高い空にうろこ雲が淡い模様を描いている秋晴れの午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。
【今月のレポート盤】

梅屋敷由乃「皆さ~ん、お疲れ様です!」
戸部小伝太「これは会長殿。どうしたのですか、松茸でも拾ったような顔をされて」
梅屋敷「えへへ、さっそく『The Beatles 1: Deluxe Edition』を手に入れちゃいました!」
鮫洲 哲「マジかよ!? つうか、俺も買う予定だけどな!」
梅屋敷「ロッ研に入って以来、もっとも嬉しいお買い物かもしれません」
戸部「ちょっと先輩方、何を血迷っているのですか。いま我々が本当に愛でるべきリイシューはこれでしょうが!」
鮫洲「スプリンター!? 何だこの冴えない2人組は? 知らねえっつうの!」
梅屋敷「ビートルズと関係のある方々なのですか?」
戸部「大アリですよ! ジョージ・ハリスンが設立したダーク・ホースの第1弾アルバムとして74年にリリースされたのが、何を隠そう彼らの『The Place I Love』ですぞ」
鮫洲「大アリってほどでもねえけど、確かにちょっと気になるな」
戸部「ふふ。第1弾ということで相当気合いを入れていたのか、ジョージみずからがプロデュースを手掛けたばかりか、プレイヤーとしてもハリー・ジョージソンという変名で全曲に参加していますぞ!」
梅屋敷「あら、それは凄いですわ! お紅茶を煎れるのでぜひ聴かせてください」
戸部「もちろん! そもそもスプリンターとはサウス・シールズ出身のビル・エリオットとボブ・パーヴィスが70年代初頭に組んだデュオで、2人の作曲センスにジョージが惚れ込み、自身のレーベルに引き入れたようですな。その後、ダーク・ホースから3枚のアルバムを発表するも、大した話題にはならず……」
鮫洲「ダーク・ホースって、アティテューズとかケニ・バークとかヤバイ作品を出しているのに、大ヒットと呼べるリリースはないもんな」
戸部「左様。そのダーク・ホースを離れた後も、スプリンターは何枚かアルバムを作っているのですが、実は我が国とも縁が深く、日本制作のシングルでは中村雅俊やゴダイゴのカヴァーも披露していますぞ」
梅屋敷「ええっ!? でも私、残念ながら彼らのことをちっとも存じませんでした」
戸部「まあ結局のところ、地元でも日本でも鳴かず飛ばずのまま、84年には解散していますからね」
梅屋敷「ですが、この『The Place I Love』はとても素敵じゃありませんか! ビートルズやバッドフィンガーら英国ポップの流れを汲みつつも、どこかUS西海岸的な軽さや大らかさが感じられますわ」
鮫洲「つうか、フォーキー・ポップとちょいとメロウなAORの中間を行くようなサウンドは、まさにダーク・ホース時代のジョージっぽいよな」
梅屋敷「そういえば優しい歌声も似ていますわね」
鮫洲「随所でジョージお得意のスライド・ギターが入るせいか、まるで彼のソロ作を聴いているような気もしてくるぜ」
戸部「実際にゲイリー・ライトやビリー・プレストン、ジム・ケルトナーなど、当時のジョージのソロ・アルバムに参加していたメンバーが顔を揃えていますからね。そういう聴き方もアリでしょう!」
梅屋敷「それを考えると、ヒットする要素はたくさんあったはずなのに、なぜ彼らはブレイクしなかったのでしょう。私、何だか悲しくなってきました」
戸部「まあ、すべてにおいて程々な感じがインパクトに欠けたのでしょうな。その中庸さがまたジョージ・ワークスらしくて、我輩にはたまらないのですがね」
鮫洲「流石に『The Beatles 1: Deluxe Edition』の話題性のデカさと比べるのは酷だけど、でもスプリンターのほうが何となくロッ研っぽいな」
梅屋敷「今日はコデータさんのおかげで良い作品と出会えました!」
戸部「いや、まあ、それほどでも……ゴホン」
柄にもなく照れるコデータが可愛らしいじゃないですか。気付けば日も暮れてきたので、本日はこれにてお開きといたしましょう。 【つづく】
スプリンターの『The Place I Love』と一緒に聴きたい作品たち!

