まだあどけなさが残る顔立ちと、時代を超越したピュアな歌声。Apple Musicの広告に登場したことも話題となったイギリス出身のシンガー・ソングライター、フロー・モリッシーのファースト・アルバム『Tomorrow Will Be Beautiful』が、10月2日にいよいよ国内盤としてリリースされる。さらに、その1週間後には絶好のタイミングで日本の地を踏む。ボヘミアン・テイストなファッションに、シンボリックなロング・ヘアーという美貌も手伝い、ここ日本でも早くから彼女に注目していたリスナーは少なくない。しかし、世界中のアシッド・フォーク・ファンを虜にした輸入盤(本国では今年6月に発売)より遅れること約4か月、ようやく我々は真の意味でフロー・ モリッシーの才能に震えることになるだろう。

来日公演は、10月9日(金)の〈Montreux Jazz Festival Japan 2015〉を皮切りに、国内4か所を巡業する。フローの日本デビューを記念して、本稿では彼女のキャリアやバックグラウンドを改めて振り返りつつ、ブリティッシュ・フォークの新たな名盤『Tomorrow Will Be Beautiful』の魅力を紐解いていきたいと思う。

★来日ツアーの詳細はこちら

【参考動画】Apple MusicのCMシリーズ〈Discover〉に出演したフロー・モリッシー
演奏しているのは『Tomorrow Will Be Beautiful』収録曲“If You Can't Love This All Goes Away”

 



ディランを歌い、Macで自作自演するデジタルネイティヴな神童

現在20歳のフロー・モリッシーは、映画「ノッティングヒルの恋人」の舞台となったロンドン西部のポートベロ・ロードで生まれ、9人もいる兄弟姉妹のうち2番目の子どもとして育てられた。8歳の頃には学芸会でボブ・ディランの“Maggie’s Farm”を歌っていたらしく、ギターを習い始めたのは14歳の時。彼女に音楽の才能を見出したのは他でもない家族で、父親からはデヴェンドラ・バンハートアントニー&ザ・ジョンソンズを、兄からはジェフ・バックリーティム・バックリーを教えられたという。

【参考動画】ボブ・ディランの65年作『Bringing It All Back Home』
収録曲“Maggie's Farm”のパフォーマンス動画
フロー・モリッシーも自身のフェイスブックでお気に入りとして紹介している

 

【参考音源】デヴェンドラ・バンハートの2005年作『Cripple Crow』収録曲“Cripple Crow”
ヴァシュティ・バニアンの復活などアシッド・フォーク再評価にも大きく貢献した、
2000年代フリー・フォーク・シーンにおける立役者の代表作

 

「歌っているうちに曲ができちゃったの」と本人は語るが、最初は友達にしか聞かせなかった自作の曲を、GarageBand(Macに標準搭載されているDTM作曲ソフト)でせっせとレコーディング、それを数々のカヴァー曲と共にMySpaceに投稿する日々が続く。15歳の時に書いたのが『Tomorrow Will Be Beautiful』のオープニングを飾る“Show Me”で、兄がこの曲をいたく気に入ったことで背中を押された彼女は、今度はスーパー8で弾き語りのビデオを撮り溜めてVimeoにアップロード。結果的にこれらの映像がデヴェンドラやニール・ヤングのマネージャーを務めるエリオット・ロバーツと、マムフォード&サンズも所属する〈グラスノート・レコーズ〉のボス=ダニエル・グラスの目に留まり、後に同レーベルと契約。高校をドロップアウトして音楽の道を志すきっかけになった。

ちょっと前ならリリー・アレンが〈MySpaceの女王〉と呼ばれていたが、ガブリエル・アプリンもデビュー前はカヴァー曲の動画をYouTubeに投稿して知名度を上げており、イギリスの女性SSWはインターネットやSNSを使いこなすのが本当に上手い。なお、現在はフロー・モリッシーのVimeoアカウントからはほとんどの動画が削除されてしまっているが、ヴァンゲリスとの活動で知られたギリシャの音楽家、デミス・ルソス(今年1月に逝去)のカヴァーが残されていたのでご紹介しよう。桜の下でアコースティック・ギターを爪弾く姿がキュートだ。

