2014年の12月にファースト・アルバム『Days With Uncertainty』を発表し、結成からの最初のフェイズを終えたThe fin.。昨年は〈SXSW〉を含む3月のUSツアーを皮切りに、7月にアジア・ツアー、11月にはロンドン公演と、海外での積極的なライヴ活動を行いながら、次の展開を模索しているように見えた。そして、その最初の成果と言えるのが3月16日にリリースされる新EP『Through The Deep』だ。ドミノ・レコーズの新星である南アフリカのシンガー/プロデューサー、ペティート・ノワールによる“Night Time”のリミックスを含む6曲入りながら、楽曲のヴァラエティーは初作以上で、特にシンセやパッドを多用した音色の広がりに明確な進化が感じられる。同時代の海外の音楽に触れた喜びを素直に表現してきた初期から、真のオリジナリティーを追求するネクスト・ステージへ――The fin.の本当の始まりはここからだ。

The fin. Through The Deep HIP LAND(2016)

――ファースト・アルバムの『Days With Uncertainty』というタイトルは、バンドを取り巻く状況の変化に伴う不安定さをポジティヴに捉えたタイトルだったのに対して、今回の『Through The Deep』はその先で深く音楽と向き合ったことを表しているタイトルなのかなと思ったのですが、実際いかがでしょうか?

Yuto Uchino(ヴォーカル、シンセ)「去年はアメリカ・ツアーに始まり、海外のいろんなところに行って、そのなかでの自分自身やみんなの変化を感じた年でした。あと上京してすぐの頃に比べると、さまざまなことを落ち着いて見られるようになってきて、結構いろいろ考えたりもしたから、そういう意味でも深いところにいた1年でしたね。でもそこを通過することに意味を感じていました」

――そうやって考えたことが、『Through The Deep』に反映されている?

Yuto「今回のEPに入っているのはほとんど1年くらい前の曲なんですけど、ファーストからいまの自分に向かっていく、その一個一個の過程の曲が入ってるかなって。ファーストがコンセプチュアルなものやったっていうのもあったので、もうちょっと何も考えずに、実験的なものも含めて一度自由に曲を作ってみて、それからまた次に向かいたかった。そういうEPになったかなって」

The fin.の2014年作『Days With Uncertainty』収録曲“Night Time”

 

――なるほど。じゃあ、EPの中身の話をする前に、まずは去年の海外ツアーを振り返ってもらおうと思うのですが、Ryosukeくんにとってはどんなツアーになりましたか?

Ryosuke Odagaki(ギター)「海外でやりたいっていうのは前から話していたので、単純にやれて良かったというのもあるんですけど、個人的には海外に行くことで自分が剥き出しになったというか、裸にされた感じがしたんですよね。僕らは幼馴染なんで、これまでは4人で楽しくバンドをやってきた、という感じだったんですけど、アメリカとかで一人のミュージシャンとして立った時に、自分の足りないところも目の当たりにして。ずっと日本だけでやっていたら、そこにぶつかることはなかったかもしれないので、いまとなってはそれはすごく良かったなと思います」

――NakazawaくんやTaguchiくんはどうですか?

Kaoru Nakazawa(ドラムス)「アメリカに行って、アメリカの広さを感じました。半袖を着た次の日に、持ってる服全部着ても足らなかった(ほど寒かった)り(笑)。そういう日本では感じられないことをいろんな国へ行くたびに感じて、知らないことをたくさん体験できたのはすごく楽しかったです」

Takayasu Taguchi(ベース)「もともと日本、海外と関係なくやりたいというのがあったので、その第一歩としてはすごく大きかったです。でも、気持ち的にはそこまで変わらなかったというか、もちろんお客さんの反応とかは違ったんですけど、自分の中から湧き上ってくるものはそこまで変わらなかったですね。ただ、やっぱり音楽で繋がれたっていう喜びはあって、その経験もあってか、僕は去年、すごいたくさん音楽を聴いたんですよ。〈音楽を知る〉ということを物凄くがんばろうと思って」

――以前までと去年だと、聴く範囲がどのように広がったんですか?

