近年、かつてないほどにクロス・ジャンルで複雑なビートを叩けるドラマーの増加にともない、ミュージシャンやライターの間でジャズにおけるドラムの重要性が指摘されている。しかしその反面、様々な変拍子やリズム・パターンの曲を開発し、また演奏におけるリズム・アプローチの語彙を大きく更新させた(※ジャズ・ギター・ブック23号の馬場孝喜氏の解説が分かりやすい)ホーン奏者やギタリストが存在しなければ、今日活躍するドラマーのほとんどは別のスタイルになっていただろう。この10年間、アントニオ・サンチェスジョナサン・ブレイクマーク・ジュリアナという現在のジャズシーンを代表するドラマーを起用し、カッティング・エッジな作品を作り続けているテナー・サックス奏者ダニー・マッキャスリンは、間違いなくその1人だ。

 

マリア・シュナイダー・オーケストラの2008年のライヴより“Hang Gliding”(後半)

現代ラージ・アンサンブル・シーンの最重要グループであるマリア・シュナイダー・オーケストラでメインのソロイストを務めているマッキャスリン。シュナイダーは、2000年に発表した『Allegresse』を境に、ギル・エヴァンスに影響を受けたダークな作風から、ブラジル音楽やラテン音楽に着想を得た繊細かつ開放的なサウンドへ移行する。(動画の前半はこちら

 

66年カリフォルニア州に生まれたマッキャスリンは、若手時代からゲイリー・バートンや憧れのマイケル・ブレッカーも在籍したバンドのステップス・アヘッドに抜擢され、順調なキャリアを歩んできた。一方、演奏家としての高い評価の反面、自己の音楽性をフルに発揮した作品は2000年代半ばまでなかなか作れないでいた。そんな彼にとって転機になったのは、新時代のジャズ・アンサンブルを開拓していたマリア・シュナイダー・オーケストラへの参加である。

元々90年代から彼女のオーケストラに臨時メンバーとして参加していたマッキャスリンだが、2000年代前半にレギュラー・メンバーとして正式に加入。その後、シュナイダーがパーカッションと中南米音楽のエッセンスを効果的に用いた“Hang Gliding”や“Journey Home”(『Allegresse』収録)、“Buleria, Solea Y Rumba”(『Concert In The Garden』収録)といった代表曲のソロイストを演じるうちに新たな作品のアイディアを得る。それが2005年から相次いで発表された『Soar』、『In Pursuit』、『Declaration』という中南米フォルクローレとジャズ・アンサンブルをテーマにした3作品だ。

 

ダニー・マッキャスリンの2006年作『Soar』収録曲“Soar”

このシリーズではベン・モンダー(ギター)、スコット・コリー(ベース)、アントニオ・サンチェス(ドラム)という強力無比なカルテットを中心に据え、曲ごとにアンサンブル用の様々な楽器を加えている。1作目の『Soar』はシュナイダー・オーケストラの同僚でもあったルシアーナ・ソウザ(ヴォーカル)が活躍し、2作目の『In Pursuit』からは盟友デヴィッド・ビニーが加わりアヴァンギャルドな要素も解禁。シリーズ最終作『Declaration』はアンサンブルと即興の両立に焦点を当てた作品だ。

 

まずこのシリーズでマッキャスリンが試したかったことは、アントニオ・サンチェスの雄大なジャズ・ドラムと、パーネル・サトゥルニーノのパーカッションによるポリリズムの上で、いかに冒険に満ちた演奏ができるかということだろう。そんな2人の実力者を背景に、様々なモチーフ展開――メカニカルな反復フレーズ、咆哮するトレモロなどなど――を使い、極めて自由度の高い演奏をしている。例えば『Soar』の“O Campeao (The Champion)”や“Be Love”、“Soar”、『In Pursuit』の“Descarga”や“Village Natural”、 そして『Declaration』の“Fat Cat”などがその好例である(彼のとぐろを巻くような節回しを〈コークスクリュー〉と称していたジャズ・ブロガーさんがいたが、上手い表現だと思う(https://jazzlab.blog67.fc2.com/blog-entry-480.html)。

またパナマやペルーの民族音楽に影響を受けたという楽曲も、洗練された彼のブラス・アレンジメントによって、いわゆる〈エスノ・ジャズ〉にとどまらない現代的な曲想に仕上げられている。

