「コードチェンジを感じさせる演奏をするというのは、ドラマーの責任だ」(アントニオ・サンチェス)

 

 

2002年、パット・メセニー・グループ(以下PMG)が(当時)前作から5年ぶりとなる作品『スピーキング・オブ・ナウ / Speaking of Now』を発表した。実験的なアルバムが並んだ90年代から一転、サウンドは原点回帰をしつつも、よりシンフォニックになったアンサンブルが印象的な作品であった。このレコードではドラマーが1983年以降不動と思われていたポール・ワーティコから、無名のメキシコ人ドラマーに交代している。彼こそがそれ以降のメセニー・サウンド、そして現代ジャズ・シーンを支えることになるアントニオ・サンチェス(1971年生まれ)である。今回は東京のブルーノートとコットンクラブで初の来日公演を行う彼の聴きどころを、おすすめの参加作品や厳選動画を交えてお伝えしたい。

 

【参考動画】アントニオ・サンチェス2008年のライヴより“Greedy Silence”(前半)

 

まず最初に紹介したいサンチェスの特徴は、ラテン音楽のリズミックなモチーフをジャズ・ドラムに取り入れていることである。例えば“リヴェレイション / Revelation”や“チャレンジ・ウィジン / Challenge Within”(ともに『ライヴ・イン・ニューヨーク / Live In New York At Jazz Standard』収録)のドラム・ソロでは、左足のカウベルでクラーベ(ラテン音楽の基礎的なリズム・パターン)を鳴らしながら、両手で壮絶なスティック・ワークを繰り広げている。

しかし彼のラテン音楽からの影響はこのような分かりやすいプレイだけではない。中南米フォークロアとNYスタイルのカッティング・エッジなジャズを組み合わせたミゲル・ゼノン(アルトサックス)の代表作『セレモニアル / Ceremonial』を聴いてほしい。ここでは全編にわたってスネア・ドラムからはリムショットでラテン音楽的なフレイバーを、ジャズのビートのかなめとなるライド・シンバルからは多彩なニュアンスを引き出し、ラテン音楽とジャズのエッセンスを見事にブレンドしている。先にあげた『ライヴ・イン・ニューヨーク』を聴くとダイナミクスが売りの重量級ドラマーという印象だが、この作品では音色や残響に著しく気を使った繊細なドラミングを披露しており、ドラマーとしての振幅の広さが実感できるはずだ。

 

 【参考動画】アントニオ・サンチェス with ジョシュア・レッドマン・トリオの2007年のライヴより
"East Of The Sun (And West Of The Moon) "

 

また、デビュー以来NYのダウンタウン・シーンで腕を磨いてきたサンチェスは、コンテンポラリー・ジャズの語法にも幅広く対応できる存在。例えばさまざまな作品で共演しているスコット・コリー(ベーシスト)の代表作『アーキテクト・オブ・ザ・サイレント・モーメント / Architect of the Silent Moment』では、PMGとMベース・シーンの影響を感じさせる変拍子や奇数小節の作品を4ビートと変わらない自然なフィーリングで演奏している(“ユージュアル・イリュージョン / Usual Illusion”や“ウィンドウ・オブ・タイム / Window of Time”などがそれ)。

一方みずからソロを取る時のサンチェスは、ある一定のモチーフをもとにさまざまなフレーズを展開していくが、このような〈モチーフ・デベロップメント〉といわれる手法は近年のコンテンポラリー・シーンを代表するテクニック。彼の作品の中では“ミノタウロ / Minotauro”(『ニュー・ライフ / New Life』収録)や“エイチ・アンド・エイチ / H And H”(『ライヴ・イン・ニューヨーク』収録)でのドラム・ソロが代表的だろうか。モチーフ・デベロップメントは00年代に彼を起用したダニー・マッキャスリン(テナーサックス。過去記事はこちら)や、サンチェスの次回作に参加するアダム・ロジャース(ギター)も代表的な名手として知られている。このようなアプローチは90年代以降のニューヨーク・ダウンタウン・シーンで共時的に開発されたものといえる。

