2014年からその動向を追ってきたPAELLASが、東京へ拠点を移して初の全国流通作品となるミニ・アルバム『Remember』をリリースした。いやー、本当に〈やっと出た〉。というのも、同作は2015年の春頃に(収録曲は若干異なるものの)自主盤として発表されるはずだったのだが、Niw! Recordsからのリリースが決まったこともあって一旦保留に。そして改めて楽曲を録音し直し、ブラッシュアップした形で発表に至ったのである。当初よりもリリースが半年ほど遅くなったわけだが、それで正解だったと思う。

PAELLASには今回を含めて計3回のインタヴューをさせてもらっているが、毎度メンバー編成が異なればバンドのテンションも違うという、いわば彼らの激動の時期を追っていたわれわれ。これらはある種、貴重なドキュメンタリーになるかもしれない。2014年2月に東京で新たなスタートを切ったPAELLASは、さまざまな壁にぶつかりながらバンドとしての完全体をめざして突き進んできたわけだが、紆余曲折を経てようやく出来上がった『Remember』をリリースした2016年1月1日こそ、本当の意味で現行PAELLASとしてのスタートを切った日と言えるのではないだろうか。今回はメンバーに『Remember』の内容や現在の心境を訊いた。

★紆余曲折を経て光を見い出すPAELLASの現在地(2014年11月公開)
★PAELLAS、新メンバーやサポート・ギタリスト迎えてバンドの強度増した今日この頃を語る(2015年9月公開)
 

 

――ついに! 『Remember』のリリースおめでとうございます!という気持ちなのですが、まずは……これまで何度かPAELLASの動向を追ってきたMikikiとしてはちゃんとお知らせしておいたほうがいいことかなということで、最近ドラマーが変わったんですよね。

MATTON(ヴォーカル)「そうですね。まあお互いのためというか、いまのPAELLASの方向性と乖離が出てきていて、お互い苦労しながらやってきたけど、どうあがいてもこれ以上自分たちの望むグルーヴは出せないと思ったから、変わるならいましかないかなと」

――お互いに前向きな判断のようなので良かったですね。いまはサポートでタカハシリョウスケTRMTRM、元Psysala Psysalis Psyche)さんに入ってもらっていると。

MATTON「はい。岳士さん(岩本岳士QUATTRO/PAELLASが所属するLittleize records主宰)のソロでも叩いているし、レーベルメイトでもある人なので、僕らにとってはやりやすいですね」

Takeshi Iwamotoの2015年作『Blew outremer』収録曲“Oscar”

 

――ということで、今回の『Remember』。リリースできて本当に良かったです……なんだかホッとしました(笑)。

MATTON「そうですね、もう忘れたいくらいですね(笑)」

――えっ(笑)! またまたそんなことを。一度自主でリリースしかけていた作品だったし、これを出さないと始まらない感じもあったんじゃないかなと思いますが。

MATTON「まあ、〈出せた〉というのが大きいですね。これまでは〈音源ありますか?〉とか〈どんな音楽をやってるんですか?〉と言われても出せるものがなかったから、あったとしてもめっちゃ昔の音源なので出したくもないし(笑)。一応これで聴かせられるものが出来て、Niw! Recordsというレーベルから出させてもらえて良かったなと」

PAELLAS Remember Niw!(2016)

――やっと上京した感じがしますね(笑)。

MATTON「そうっすね(笑)。〈いまも大阪(に住んでるん)ですか?〉っていまだに言われますから」

――ハハハ(笑)。それで、前に自主でリリースしようとしていた時は“Hold On Tight”“Night Drive”“Cat Out”の3曲入りでしたが、2曲増えていると。これは大正解だと思います。

MATTON「去年の大晦日だったか今年の元旦にBisshi(ベース)と2人で作った“Night Drive”と同じ日に出来たのが“Fever”。あと、お蔵入りしかけていた“Chinese Delicatessen”は違うヴァージョンみたいにして作ったらイイ感じだったので、その2曲を追加しました」

――もともと録っていた3曲も全部録り直しているんですよね?

MATTON「全部録り直しています。ミックスはこれまでBisshiがやっていて、すべて自分たちの感覚だけでやっていたんですけど、今回は岳士さんにミックスしてもらっています。正直、録り音に関しては自分たちの出したい理想の音ではないんですけど、自分たちの感覚を離れて、これまで以上にいろんな人に聴かれることを考えてミックスしてもらったので、俺はいまのヴァージョンに納得しました」

――以前、自分たちでレコーディングをしていた頃に〈第三者の意見が欲しい〉ということをおっしゃっていましたよね。

MATTON「楽にはなりましたね。でもやっぱり本当に自分たちが出したい理想の音を出すためには、もっと実力を付けるしかないなと思ってますけど」

――なるほど。でも楽曲自体はいまのPAELLASの名刺代わりになる良い内容ですよね。“Chinese Delicatessen”以外はすでにライヴでも定番ですが、“Hold On Tight”はPAELLASのなかでもキラーな曲なんじゃないかと。今回はギターも入っていっそうイイ感じになりましたね!

