ニューヨークを中心に活動するチリ人ジャズ・シンガー/ギタリストのカミラ・メサが今年2月にリリースした作品『Traces』は、2016年のジャズ作品の中でもひときわ光り輝く逸品だ。彼女がそれまでに発表した3枚のアルバムも、荒削りながら才能の片鱗を感じさせる内容だったが、この作品でついに自身の音楽性を全面開花させた。

彼女のヴォーカルスタイルは、グレッチェン・パーラトベッカ・スティーヴンスをはじめとする繊細なイントネーションやニュアンスを表現できる今のジャズ・シンガーの流れを受け継いでいる。また同時にチリ、アルゼンチンのフォークシンガーが持つ憂いと哀愁、ブラジル音楽的なユートピア性も作曲と歌唱スタイルに色濃く反映されている。さらに速弾きはしないものの、ギタリストとしても現代的な音選びやリズムプレイを消化しており、アルバム中のギター演奏は単なる伴奏楽器の役割を超えている。そんな彼女が今月、気鋭のピアニスト、シャイ・マエストロとのヴォーカル/ピアノ・デュオで、9月16日から24日まで東京、静岡、京都をめぐるツアーを行う。そこでここではライブをより深く味わうために、彼女の生い立ちと音楽性をまとめてみた。

カミラ・メサは85年にチリ、サンティアゴの音楽一家に生まれる。きょうだいの多くは父親に影響されてプロになるための修行や活動をしていた。彼女自身も16歳からシンガーとギタリストとしてのキャリアをスタートさせる。ジャズに興味が芽生えたのは、高校時代にパット・メセニージョージ・ベンソンを聴いたことがきっかけだった。また、チリのビクトル・ハラやアルゼンチンのメルセデス・ソーサといったヌエバ・カンシオン系のシンガーや、イヴァン・リンスアントニオ・カルロス・ジョビンらジャズとも関係が深いブラジル人シンガーも好んで聴いていた。ジャズ・ヴォーカリストではエラ・フィッツジェラルドチェット・ベイカー、ロックではジミ・ヘンドリックスレッド・ツェッペリンなどを聴いていたという。

その後、チリで数少ないジャズ/ポピュラー系の音楽大学のヴォーカル科に入学。ちょうどその時、ギタリスト兼ヴォーカリストとして活動できるバンドを作ろうと決意する。母国で活動している時代には、2枚のアルバムを同郷のミュージシャンとともに作っている。07年にはファースト・アルバム『Skylark』を録音。この時はまだ作編曲には自信がなかったと言っており、お気に入りのジャズ・スタンダードのカヴァー集になっている。その後、09年にセカンド・アルバム『Retrato』を録音するが、今回はジャズ以外の様々なジャンルの曲を自ら編曲する。ビョークジョニ・ミッチェルという現代ジャズ・シンガー・ソングライターの直接的なルーツというべき2人をはじめ、チリ/ブラジル音楽、ロック・ミュージックの楽曲をチョイス。憧れのライターの作品をアレンジすることで、自分自身の作曲スタイルを模索していた時期の作品といえるだろう。

『Retrato』収録曲、ビョークのカヴァー“Isobel"
 

『Retrato』収録後、彼女は故郷をあとにしてニューヨークに渡る。ギターや(おそらく)作曲を学ぶために数々の実力者を輩出したニュースクールに入学。そこではコンテンポラリー・ジャズギター的なアプローチでビバップを独自の解釈で演奏するピーター・バーンスタインヴィック・ジュリス、キーボーディストだけでなくアレンジャーとしても名高いギル・ゴールドスタインらに師事する。11年には、ニューヨーク・ジャズシーンで関係を築いたミュージシャンとともに『Retrato』の続編的なカヴァー集、『Prisma』を録音。ここではフレディー・ハバードビリー・ホリデイのジャズ曲に加えて、アントニオ・カルロス・ジョビンやビクトル・ハラを選曲している(特にハラの曲は1作目以外のすべての作品に収録しており、彼女が最も共感するシンガーといえるだろう)。サイドマンにはクラレンス・ペンアーロン・ゴールドバークらファーストコール・ミュージシャンを迎えたことで、演奏のタイトさはチリ時代に比べてぐっと増している。

メルセデス・ソーサのカヴァー“Zamba Del Laurel"
 

『Prisma』での充実したメンバーからも予想できるように、メサはニューヨークシーンでも引く手あまたの存在になっていく。サイドマンとしてはファビアン・アルマザンライアン・ケバリーのグループでの演奏が出色で、彼女のヴォーカル/ギターが作品の世界観に大きく貢献している。また、まだアルバムでは聴けないが、トム・ハレルベン・モンダージョアンナ・ウォルフィッシュなどとも共演しており、今後の展開が非常に楽しみだ。

そして2016年、サニーサイド・レーベルに加わり、これまでの作品とは打って変わってオリジナルとカヴァー曲を半分ずつ収録した『Traces』(15年1月録音)をリリースする。前作からメンバーを一新させ、シャイ・マエストロマット・ペンマンケンドリック・スコットという強力メンバーが参加している。

やはりここでは満を持して挑んだオリジナル曲のクオリティがすばらしい。特に冒頭の3曲が特筆モノ。可憐なヴォーカル・パートからハミングしながら弾くギターソロへとシームレスに展開していく"Para Volar"は、アルバムの幕開けにふさわしい名品だ。また“Away”ではチェロと男性ヴォーカルを加えて低音部を補強し、奥行きのあるサウンドを表現している。“Traces”はいかにも今のコンテンポラリー・ジャズ・ギタリストが作りそうなソリッドな楽曲。譜割りが伸縮自在のスリリングなフレーズを弾きこなし、ギタリストとしての一面をアピールしている。

一方でカヴァー曲も充実作が揃う。ブラジル人シンガー・ソングライター、ジャヴァンの“Amazon Farewell”ではシャイ・マエストロのなまめかしいピアノソロが聴けるし、ビクトル・ハラの“Luchín”では作曲家の人生観までも反映させたかのような弾き語りが印象的だ。映画『スウィニー・トッド』の劇中歌“Greenfinch and Linnet Bird”はドラマチックな場面転換が鮮烈な本作のハイライト。名プロデューサー、マット・ピアソンの采配も無視できないとはいえ、演奏~作曲~アレンジとどれをとっても若手とは思えない程確立されている。

今月上旬はグレッチェン・パーラト、エリーナ・ドゥニという現代を代表するジャズ・シンガーが日本で公演を行ったが、彼女たちに続いて来日するカミラ・メサも、シャイ・マエストロという最高のピアニストと共に、2人に勝るとも劣らないパフォーマンスを我々に届けてくれるに違いない。

カミラ・メサ&シャイ・マエストロの共演パフォーマンス映像

 

カミラ・メサ&シャイ・マエストロ来日公演
9月16(金)、18日(日) 南青山ボディ&ソウル
9月17日(土) 愛知・名古屋スターアイズ
9月19日(月) 武蔵野市スイングホール ※チケット完売
9月21日(水) 静岡市ライフタイム
9月22日(木) 京都市ルクラブ
9月24日(土) 新宿ピットイン
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