傑作デビュー・アルバム『Tomorrow Will Be Beautiful』を引っ提げ、先日大盛況のうちに初のジャパン・ツアーを終えたフロー・モリッシー。満員御礼となった〈モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2015〉の東京公演を皮切りに、〈朝霧JAM〉などの野外フェスにも出演、その天使を思わせるルックスと歌声で、オーディエンスのハートをしっかりと掴んでいたようだ。

滞在中のInstagramを追ってみると、富士山の麓でアコギ弾き語りを披露したり移動中の車内でも歌を口ずさんでいたりと、素顔は根っからのアーティスト。筆者は東京での2公演に足を運んだが、ビリー・ホリデイサイモン&ガーファンクルのカヴァーも交えた親密なソロ演奏は、彼女の表現力とポテンシャルの高さをまざまざと見せつけるものだった(特に、グランドピアノを使った“If You Can't Love This All Goes Away”は格別)。次回はぜひ、ストリングスを迎えたバンド・セットも観てみたい!

ではさっそく、ツアー初日の舞台である代官山・晴れたら空に豆まいてで行ったインタヴューをお届けしよう。楽屋の床には無造作にMiu Miuの赤いパンプスが転がっており、写真からは想像もできないほど天真爛漫なキャラクターではあったが、その語り口は実にクレヴァー。〈さくら〉の書道にも挑戦しファンからプレゼントされた貝殻のネックレスを滞在中ずっと身に付けるなど、初めての日本を心から楽しんでいた。彼女との再会もそう遠い日のことではないだろう。

★フロー・モリッシーの歩みを紹介した、前回の記事はこちら

――昨日(取材前日)は明治神宮に足を運んだそうですね。あなたのお兄さんは過去に日本へ来たことがあるそうですが、彼から聞いていた日本のイメージと、実際に訪れてみてのイメージはどう違いましたか?

「兄と私では見え方も感じ方も全然違うと思うわ! 彼は交換留学みたいなプログラムで、2週間ほど日本に滞在していたの。それに(兄は当時)まだ幼かったし、もし今回一緒に来ることができていたなら、もっと楽しめたんじゃないかしら」

――9人も兄弟姉妹がいるそうですが、あなたはどんな子供だったんですか?

「みんなすごくユニークな個性の持ち主よ。でもお互い仲良しだったから、誰ひとりとして不良になったり、パーティー・ピープルになった人はいないわね(笑)。そのなかでも私は少し主張が強い……というか、やっぱり小さい頃からずっと曲を作ってきたし、ひたすら音楽に打ち込んでいたと言えるのかも」

――その頃に作っていた音楽と、いま作っている音楽は全然違うんですか?

「(デビュー作にも収録されている)“Show Me”は私が15歳の時に作った曲なんだけど、いまでも新しいソングライティングの方法を模索している段階なの。もちろん、昔に比べたらギターもピアノも少しは上達したから、音楽的には成長していると思う。若い頃って無知で、ガムシャラで……そんなところも素敵なんだけど、いまはある程度〈わかった状態で〉曲を作れているのが大きいかな」

――9mary(前身のソロ・プロジェクト)時代の“Blow Out”という曲ではフィッツ・モリッシーがギターで伴奏していますね。あなたとフィッツ以外にも楽器をプレイできる兄弟姉妹はいるのですか?

「真剣に音楽をやろうとしていたのは私だけだったけど、ピアノにヴァイオリン、フルートなんかを演奏できる人はいたし、みんな歌は上手だったわ。ジャクソン5みたいにファミリーを集めて、〈モリッシー9〉を結成するのも良いかもね(笑)」

――ハハハ(笑)。ちなみに、9maryの名前はこの兄弟姉妹の人数に由来してるんですか?

「実は、アディ・ダ・サムラジ(Adi Da Samraj)という人の写真のタイトルから取った名前なの。15歳の時、本名じゃなくて何か良いステージ・ネームがないかと探していた時に、お父さんがその作品を見せてくれたのよね。兄弟姉妹の人数と同じになったのは偶然だけど、〈9〉という数字もおもしろいなと思って」
※アメリカのスピリチュアル・ティーチャーにして、作家/アーティスト。新宗教である〈Adidam〉を提唱したことでも知られる。2008年没

【参考音源】フロー・モリッシー“Love Comes To Here In Time”アディ・ダに捧げたトリビュートとして公開されているカヴァー。アディ・ダの娘にしてミュージシャンでもあるNaamleela Free Jonesの楽曲(ちなみに、SoundCloudにアップロードしているのはフローの父親)。オリジナルはこちらで試聴可

 

――いわゆるデジタル・ネイティヴ世代でインターネットも駆使するあなたですが、現在の音楽性に辿り着いたのは、やはり家族からの影響が大きいのでしょうか?