MATTON「“Hold On Tight”は絶対に今回のヴァージョンがいい!」

PAELLAS“Hold On Tight”の初期ヴァージョン、『Remember』収録ヴァージョンと聴き比べてみて

 

――ちょっとノスタルジーを感じるギターのメロウなフレーズがたまらないですね。

MATTON「これに限らず、今回収録した曲はほとんど去年作ったもので、なんだかんだアレンジとかはライヴをやっていくなかで当初のものからは変わっていくんですよね。やっぱり出来てからある程度の期間を経ないと楽曲として完成しないのかなと思うから、結果的に時間をかけて良かったのかなと。いちばん古い“Cat Out”も最初のものからはだいぶ変わってるし、“Night Drive”はアレンジだけじゃなく歌詞も増えてる」

PAELLAS“Night Drive”

 

――そうですよね。編成もこの1年くらいでいろいろ変わっているから、曲の感じも変わっていくでしょうし。

MATTON「本当はもっと早く出したいんですけどね……」

――まあでも結果より良い形になるのであれば、ある程度時間が経ってもいいんじゃないでしょうか。そして“Chinese Delicatessen”はどういう感じで作り直したんですか?

MATTON「これはBisshiとANANが作ってる」

ANAN(ギター)「デモのトラックは俺が作って、最初はライヴでもやってたんだけどすぐにやらなくなって、お蔵入りになった。それが最近になって、これをいまの(PAELLASの)雰囲気でアレンジしてやろうということになったんです。いまのアレンジはわりとBisshiが中心にやっていて、デモに入っているシンセの単音のフレーズをギターで弾いたりしています」

――ドラムは生ですか?

MATTON「この曲は全部打ち込みです。そのほうがいいということで。これがいちばん難しかった。たぶんミックスも難しかったはず」

――やっぱりそうだったんですね。サビのあたりのビートはだいぶダンサブルになっていていいですね。

MATTON「デモの時と、いまのヴァージョンを作った時とで自分たちの影響を受けている音楽が全然違うんです。最初の頃はインディーR&Bあたりを聴いていたんですけど、今回のヴァージョンの元を作った今年の3月頃にはハウスを聴くようになって、そこから影響を受けたテンションでもう1回やってみようと作りました」

――ハウスというのは?

MATTON「“Night Drive”を作った去年の年末頃はハウスがよくわからなかったから、とりあえずフランキー・ナックルズとかを聴いていて、シカゴ・ハウスは結構好きやなとBisshiと話していたんです。で、“Chinese Delicatessen”を改めて作っていた時はディスクロージャーみたいな、いまっぽいものを。一方で、ハウスじゃないけどペット・ショップ・ボーイズなんかも聴いていました」

――ほうほう、わかります。ディスクロージャーとも共通する色っぽさもありますしね。

MATTON「ディスクロージャーの新しいアルバム(2015年作『Caracal』)は結構バンドっぽいから、そういう意味でも参考になる……まあ、あの人たちはレヴェルが高すぎるから参考になると言えるほどじゃないんだけど」

ディスクロージャーの2015年作『Caracal』収録曲“Magnets”

 

ANAN「教科書って感じだね」

MATTON「うん、教科書。ディープ・ハウスをポップスとして上手く昇華しているというか」

 

――“Fever”はこの作品にあって、すごく〈陽〉のムードがありますよね。“Cat Out”もそうですが、ナイル・ロジャースっぽいギターがいいなと。

ANAN「ホントそういうイメージ。80sのディスコ/ファンクの感じを出したかった」

MATTON「ドラムもそういう音作りだしね。カインドネスみたいなフレーズも入れていたり」

カインドネスの2014年作『Otherness』収録曲“This Is Not About Us”

 

――そうですね、カインドネスやブラッド・オレンジあたりの雰囲気というか。

ANAN「この曲はマジックというか、そんな感じがありましたね。最近は僕がデモを持っていって、スタジオでアレンジを決めていくんだけど、これはMATTONの歌とBisshiのベースに、適当に弾いた空間ノリだけのシンセが入った元のトラックがあって、そこにギターのカッティングをBisshiのベースのルートに合わせたら結構いい感じになって。歌とか別のメロディーが乗っているところに後からコードを乗せるのもおもしろいなと。僕が作ると、自分のなかで気持ちいいコードが決まってるからコード進行はわりと似たり寄ったりになりがちなんだけど、そういうふうに作ると自分次第にならずにそっちに引っ張られるから。そういう意味で、“Fever”は結構好き」

MATTON「みんなこの曲めっちゃ好きやんな。最初はこれをリードにしようという話もあったくらいで……俺は〈そんなにいいの?〉と思ったんだけど(笑)。めっちゃキャッチーですけど、歌メロは〈ベタやなー〉と作っている時も思って」

