©Steve J. Sherman

ピアノ・トリオ+弦楽四重奏で奏でた、深淵なるマインドフルネスの世界

 フレッド・ハーシュの贔屓筋なら、新作『ブレス・バイ・ブレス』が用意したセットのいくつかで、不思議な体験をさせられるだろう。彼は日本の仏教や禅に通じる各地〈瞑想〉について深く研究を進めてきた。いつか演奏中にも、心を〈瞑想〉状態に置けるようになっていく。だから舞台では、ストレスとなる毒性から解かれ、より高次にある情緒表出と表現技法に達することができ、共演者との即時的創作も成功へと導けた。純度を高めるべく舞台直前まで無心を貫き、曲の構成やテンポも用意しなければ、セットリストさえ頭から外してかかることさえ多い。

FRED HERSCH 『Breath By Breath』 Free Flying(2021)

 さて、新作が用意した不思議な体験についての話をしよう。ハーシュは今回、いつものピアノ・トリオ編成(1曲ではパーカッションも参加)に加え、初めて弦楽四重奏団を起用した。ここでのストリングスは、誰もが不可欠な存在であると認めざるをえない。しかも、ただトリオ演奏に色を添えるための背景でなく、ともに“混乱からの脱出法”を一体となって語らせるのだ。何も持ち合わさず、無心でピアノの鍵盤と対峙することを旨としてきた彼のこの選択に、多くは躊躇わされながら、結局彼にしかできない有機的マジックを目の前に叩きつけられことになる。

 2020年、新型コロナの世界的パンデミックによって人の交流が途絶え、創作活動は停止に追いやられた。そんな中で獲得した〈瞑想〉と〈示唆〉の両観点から、自身のルーツでもある弦楽四重奏を用いた新しい作曲法と、即興の場にしか生まれない集中状態を頼りに、過去と現在をひとつ空間に集め静謐に観察的逃避術を語っていく。“サティ(作曲家名でなくバーリ語でいう〈気づき〉)組曲”で新たな船出に〈瞑想〉で清澄な安らぎを得るも、また途方もない心の乱れや悪神に取り憑かれていく。ただそんな俗世でも、〈座っている時は座っていることを、呼吸する時は呼吸していることを知りなさい〉との声は誰のもとへも優しく注がれる。巧妙に練られた譜面は弦楽四重奏の発音を通して今に蘇り、その場で起こる即興的対話の間でヴィヴィッドに輝きだす。