 

ダニー・マッキャスリンの2008年作『Recommended Tools』収録曲“Recommended Tools”

ミゲル・ゼノン・グループのメンバー、ハンス・グラウィシュニグ(ベース)とNYで〈ジェット・プロペラ〉の異名を持つジョナサン・ブレイク(ドラム)を迎えた、スリリングなインタープレイが味わえる傑作。”Eventual”はギル・エヴァンスの60年代の代表曲"Time Of The Barracudas"に、”Late Night Gospel”はビル・フリゼールのサウンドに触発されて作曲したという。

 

一方、演奏家としての彼に焦点を当てたのが『Declaration』と時期を同じくして制作されたサックス・トリオ・アルバム『Recommended Tools』である。ここではアルバムの半分が過去の作品からの再演奏曲で占められ、必要最低限の編成で素のマッキャスリンの魅力に触れることができる。彼は20代の頃はソニー・ロリンズウェイン・ショーターを研究していたというが、確かにリズミカルなアプローチはロリンズを、ミステリアスな和声感覚はショーターを彷彿とさせる。しかし〈メカニカルで複雑なフレージングに、意味や感情を込めて演奏する〉という美学はマッキャスリン独自のものだ。

 

ダニー・マッキャスリンの2012年作『Casting For Gravity』収録曲“Alpha And Omega”

ベース・ミュージックダブに接近した新カルテットの演奏。第1作となる『Perpetual Motion』では収録時間の2/3でアントニオ・サンチェスがドラムの椅子に座り、内容もアコースティック・ジャズの電化版に留まっていたが、2作目の『Casting For Gravity』からはジェイソン・リンドナー(キーボード)、ティム・ルフェーヴル(エレクトリック・ベース)、マーク・ジュリアナ(ドラム)というレギュラー・メンバーが揃い、演奏もクロス・ジャンル化する。

 

2000年代の終りに差し掛かると、マッキャスリンはかねてから考えていた新しいプロジェクトをスタートさせる。それが愛聴しているエイフェックス・ツイン(『Drukqs』がフェイバリット・アルバムだという。参考動画はこちら)やスクエアプッシャー参考動画はこちら)をはじめとするエレクトロニカやIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)のリズム/テクスチャーを取り入れたバンドである。

このグループの〈キモ〉は何といってもドラマーのマーク・ジュリアナだろう。それまで共演したサンチェスやジョナサン・ブレイクは重心の低いゆったりと流れるようなビートであるのに対し、ジュリアナはハイ・ピッチでドラムセットの残響を極力残さない、言わば〈点の集合体〉。そんなジャズとベース・ミュージックを行き交うジュリアナのリズムによって、マッキャスリンのスタイルもメロディー・ライン中心から、より短いテクスチャーを強調した演奏へと変化していく。それが如実に現れているのがボーズ・オブ・カナダの名曲をカバーした“Alpha And Omega”(参考動画はこちら)と、自作曲の“Says Who”“Tension”(いずれも『Casting For Gravity』収録)だろう。これらの楽曲ではフロントとリズム隊の主従関係はあいまいになり、より抽象度の高い演奏を成功させている。ジョン・コルトレーンがコーダルな世界での演奏を極め尽くした後に、クラシック・カルテットを率いてモーダルな世界へと足を踏み入れた様に、彼もまた果敢に新たな表現領域に飛び込んだのだ。

そしてマッキャスリンは今月の3月31日に、このプロジェクトの3作目となる『Fast Future』を2作目と同じメンバーでリリースする。現代テナーの最前線に立つ男にとっての『Impressions』を聴き逃がすな。

 


 

※ダニー・マッキャスリンのキャリアを俯瞰する上で下記のインタビューを参考にした。(1)はアコースティック時代、(2)は現在のエレクトリック・バンドについての情報が豊富だ。

(1)Donny McCaslin: Big Love
https://jazztimes.com/articles/27615-donny-mccaslin-big-love

(2)Donny McCaslin: Lightness And Gravity
https://www.allaboutjazz.com/donny-mccaslin-lightness-and-gravity-donny-mccaslin-by-jeff-dayton-johnson.php?width=1920