――ベタかどうかはわからないけど、それがいいんだと思いますよ。

ANAN「MATTONとBisshiの音楽の嗜好はひねくれすぎてるからな。僕はポップなものが正義、みたいな気持ちがあるから……」

MATTON「いや、ANANも結構ひねくれてるよ」

ANAN「いや、2人ほどではないよ」

MATTON「そうかな~……」

――ハハハ、もういいです(笑)。

政田(パッド)「“Fever”に関しては、みんなでスタジオに集まってプリプロを作ることになった時、なんとなくシンセを入れたいよねっていう話になって、アルペジエイターをANANが弾きはじめていまの形になった時に、僕個人としてはガツンとハマって。ライヴでやっていても気持ちいいし。自分としても立ち位置が変わりはじめるきっかけになった曲だなと思います」

※アルペジオを自動的に生成して演奏する機材。シンセサイザーに搭載されていることが多い

ANAN「Bメロに入った時の昂揚感とかはいわゆるPAELLASっぽくはないけど、こういうのもいいかなと思って」

MATTON「PAELLASっぽくないからまだ自分的に難しいと思っているのかもしれない。自分としてもこういうポップな曲は作っていきたいんですけど、まだ板についてないというか……」

――自分のなかで消化しきれないというか。

政田「僕としては、そういうキャッチーな曲をどんどんつくっていって、バンドのなかで化学反応を起こせたらいいなと思っています。MATTONとBisshiが作ってきたPAELLASの音楽を良い意味で壊すような化学反応を」

PAELLAS“Fever”の2015年のライヴ映像、出来たばかりの頃

 

――なるほど。それは新しいメンバーの役割かもしれませんね。政田さんは今回どのような形で関わったんですか?

政田「レコーディングに際してはパッドの音でいいから録ろうということで、Bisshiの家に行って録ったんですけど、それがその後どういう形で楽曲に反映されているのかは出来上がるまでわからなかった。でも聴いてみたら、自分のアイデアもちょくちょく入れてくれていたのが嬉しかったですね。まだまだ手を入れる余地があるなと思いました」

――そういえば資料に〈アメリカのメインストリームの音楽を吸収した〉と書いてあったんですが、あれは……。

MATTON「これは完全に俺ですね。まあBisshiも好きだけど。ジャスティン・ビーバーがすごい好きなんですよ。歌い手としてもイイし、メロディーの作り方も好き。すごく才能のある人だと思う」

ANAN「80sのメインストリームものはみんな聴いてるけどね」

――それは前にも言ってましたよね。

MATTON「最近なに聴いてるかといったら、ビーバーしか聴いてない」

――じゃあ今回の作品はだいぶビーバー感があるってことですかね。まあ、あるっちゃあるか。

MATTON「だいぶあります。相当影響を受けてますよ。好きすぎて、YouTubeもめっちゃ観てるし。ルーツがハウス・バンドをやってるUSの番組があって、それにジャスティン・ビーバーが出た時に“Sorry”をやっているんですけど、それがすごくイイ」

2015年の「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」でのジャスティン・ビーバー“Sorry” パフォーマンス映像

 

――ちなみに、今回はひとまず5曲が収録されていますが、ライヴでは新曲を結構やっているんですよね?

政田「新曲、ライヴでやるの早いよね? モノによるけど」

MATTON「早いのかな?」

ANAN「そこは分かれるよね。ネバヤン(never young beach)も結構早くて、出来たらすぐにライヴでやったりするし、PAELLASも早いほうだと思うけど、そうじゃないバンドもいる」

MATTON「俺としては、現状のセットリストのなかに自分のなかでもうちょっとこういう部分を足したいなというのがあったら、その要素を足せる新しい曲を作って、出来たらすぐ試していってより良いものにしたい。でも単純にすぐにやればいいわけではなくて、クォリティーの問題もあるから片っ端からはできないけど」

ANAN「結構練習しないとダメな場合は温めておくものもあるし」

MATTON「ある程度ラフな状態でもやって、育てていく曲もある」

政田「ライヴでやってお蔵入りする曲もあるしね、ハハハ(笑)。結構好きなのに寝ちゃってる曲とかありますよ」

MATTON「でも“Chinese Delicatessen”のように1度お蔵入りして、また復活する曲もあるからね。音楽性、音楽の嗜好は細かく変わっているし、いろいろ聴いていくなかで新しい知識を得て、〈あの曲をこの感じでやったらいいんじゃない?〉ってもう1回引っ張り出してきたりするパターン。いまもお蔵入りしている曲はいっぱいありますけど、そもそもは良い曲ばっかりなので、それをもう1回作ってみたいなというのもある。もちろん普通にANANが新しく作ってくるものもいいけど」

Bisshi(ベース:ここでやっと到着)「ライヴもやっと自分たちが出したい感じになってきたし、そこから広げていって新しい曲を作っていきたい。このアルバムに入っていない曲もいまライヴでやってますけど、それも今後どんどん変わっていくだろうし。これからスタートって感じですかね」

MATTON「2016年はいい年にしたい。実りのある年に」

ANAN「うん、今年は本当にいろいろ動きそうです」

MATTON「時期とかは全然まだ決まっていませんけど、アルバムも自分たちとしては出すつもりではいます。今回の反省点を活かして!」

――楽しみにしてます!