 

前身プロジェクトから感じるフレンチ・ポップスへの憧憬 

フロー・モリッシーの音楽性を語る際、ジョアンナ・ニューサムカレン・ダルトンジュディ・ダイブルココロージーといったフォーキーな才媛たち、あるいはシャロン・ヴァン・エッテンのような気高いSSWの名前が必ずと言っていいほど引き合いに出されるが、彼女が在学中にフランス語を学んでいたことは特筆すべきトピックだろう。

その証拠に、ソロ名義の前身である〈9mary〉というプロジェクトでは、全編フランス語で歌われた4曲入りのEP『4 songs In French』(2012)をBandcampにて過去に発表しており、プラスチック・ベルトランの“Ca Plane Pour Moi”や、ヴィッキーの歌唱で有名な“L'amour Est Bleu(恋はみずいろ)”といったポピュラー・ソングを瑞々しいアレンジで披露している。フロー・モリッシーのInstagramを見れば明らかだが、ジェーン・バーキン&セルジュ・ゲンズブール、そしてフランス・ギャルなどのフレンチ・ポップスへの憧憬が彼女の音楽性をカタチづくっていることは無視できない。
 

 

Love #TomorrowWillBeBeautiful

Flo Morrisseyさん(@flomorrissey)が投稿した写真 -

 

【参考動画】9mary『4 songs In French』収録曲“Petit Garçon”
ロンドンの男性SSW、マックス・ポープとルーク・バウアーが客演

 

ちなみに、9maryとしては2011年にも『Fear No More』と題されたEPを残しており、『Tomorrow Will Be Beautiful』とも通じる風通しの良いフォークロア・サウンドを響かせている。残念ながら現在はどちらのEPもBandcampから削除されてしまったが、唯一、兄弟のフィッツ・モリッシーがギターで伴奏する“Blow Out”の音源が残されていたので、こちらもチェックしてみてほしい。

 

 

2人の敏腕プロデューサーの手を借り、パーソナルな歌から〈みんなのうた〉へ

ここまで述べてきたように、10代の頃から音楽的才能を開花し、さまざまなアウトプットを世に残してきたフロー・モリッシーにとって最初の〈集大成〉と呼べるのが『Tomorrow Will Be Beautiful』だ。

FLO MORRISSEY Tomorrow Will Be Beautiful Glassnote/HOSTESS(2015)

プロデュースを買って出たのは、デヴェンドラ、アダム・グリーン、ジョアンナ・ニューサム、そして故バート・ヤンシュら錚々たるアーティストを手がけてきたノア・ジョージソンと、売れっ子フィリップ・ズダールカシアス)の2人。前者は言わずもがなだが、ズダールは〈グラスノート〉の看板であるフェニックスが全幅の信頼を置く人物であり、これ以上ないパーフェクトな人選だろう。

ベックとも仕事歴のあるメガパスのグレッグ・ロゴーヴ(ドラムス/パーカッション)や、映画音楽のコンポーザーとして名を馳せるダニエル・ベンシー(ストリングス)といった名うてのプレイヤーを招集し、レコーディングはLAのスタジオにて敢行。件のオープナー“Show Me”は幽玄なギターの調べとピアノに乗せて高らかに歌い上げるバラードで、ときにケイト・ブッシュの横顔さえ覗かせて聴き手をゾクッとさせる瞬間がある。ここでは装いもシチュエーションも美しい〈Green Man Festival〉出演時のライヴ映像をご覧いただこう。

リード・シングルとなった2曲目“Pages Of Gold”は、汚れを知らないラナ・デル・レイとでも形容できようか。壮麗なストリングスやハープを導くフローのヴォーカルが、優しくリスナーの心を解きほぐしていく。「10代の若者の意識の混乱を捉えたスナップショット。ラヴ・ソングとして書かれているけど、〈動揺〉がテーマなの」とは本人の談。全身にゴールドを纏って妖精のように踊るMVは、彼女の純真無垢っぷりと、エレガントな魅力を見事に伝えている。

