高い空にうろこ雲が淡い模様を描いている秋晴れの午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。

 

【今月のレポート盤】

SPLINTER The Place I Love Dark Horse/Big Pink/ヴィヴィド(2015)

梅屋敷由乃「皆さ~ん、お疲れ様です!」

戸部小伝太「これは会長殿。どうしたのですか、松茸でも拾ったような顔をされて」

梅屋敷「えへへ、さっそく『The Beatles 1: Deluxe Edition』を手に入れちゃいました!」

鮫洲 哲「マジかよ!? つうか、俺も買う予定だけどな!」

梅屋敷「ロッ研に入って以来、もっとも嬉しいお買い物かもしれません」

戸部「ちょっと先輩方、何を血迷っているのですか。いま我々が本当に愛でるべきリイシューはこれでしょうが!」

鮫洲スプリンター!? 何だこの冴えない2人組は? 知らねえっつうの!」

梅屋敷ビートルズと関係のある方々なのですか?」

戸部「大アリですよ! ジョージ・ハリスンが設立したダーク・ホースの第1弾アルバムとして74年にリリースされたのが、何を隠そう彼らの『The Place I Love』ですぞ」

鮫洲「大アリってほどでもねえけど、確かにちょっと気になるな」

戸部「ふふ。第1弾ということで相当気合いを入れていたのか、ジョージみずからがプロデュースを手掛けたばかりか、プレイヤーとしてもハリー・ジョージソンという変名で全曲に参加していますぞ!」

梅屋敷「あら、それは凄いですわ! お紅茶を煎れるのでぜひ聴かせてください」

戸部「もちろん! そもそもスプリンターとはサウス・シールズ出身のビル・エリオットボブ・パーヴィスが70年代初頭に組んだデュオで、2人の作曲センスにジョージが惚れ込み、自身のレーベルに引き入れたようですな。その後、ダーク・ホースから3枚のアルバムを発表するも、大した話題にはならず……」

鮫洲「ダーク・ホースって、アティテューズとかケニ・バークとかヤバイ作品を出しているのに、大ヒットと呼べるリリースはないもんな」

戸部「左様。そのダーク・ホースを離れた後も、スプリンターは何枚かアルバムを作っているのですが、実は我が国とも縁が深く、日本制作のシングルでは中村雅俊ゴダイゴのカヴァーも披露していますぞ」

スプリンターによる中村雅俊“いつか街で会ったなら”のカヴァー

 

梅屋敷「ええっ!? でも私、残念ながら彼らのことをちっとも存じませんでした」

戸部「まあ結局のところ、地元でも日本でも鳴かず飛ばずのまま、84年には解散していますからね」

梅屋敷「ですが、この『The Place I Love』はとても素敵じゃありませんか! ビートルズやバッドフィンガーら英国ポップの流れを汲みつつも、どこかUS西海岸的な軽さや大らかさが感じられますわ」

鮫洲「つうか、フォーキー・ポップとちょいとメロウなAORの中間を行くようなサウンドは、まさにダーク・ホース時代のジョージっぽいよな」

梅屋敷「そういえば優しい歌声も似ていますわね」

鮫洲「随所でジョージお得意のスライド・ギターが入るせいか、まるで彼のソロ作を聴いているような気もしてくるぜ」

戸部「実際にゲイリー・ライトビリー・プレストンジム・ケルトナーなど、当時のジョージのソロ・アルバムに参加していたメンバーが顔を揃えていますからね。そういう聴き方もアリでしょう!」

梅屋敷「それを考えると、ヒットする要素はたくさんあったはずなのに、なぜ彼らはブレイクしなかったのでしょう。私、何だか悲しくなってきました」

戸部「まあ、すべてにおいて程々な感じがインパクトに欠けたのでしょうな。その中庸さがまたジョージ・ワークスらしくて、我輩にはたまらないのですがね」

鮫洲「流石に『The Beatles 1: Deluxe Edition』の話題性のデカさと比べるのは酷だけど、でもスプリンターのほうが何となくロッ研っぽいな」

梅屋敷「今日はコデータさんのおかげで良い作品と出会えました!」

戸部「いや、まあ、それほどでも……ゴホン」

 柄にもなく照れるコデータが可愛らしいじゃないですか。気付けば日も暮れてきたので、本日はこれにてお開きといたしましょう。 【つづく】