  

【参考動画】パット・メセニー・グループ feat.アントニオ・サンチェス
2004年のライヴより“The Way Up”

 

そしてサンチェスが本領を発揮するのが、即興性とアンサンブル要素を兼ね揃えたバンドでの演奏である。例えば〈サックス+リズム隊〉という通常のコンボ編成に、高度にオーケストレイトされたアンサンブル・セクションを加えたマイケル・ブレッカーの『ワイド・アングルス / Wide Angles』やマッキャスリンの『デクラレイション / Declaration』がそれだ。また、冒頭に述べたPMG、およびパット・メセニー・ユニティ・グループも同じである。ここでのサンチェスはフロントのソロイストを引き立てつつも、バックで鳴るアンサンブル・パートのハーモニーの流れもきっちりとフォローしている。これはコード・チェンジやベース・ラインすらドラムで表現できるようにアプローチしている彼ならではといって良いだろう。

彼をこの15年間起用し続けてきたメセニーはいう。「彼は現存するドラマーで、ぼくが注文をつけることがない得難い存在だ。ぼくはドラムスも演奏するので、彼と出会うまでは(ドラマーに対して)〈あ、ここはああしてもらいたい、こうしてもらいたかった〉と気になることが少なくなかった。でも、アントニオにはそういった危惧が皆無なんだ」(『ユニティ・バンド』ライナーノーツより)  


【参考動画】アントニオ・サンチェスの2013年作『New Life』トレイラ―

 

そして最後に紹介するのが、今回の来日公演で率いる自身のバンド〈マイグレーション〉である(試聴はこちら)。2012年に録音されたこのバンドのデビュー作『ニュー・ライフ』は、PMGやNYジャズ・シーンで培ったサンチェスの音楽性が遺憾なく発揮されている。

タイトル曲でもある珠玉の名曲“ニュー・ライフ / New Life”と、フィナーレを飾る“ファミリー・ティーズ / Family Ties”はドラマティックな構成と南国的な雰囲気からPMGを彷彿とさせる作品だ。しかしNYシーンの最前線に立つ2人のサックス奏者、ダニー・マッキャスリンとデヴィッド・ビニーの即興やアンサンブルが加わると、PMGよりダークで力強い独自のサウンドが目の前にあらわれる。

また変則ファンク“リアル・マクダディ / The Real McDaddy"のジョン・エスクリート(ピアニスト)のソロの途中には、テンポが加速したかのような錯覚を与える仕掛けが仕込まれているが、こうしたアレンジは近年のNYシーンに多く見られるものだ。

一方で呪術音楽を思わせる“アップライジング・アンド・レヴォリューションズ / Uprisings And Revolutions”や、神話を題材にしたミステリアスな曲想の“ミノタウロ / Minotauro”と“メデューサ / Medusa”はこの作品の〈影〉の部分を担い、アルバムに奥行きと陰影感を与えている。まさにガルシア・マルケスの「族長の秋」を彷彿とさせるような、〈中南米的な楽園性〉と〈得体のしれなさ〉が入り混じった作品といえよう。

  


 

アントニオ・サンチェス・アンド・マイヴレーション ツアー概要

【メンバー】
アントニオ・サンチェス(ドラムス)
ベン・ウェンデル(サックス)
ジョン・エスクリート(ピアノ)
マット・ブリューワー(ベース)

【スケジュール】
4月14日(火)ブルーノート東京
予約はこちら
4月15日(水)~17日(金)東京・丸の内 コットンクラブ
予約はこちら

参考資料
リズム&ドラム・マガジン2013年9月号(リットーミュージック)
リズム&ドラム・マガジン2007年10月号(リットーミュージック)
ジャズ・ギター・ブック Vol.24(シンコーミュージック)