写真提供/COTTON CLUB 撮影/米田泰久

 

「モノゴトを固定してみてはいけないね。それはジャズじゃない」

 昨年フレッド・ハーシュは、日本で言えば60歳の還暦を迎えた。アメリカでもそのお祝いが企画されたが、もはやこの現代ジャズ・ピアノの大御所を取り巻く環境は、以前とはまったく違ったものになった。

 「今が私の人生で最高なんだ。仕事にも恵まれているし、当然演奏家として最高に充実している」

 ハーシュは4歳からピアノを学び、プロとしての活動もすでに42年になる。下積みの生活が長く、スタン・ゲッツやいろんなミュージシャンのサイドメンやたくさんの歌伴の経験もした。さらに大病も患い、そうしたことを克服して、ようやくその素晴らしい世界が広く認知されたのは、そんな昔のことではない。

 「実は今、自伝を書いているんだよ。『いいことはゆっくりやってくる』というタイトルなんだけどね。(笑)」

 これは冗談ではなく、来年ランダム・ハウス社から出版されるそうだ。その執筆とEメールばかり書いて、何日もピアノに触れない日があるという。

 「もっとも、ぼくのピアノの運指はフラットで自然体だから、練習はあまり必要ないんだ。演奏の準備もしない。そのときのピアノとかいろんな状態に左右されるし、その場のインスピレーションが大切だからね。若い人に教えるのが好きなんだけど、間違いを恐れるなと、いつも言ってるんだ。間違いこそ勉強の糧で、そこからいろんな世界が見えてくるし、自分の世界も生まれる。今の若い人は、便利な教則本の類がたくさんあるせいか、逆に自由度がなく、同じように聴こえる」

 いかにも古い世代のジャズの達人らしい考えだが、だからこそ触発され、尊敬を集めるのだろう。ハーシュは、ブラッド・メルドーに2年間教え、とりわけメルドーの左手の個性的な動きは、ハーシュからの影響だ。ハーシュは、クラシックからその技法を取り入れた。一方鬼才のセロニアス・モンクが大好きだし、サン・ラにも関心がある。読書好きで、料理もするし、ガラパゴス島に行って、シュノーケルで潜って楽しんだり。あの繊細なピアノ音楽からは、まったく想像できないが、意外にも好奇心旺盛な行動的な人間である。

 「若い人を招いてジャムをするのが好きで、今の共演者は、そうして発見した。この時代には文句も多いけど、面白いことも多い。モノゴトを固定してみてはいけないね。それはジャズじゃない。今、アカペラ・グループの曲を書いている。それとビートルズとかジョニ・ミッチェルのポップス曲集も作りたい。ぼくはその世代だからね。むろん、知っている曲だから、準備はしない。ジャズは、一発勝負だからね」 

 実は、フレッド・ハーシュは、まだまだこれからの人なのである。

2015年の来日公演のトレイラー映像