「そうね、家族から教えてもらった音楽はいまでも大きな存在だわ。ボブ・ディランニール・ヤングニック・ドレイク……もちろんデヴェンドラ(・バンハート)も。ただ、自分で見つけたアーティストもそれ以上に私の音楽を形作っていると思う。例えば、ジャクソン・C・フランクとか、リー・ヘイゼルウッドとかね。テクノロジーには感謝しているけど、ヴァイナルの手触りや音が大好きだから、パリの新居にレコード・プレイヤーを置こうと思っているのよ」

【参考音源】ニック・ドレイクの2007年のコンピ『Family Tree』収録曲、ジャクソン・C・フランクのカヴァー“Milk & Honey”

 

――イギリスだと長らくクラブ・ミュージックが元気ですけど、そういった音楽にはまったく興味ないですか?

「うん、まったくと言っていいかもしれないわね。でもエレクトロニック・ミュージックにも好きなものはあって、ジェイムス・ブレイクボノボはお気に入りよ。〈フォーッ!〉って騒ぎ立てるような音楽は全然好きになれなくて……(笑)」

――在学中にフランス語を学んでいたそうですが、9mary時代には全編フランス語のEP『4 songs In French』をリリースしていますね。Instagramにもセルジュ・ゲンスブール&ジェーン・バーキンの写真をアップしていましたし、フランス文化のどんなところに惹かれるのですか?

「フランス人ってすごくロマンティックな人種で、人生を謳歌しているのよね。〈エスプリ〉と言われるように、すべての物事にフランスらしさがある気がするし。実は両親がフランス語を学べる幼稚園に私を入れてくれたの。だから、フランスにいると心がフワッと軽くなって自由になれるし、頭のなかにフランス文化が刷り込まれているのかもしれないわ」

――なるほど。

「たぶん、日本も近いところがあると思う。アメリー・ノートン(ベルギー出身で、現代フランス語圏で最有力の作家のひとり)という私の大好きな作家がいるんだけど、彼女は父親の仕事の関係で、幼い頃日本で育っていたんですって。それで、日本を舞台にした作品も発表しているの(筆者注:おそらく99年作『畏れ慄いて』のこと)。その後も世界各地を転々としてパリに移り住んでいるんだけど、そんなところも私が共感する部分ね」

――その作家からはどんな影響を受けたんですか?

「15歳の時に、お父さんがアメリー・ノートンの本をプレゼントしてくれたの。実は数か月前に読み直したばっかりなんだけど、当時よりもスッと腑に落ちた感じだった。きっと無意識のうちに影響されていたんでしょうね。彼女はたくさんのコンプレックスがあって、いつも考え事ばっかりしてるの。瞑想みたいね。そう、だから私も神社に行ったのよ(笑)」

FLO MORRISSEY Tomorrow Will Be Beautiful Glassnote/HOSTESS(2015)

――さて、イギリスでは6月にリリースされた『Tomorrow Will Be Beautiful』、素晴らしいアルバムだと思います。本作をリリースしたことで気持ちや環境にどんな変化がありましたか?

「そうね……。こうやってさまざまな国に訪れることができて、素敵な人々と出会うことができるようになった。それまでは自分のベッドルームで音楽を作っていたから、違う目でいろんなものを見られるようになったかな。一言で言うと、大人になった。実家を出てパリで一人暮らししていることと、そういった体験から得るものも大きいわ」

――もともとはベッドルームで生まれたごくパーソナルな楽曲が、われわれを含む世界中のリスナーに届くというのはどんな気持ちでしたか?

「エキサイティングなことだけど、冷静に考えるとすごいことだなって実感するわ。何かしら自分が人々に対して与えるものがある……っていうのは嬉しいし、自分の作った音楽をシェアできることに昔以上の喜びがある。以前はもうちょっと内輪的なものだったからね」

――オープニングの“Show Me”は15歳の時に書かれたそうですが、〈I am no longer afraid of my past〉や〈Something that is parallel to when i was young〉といった若くして過去を語るような歌詞が興味深いです。この曲が誕生した経緯を詳しく教えてもらえませんか?

「友人からも指摘されたんだけど、書いている内容は今のほうがしっくり来る感じね。15歳の時にそこまで人生を悲観視していたとは思えないし……(笑)。ただ、当時はそう感じたから歌詞に書いたのよ。ちなみに、初めて作曲したのは“Hush My Children”という曲で、“Show Me”は2番目に書いた曲ね。ベッドでギターを爪弾きながら〈Aマイナーがいいかな?〉〈Eマイナーがいいかな?〉ってコードを試行錯誤しながら30分くらいで完成した。兄も〈いいじゃん!〉って褒めてくれたのを覚えているわ!」

――“If You Can't Love This All Goes Away”と“Betrayed”は、かなりショッキングな言葉が並んでいます。これらって実体験をもとに書かれたんでしょうか?

