィンケルと並び立つ実力者、アダム・ロジャース(65年NY出身)とスティーヴ・カーディナス(59年カンザス・シティ出身)が2人揃って日本に訪れるとは! しかし現代ジャズ・ファンやギタリストの評価とは裏腹に、この2人は日本のジャズ・メディアではなかなか実力に見合った紹介をされずにきた。そこで今回は彼らのサウンドと代表作を一度に紹介しよう。

【アダム・ロジャース(ADAM ROGERS)】

「何よりも大事なことは、楽器を演奏するときは常に限界以上の力を出しきらないといけないことだ。マイケル・ブレッカーはサックスを持つと、いつもとんでもない厳しさと信念で演奏していたけど、それは僕にとって最高のレッスンだった」アダム・ロジャース
※引用/Tomajazz「ADAM ROGERS: GUITARS AND THE INFINITE.」 
【参考動画】アダム・ロジャース・カルテット "Impressions"
(アダム・ロジャースの演奏は5分50秒頃から)


◎スタイルとサウンド


アダム・ロジャースは彫刻家に似ている。あるひとつのモチーフをリズムやハーモニーの面で次々と変化をつけながら、数珠つなぎのように音の幾何学模様を描いていくスタイルは、現代のジャズ・ギター・シーンで大きな影響力を誇っている。

彼は緊張感を演出するために、ハーモニー的にアウトサイドな和音から音を選びメロディを組み立てていくが、これはハービー・ハンコックキース・ジャレットから影響を受けたものだという。そういったスタイルは彼の師であるジョン・スコフィールドからも受け継いでいると考えられるが、レガート奏法と見まがうような高速かつなめらかなピッキング、端正で歯切れの良いアーティキュレーションは師とは別物である。また何よりアドリブを〈意外性〉とか〈落差〉といった方向へ持っていかず、スリリングでも常に均整美を感じさせる構成の巧さはロジャースならではだ。そうした音楽性は彼がクラシック・ギターへの理解も深いことと密接な関係があるのだろう。

◎代表作

ADAM ROGERS Art Of The Invisible Criss Cross(2002)

 ロジャースは現在まで5作品を発表しているが、まずオススメしたいのがデビュー作『Art Of The Invisible』(2001年録音。以下断りがない限りカッコ内は録音年)。彼の作品の中でもっとも詩的情緒のあるアルバムだが、それはピアノのエドワード・サイモンの貢献が大きい。コンピングによるリーダーのサポートはもちろん、情感豊かなハーモニーの解釈によって生み出されたソロが、ロジャースのクールで流麗な演奏と絶好の対比を生んでいる。繊細なドラムを叩かせたら右に出るものがいないクラレンス・ペンのフィルインも、思わず喝采を送りたくなるものばかりだ。

続く2、3作目は1作目のメンバーにクリス・ポッターを加えたクインテットで、よりダークで硬派なサウンドにシフトしている。特に『Allegory』(2002年)はポッターを中心に、クリスクロスのレーベル・イメージを吹き飛ばすような予定調和とは無縁のプレイを堪能できる。4,5作目は前作までとは一転、編成をギター・トリオに縮小しスタンダード・ナンバーの演奏にスポットを当てている作品で、ぴんと張りつめた空気感の中でフレーズを丁寧に紡ぎ、ビバップの新解釈に成功している。

◎サイドマンとして

CHRIS POTTER UNDERGROUND Follow The Red Line : Live At The Village Vanguard Emarcy(2007)

アダム・ロジャースはデビュー当初はハード・ロックやファンク、一時的にMベース・シーンと共通する音楽を演奏してきたギタリストだが、自己の作品ではそういったスタイルはお目にかかれない(ただしアルバムこそ無いものの、〈ダイス〉というファンク・ジャズ・ユニットを現在率いている)。こうした彼の経歴が生かされているのは、現代テナーで最高位の実力を持つクリス・ポッターが結成した〈アンダーグラウンド〉バンドの中であろう。

ロジャースは2作目の『Follow The Red Line』(2007年。アルバム収録曲のライヴ音源がこちら)から参加しているが、この作品では1作目のミニマリズムや変拍子を取り入れた変則ファンク(Mベースとも共通する要素である)が更に発展し、名門クラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードで気迫のこもった演奏をくり広げている。ポッターのキャリアの中でもベストに数えられることが多い本作では、ロジャースも歪みのかかったテレキャスターで普段のコンテンポラリー・ジャズ・ギタリストとしての自分をかなぐり捨てたようなプレイを連発。特に“Train”や“Pop Tune #1”のソロは、内面から湧きでた衝動をそのまま歌ったような圧倒的な名演だ。

ポッターの他には80年代末のデビューから活動を共にしてきたデヴィッド・ビニーのリーダー作や、アレックス・シピアギンクラレンス・ペンゲイリー・ヴェルサーチのクリスクロス作品で活躍を目の当たりにすることができる。また精神性という点で彼に大きな影響を与えたマイケル・ブレッカーのアンサンブル作品『Wide Angles』(2003年)でも、唯一のコード楽器という大役を任されている。


【スティーヴ・カーディナス(STEVE CARDENAS)】

 

「多くのギタリストはハーモニーのアイディアを私にたずねてくるけど、リズムやアーティキュレーションに関しては稀だ。でもそれら無しには、ハーモニーを響かせることはできないんだよ」スティーヴ・カーディナス
※引用/All About Jazz「Steve Cardenas: From K.C. To N.Y.C.」 
【参考動画】スティーヴ・カーディナス・トリオのパフォーマンスの模様