3曲目の“If You Can't Love This All Goes Away”は、切ないピアノ・イントロが印象的なナンバーだが、ちょうどシングル・ヴァージョンが公開されたばかりなのでお聴きいただこう。こちらはなんと、ラナ・デル・レイの『Born To Die』でミキサーを務めたエンジニア、ダン・グレッグトム・オデールハーツなどのプロデューサーとしても知られる)が手がけているのだから驚きだ。彼の十八番とも言える重層的なアレンジで、より壮大でドラマチックな曲に化けているため、オリジナルと聴き比べてみるのも面白い。

以降もアッパーな楽曲は皆無で、どこかサイケデリックな浮遊感を漂わせつつも、中心にあるのはあくまでもフローの歌声。〈パーソナルで正直なアルバムを作りたい〉との理由から共作のオファーはすべて断ったそうだが、そもそもはベッドルームで生まれたフローの内省的な歌が、ジョージソンのアレンジメント(彼はほぼ全曲で楽器も演奏)によって〈みんなのうた〉に生まれ変わったということを考えると、感動すら覚える。

あどけない10代の少女から、凛とした大人の女性へ。そんな多感な成長過程を刻んだアルバムであると同時に、表題曲にもなったクロージング“Tomorrow Will Be Beautiful”には、〈未来はきっと明るい〉というフロー・モリッシーの真っ直ぐな〈願い〉が込められているのかもしれない。

 



ミュージシャンからのラブコールも絶えない、類まれなライヴ・パフォーマンス

つい先日、イギリスの伝説的なシンガー・ソングライターであるヴァシュティ・バニアンが素晴らしい来日公演を終えたばかりだが、昨年リリースされた彼女の〈最後〉のアルバム『Heartleap』の本国におけるコンサートでは、フロー・モリッシーがサポート・アクトを努めていた。〈世代交代〉なんて野暮なことを書くつもりはないが、ヴァシュティを表舞台に引っ張り出した張本人こそがデヴェンドラ・バンハートであり、その彼が惜しみない賛辞を贈る人物がフロー・モリッシーなのだ。

フローは決してライヴ経験値の高いアーティストではないが、デーモン・アルバーンのパリ公演で前座に指名され、元コーラルのギタリスト=ビル・ライダー・ジョーンズが惚れ込み、トバイアス・ジェッソ・Jrと共にUK〜ヨーロッパを回ったという事実だけでも、彼女のライヴが絶対に見逃せないものであることを証明している。グランドピアノ1台でここまで魅せられるパフォーマーはそう多くないはずだ。

10月のジャパン・ツアーでは〈朝霧JAM〉〈太陽と星空のサーカス in 京都梅小路公園〉という2つの野外イベント出演を含む、4日連続の公演が予定されている。そのなかでも注目なのが初日10月9日(金)の〈Montreux Jazz Festival Japan 2015〉で、フローは代官山の小さなヴェニュー〈晴れたら空に豆まいて〉に登場、同じく90年代生まれの青葉市子と邂逅を果たすのだ。ギター1本で場の空気を変えてしまう両者だけに、当日は日英の神童2人による夢の共演なんかも期待できそう。

ヴァシュティ・バニアンの20代は目にできなかったけど、フロー・モリッシーの20代には間に合う。この秋は、現代を生きる吟遊詩人の類まれな才能と麗しさ、そして桃源郷のごときサウンドにどっぷりと浸ってみてはいかがだろうか?

 



〈Montreux Jazz Festival Japan 2015〉
日時/会場:2015年10月9日(金) 代官山・晴れたら空に豆まいて
出演:フロー・モリッシー、青葉市子
http://mameromantic.com/?p=37636
http://www.montreuxjazz.jp/

〈太陽と星空のサーカス〉
日時/会場:2015年10月10日(土)  京都・梅小路公園
http://sunandstars.jp/ 

〈朝霧JAM〉
日時/会場:2015年10月11日(日)  静岡県富士宮市・朝霧アリーナ
http://smash-jpn.com/asagiri

〈ULYSSES&LIVIZM presents Evening Echoes〉
日時/会場:2015年10月12日(月・祝) 青山・elephant STUDIO
出演:フロー・モリッシー、林拓(オープニング・アクト)
http://www.elephant.tokyo/
https://www.facebook.com/elephantstudiojapan/posts/687403528028320