全英/全米のNo.1ヒット・ソングを集めたお馴染みのベスト盤。今回お目見えしたこちらのデラックス・エディションは、バンド初のMV集(計50曲分も!)が付属されているのに加え、セッション・シーンも含む貴重映像まで観られちゃう家宝級のアイテムなんですの! これは事件ですわ! *梅屋敷

ウィルコのメンバー2人による別ユニットの5作目だ。P69で紹介されているアグレッシヴでロック色の濃い本隊の新作に比べ、こっちはグッとメランコリーな佇まい。男性デュオ編成といい、アコギで紡ぐジェントリーなメロディーといい、地味だけど胸アツな感じといい、まさに現代版スプリンターだな! *鮫洲

インディーAORブームの火付け役とも言われているダン・ベイハー。そもそも彼の在籍しているニュー・ポルノグラファーズからしてビートルズの遺伝子を継いだ集団だけど、このソロ名義による最新作ではメロウなムードが全面に出ていて、ジョージのソロやスプリンターに通じる音に仕上がっているぜ! *鮫洲

ビートルズのトリビュート・イヴェントでも常連となっているイタリアの4人組が放った初作ですな。バンド名からもわかる通り(え、わからない?)ジョージの熱狂的な信者だけあって、オリジナルといえども彼にオマージュを捧げた既聴感たっぷりの楽曲だらけ。スプリンターが気に入ったならば必聴。 *戸部

『The Place I Love』をサポートした元スプーキー・トゥースの鍵盤奏者。彼の代表作となるこのアルバムも今年に入ってリイシューされました。コズミックなブルーアイド・ソウルとでも言うべき独特な雰囲気で、スプリンター然り、こうしたB級感漂うニッチ・ポップは我輩の大好物ですぞ。 *戸部
連絡ノート
部室に置かれた連絡ノートに、何やらおもしろそうなリイシュー盤が紹介されていますよ!

VASHTI BUNYAN Some Things Just Stick In Your Mind: Singles And Demos 1964–1967 Branch/インパートメント(2015)
今月も俺様がゲットしたリイシュー作品をバリバリ紹介してやんよ! まずは来日公演(もちろん観に行ったぜ!)も記憶に新しいヴァシュティ・バニアンの編集盤『Some Things Just Stick In Your Mind: Singles And Demos 1964–1967』(Branch/インパートメント)から。ミック・ジャガーとキース・リチャーズが手掛けたデビュー曲“Some Things Just Stick In Your Mind”をはじめ、まさにブリティッシュ・フォークの至宝とも言うべき彼女の初期音源が詰まった2枚組! 今後は音楽活動から身を引いてしまうっつう噂もあるけど、隠居しないでくれ~!

さて気を取り直して、次はアツいブツをいくぜ! セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズとポール・クックが結成したプロフェッショナルズの、男気パワー・ポップが炸裂した3枚組『The Complete Professionals』(Virgin EMI)だ! 81年作『I Didn't See It Coming』と91年のシングル集『The Professionals』に加え、貴重なセッション音源を大量に収録。さらにシャム・ピストルズやルーターズ名義のナンバーまで入っているのが嬉しいよな!

続いてはUSオルタナの最重要プロデューサーのひとり、ブッチ・ヴィグ率いるガービッジ。95年に発表された初作の20周年記念盤となるこの『Garbage: 20th Anniversary Edition』(Stun Volume/HOSTESS)は、ヴァージョン違いやアウト・テイクなどのミックス音源を11曲も追加した充実の内容に。紅一点シャーリー・マンソンの鋭くも湿ったヴォーカルは、いま聴いても存在感がハンパじゃねえよ!

そして最後に紹介するのはニューウェイヴ・ガール・デュオ、ストロベリー・スウィッチブレイドの片割れであるローズ・マクドールのソロ作『Cut With The Cake Knife』(Bad Fairy/Night School)だ。グループの2作目用に録音されていた86~88年の楽曲を中心とする作品で、今回のリイシューに際して未発表トラックもプラス! このキュートでヘタウマなシンセ・ポップは、最近で言うとバーガー好きなら悶絶もんだろ!