◎スタイルとサウンド


〈最先端〉とか〈革新的〉といった言葉で紹介されることがない地味な立ち位置にいるものの、聴きこんできたリスナーや同業者からは深く敬愛されているミュージシャンがどの音楽ジャンルでもいるはずだ。NYシーンに登場後、数々のバンドで名脇役を務める一方、リーダー作を発表するたびに着実にファンを増やしてきたスティーヴ・カーディナスは、まさにそんな存在である。

語法的には〈パット・メセニーとジョン・スコフィールドをバランスよく吸収している〉と言われているギタリスト。しかし彼の最大の特徴は故郷のカンザス・シティで幼少の頃より触れてきたブルースやR&B、オールドスクールなアメリカン・ロックからの影響を感じさせるオーガニックで風通しの良いサウンドだ。それはアメリカの中西部に行った経験のない我々日本に住むリスナーでも、オーディオの前で彼の作品に身を任せれば疑似体験できるほどの喚起力があると私は思う。また休日の郊外の田園風景を眺めながらのドライヴや、田舎の私鉄に揺られながら行く一人旅で聴けば、おそらくきっと最高のBGMになるだろう。

◎代表作

STEVE CARDENAS West Of Middle Sunnyside(2010)

スティーヴ・カーディナスのリーダー作でもっともオススメしたいのが3作目『West Of Middle』(2009年。視聴はこちら)。タイトルが示している通りカンザス・シティをはじめとするアメリカ中西部の音楽・空気感を題材にしている作品だ。カーディナスが幼少の頃より浴びてきたそれらの音楽を触媒に、エレクトリック・ギターからいかに多彩で豊かなサウンドを引き出せるかに挑んでいるが、それは見事に成功していると思う。ちなみにオリジナル曲“Roundup”は明らかにオーネット・コールマンの曲を連想させるし、アルバム中で1、2を争うヴィヴィットな演奏”ブルー・ストリーク / Blue Streak”はキース・ジャレットが『Treasure Island』(74年)で披露した曲だ。異端派と誤解されているこの2人もR&Bやゴスペルがルーツにあるミュージシャンで、カーディナスにとってはどちらも敬意を表明すべき巨匠なのだろう。

また1作目『Shebang』(99年)は後の『West Of Middle』に直接つながる音楽性だが、こちらはフォーク・ロック的色彩が強く、繊細かつ神秘的な自作曲が並ぶ。現時点での最新作『Melody In A Dream』(2012年。視聴はこちら)はスローテンポ、空間的な曲が中心で、どこかポール・モチアンと共通するようなアプローチが目立つ異色作。夜の静寂さと不穏さがないまぜになったような独特の雰囲気が印象的だ。

◎サイドマンとして 

STEVE SWALLOW QUINTET/STEVE SWALLOW (BASS) Into The Woodwork ECM(2013)


ここで取り上げたスティーヴ・スワロウの『Into The Woodwork』(2011年。ライヴ音源はこちら)はスワロウとカーラ・ブレイの有名なベース=キーボード・コンビに、カーディナス、クリス・チークホルヘ・ロッシーという空間的な表現が得意なミュージシャンが加わった作品。サックス奏者のチークはカーディナスと同じポール・モチアン・エレクトリック・ビバップ・バンド(以下EBBBと略す)出身者だし、ロッシーもメルドー・トリオを中心にモチアンと共時的に2000年代のビートを作り上げた革新派ドラマー。そういったメンバーの起用もあって、スタイル的にはジャズやロックでありつつも、各々の存在が空間に溶けていくようなゆるく脱力的な演奏が聴くものを和ませる。

スワロウの作品以外では彼をフックアップしたEBBBの『Holiday For Strings』(2001年)がオススメ。このバンドでのリーダーや他のサイドマンを最大限に尊重したプレイスタイルが認められ、その後様々なグループに起用される。特にカントリー&フォーク系のジャズ・ミュージシャンからは定評があり、レベッカ・マーティンケイト・マクギャリーベン・アリソン(ベース)などの作品ではキャリアを積んだミュージシャンならではの抑制された演奏を見せている。
 



ジョン・パティトゥッチの来日バンドによる最新作『Brooklyn』(2015年リリース)では、エレクトリック・ベースを弾くパティトゥッチがセンターにどっしりと構え、ロジャース、カーディナスがリーダーの奏でるベース・ラインとメロディをソロやコンピングで彩っている。百戦錬磨の手練れたちがテクニックをひけらかすことなく、闊達な対話を繰り広げるという好内容なアルバムだ。この1か月でアメリカ東海岸から西海岸へと巡ってきたツアーの締めくくりは、太平洋のかなた先、東京丸の内コットンクラブ。来週はちょうど良い具合に熟したカルテットのインタープレイが聴けそうだ。
 



ジョン・パティトゥッチ・エレクトリック・ギター・カルテット ツアー概要

【メンバー】
ジョン・パティトゥッチ(ベース)
アダム・ロジャース(ギター)
スティーヴ・カーディナス(ギター)
ブライアン・ブレイド(ドラム)

【スケジュール】
5月27日(水)~30日(土)東京・丸の内 コットンクラブ
予約はこちら

来日公演に寄せたジョン・パティトゥッチのコメント動画



参考
jazz guitar book vol.2, 17, 29(シンコーミュージック)
Jazz life 2001年7月号(有限会社ジャズライフ)
石沢 功治 著 NEW YORKジャズギター・スタイルブック(ヤマハミュージックメディア)