「私はドラマ・クイーンだから、ちょっと誇張している部分はあるわね(笑)。でも、どちらもパーソナルな体験を綴った曲であることは確かよ」

――タイトルも気になるものがあって、“I Only Like His Hat, Not Him”とはどういう意味なんですか。

「すごくヘンな話なんだけど、妹がワン・ダイレクションの大ファンなのね。特に脱退しちゃったゼイン・マリクのことが大好きで、〈あなたはホントにゼインが好きねぇ〉って言ったら、〈違うわ! 彼じゃなくて“彼の帽子(His Hat)”が好きなだけだもん!〉って……。良いフレーズだったから、思わずメモしたわ(笑)。ジェラシー(嫉妬)のメタファーとも言えるわね」

――おもしろいですね(笑)。そして代表曲の“Pages Of Gold”であったり、9曲目の“Woman Of Secret Gold”というタイトルであったり、あなたが〈ゴールド〉というフレーズに惹かれるのはなぜですか?

「ええ、ゴールドは大好きよ。無意識のうちに何度も出てくる重要なテーマでもあるわね。ホントはアルバム・タイトルにも〈Gold〉を入れようと思ったんだけど、流石にクドすぎるかなと思って……」

――最後が表題曲の“Tomorrow Will Be Beautiful”で締め括られることからも、本作は哀しみだけでなく希望にも満ちたアルバムだと感じました。

「その通りよ! アルバム全体を通して、〈Hope(希望)〉を伝えたかったから、ラストにこの曲を選んだの」

――本作に参加した、2人のプロデューサーについて聞かせてください。ノア・ジョージソンはデヴェンドラ・バンハートやジョアンナ・ニューサムといった才能あるシンガー・ソングライターを手掛けていますし、フィリップ・ズダールは(フローも所属するレーベル)グラスノートの立役者でもありますよね。2人との仕事を通じて、どんな発見がありましたか?

「ストリングスをはじめ、自分だけじゃ考えもつかなかったような楽器を採り入れることで、曲が大きく生まれ変わっていった。最初は不安だったんだけど、私がピアノとギターだけで作り上げたオリジナルが、より良いものに変化するのは感動的よ。ノアとはLAでレコーディングしたんだけど、イギリスと違って太陽が降り注ぐなかで制作できたのも新鮮だったわ」

――フィリップはどんな役割を果たしてくれました?

「彼が参加したのは1曲(“If You Can't Love This All Goes Away”)のみなんだけど、ノアに比べるとモダンというか、よりフレンチな雰囲気をプラスしてくれたと思う。パリのスタジオでレコーディングできたのも素晴らしい経験だったしね。その時にパリに抱いた印象がすごく良かったから、パリに移り住んだのかもしれないわね」

――あなた自身はアルバムのサウンド・プロダクションの面において、どんなアルバムをめざしていたのでしょうか?

「このアルバムには若い頃からの曲が4年間分集まっているから、それぞれの曲を書いた時には〈こういうアルバムにしよう〉って構想があったわけではないの。コレクションみたいな感じね。だから、次回作はもうちょっと意識するかもしれないわ」

――あなたが思う、理想的なデビュー・アルバムを作ったアーティストを教えてもらえますか?

「えーっと……。まずはビーチ・ハウスね。それに、デヴェンドラのデビュー・アルバムも素晴らしいと思う。ニック・ドレイクのお母さんであるモリー・ドレイクの作品も欠かせないわね。あと、もちろんジェフ・バックリィの『Grace』に、ビートルズもそう! 比較的新しいミュージシャンだと、バット・フォー・ラッシェズに、ファーザー・ジョン・ミスティフリート・フォクシーズの元ドラマー、ジョシュ・ティルマンによるプロジェクト)も最高よね。実は先週、ジョシュの奥さんと会ったのよ。すごくラブリーな人だったわ!」

【参考音源】モリー・ドレイクの2013年作『Molly Drake』
50年代に録音された発掘音源集

 

【参考音源】ファーザー・ジョン・ミスティの2012年作『Fear Fun』

 

――つい先日、ヴァシュティ・バニアンも日本ツアーに訪れたばかりです。あなたは過去にヴァシュティのイギリス公演をサポートしていますが、彼女のようにパソコンもインターネットも存在しない70年代に自分がデビューしていたとしても、いまと同じ音楽をやっていたと思いますか?

「ええ、きっとそうだと思う。リンダ・パーハクスも歯科衛生士をやりながら音楽を作っていたし、彼女もヴァシュティもデヴェンドラが表舞台に引っ張り出したといっても過言ではないわよね。だから、生まれた時代は関係ない。ロドリゲス(映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』で一躍有名になったシンガー・ソングライター)のストーリーも夢があって大好きなの」

――ちなみにヴァシュティと会った時、どんな話をしたんですか?

「彼女はね……(と花柄のトランクを探る)このカイエン・ペッパーを飲むといいって教えてくれたの。この間、声がまったく出なくなってしまったんだけど、これを水で薄めて飲むだけで喉の痛みを和らげてくれるのよ。あと、ステージに立つ前でナーヴァスな時にも、カイエン・ペッパーが効くみたいね。私にとってヴァシュティはゴッドマザーなのに、そんな彼女でもいまだに緊張すると聞いて、〈同じ人間なんだなあ……〉って嬉しくなっちゃったわ!」

 

such a pleasure to play with the truly beautiful Vashti Bunyan tonight 

Flo Morrisseyさん(@flomorrissey)が投稿した写真 -