Taguchi「もともとバンドが好きやったんで、普通にインディーのバンドもんがメインやったんですけど、僕的にはジャズを聴くようになったのがデカくて。グルーヴとか〈演奏する〉っていうことがどういうことかをジャズは体現してると思ったんです。それまで全然知らなかったので、良いと言われているものは一通り全部聴いてみようという感じでした」

――そのなかでも、Taguchiくんにとって大きかった出会いは?

Taguchiバド・パウエルは大きかったですね。ピアノ・トリオをいろいろ聴いて、最初ビル・エヴァンスから聴いていったんですけど、聴いてるうちにだんだん〈その人のグルーヴ〉みたいなのが見えてきて、すごく参考になりました」

1949年に録音されたバド・パウエル“Bouncing With Bud”。テナー・サックスのソニー・ロリンズを交えた5人組

 

Yuto「海外をツアーして、向こうのミュージシャンを観てひとつ思ったのが、あっちは内に持ってる基本的なリズムみたいなものがあって、それをただ単に出してるだけなんです。そこが日本人と違うところで、そこにいかに早く気付くかが大事だと思ったんですよ。たぶん、向こうの人は自然に気付くんです。周りがそんなんばっかりだから。日本だけでやってるとなかなかそういうことに気付かないけど、俺たちはそこに気付けたから、自分たちの演奏に対する見方も変わって、それはすごいデカかったかなって」

――では、改めて『Through The Deep』についてお伺いしたいのですが、先ほど話に出たリズムやグルーヴの面も含めて、大きくパワーアップした作品になったと思います。『Days With Uncertainty』の時点ですでに日本のメインストリームのギター・ロックとは違うものになっていたと思うんですけど、とはいえバンド・ミュージックの範囲内だったと思うんですね。でも、今回の作品はバンドでありながらも出す音や展開の自由度が大きく上がっていて、強い個性と時代性とをどちらも手にしつつあるように感じたんです。

Yuto「ファーストの制作の後半からドラム・パッドを導入して、それでデモを作るようになったことで、自分の作曲の自由度がすごく上がったんです。さらに、それをどうライヴで再現しようかとなった時に、Nakazawaもドラム・パッドを導入して、何でもできるようになったんですよね。Ryosukeもシンセがあるし、俺もシンセ2台あるし、〈なんぼでも曲作れんちゃうか?〉ってぐらい自由度は上がりましたね」

――うん、まず機材の変化は大きいですよね。

Yuto「あと、前はちょっと遠慮していたというか、シンプルなビートだったり、いわばバンドですぐできるようなものを作っていたんですよ。でも、もし〈せーの〉ですぐできなかったとしても俺たちなりのやり方があるはずだから、そこは遠慮せずにやりたいと思ったらやってみるっていう、そこは振り切れました。〈バンドらしさ〉というのも素晴らしいと思うんですけど、それを表現する方法はいっぱいあると思うし、もっと新しい方法でやることが〈The fin.がThe fin.になる〉ってことなんかなと。バンドは何か〈これ〉というのを見つけなあかんと思うんですけど、そういうことをやってる人は他にあんまりいないんじゃないですかね」

――バンドでありながら、バンドじゃないものを表現する。Nakazawaくんもパッドを採り入れたという話がありましたが、今作での変化をどう感じていますか?

Nakazawa「デモが届くたびに〈そう来たか〉と思いながらやってました(笑)。まあ、僕がやっていること自体は一緒といえば一緒なんですけど、みんなの意識や姿勢の変化を感じながら、僕は僕なりにやってみました」

Yuto「去年はやりたいことを追求するための地盤が出来てきた1年で、今回のEPを聴いたら変化は感じてもらえると思うんやけど、もうセカンドの曲がほとんど出来てるんで、(今回のEPの曲が)だいぶ前のことに感じる(笑)。ただ、“Through The Deep”と“Heat”は(去年の)夏ぐらいに作った曲なので、いまの自分に結構近くて」

――“Divers”や“Anchorless Ship”は使ってる音が多くて、展開もかなり自由度が高いけど、“Through The Deep”や“Heat”はより洗練された仕上がりになっていますよね。つまり、1回自由にやってみたことで、自分のやりたいことが明確になってきた?

Yuto「それはホントにそうで、“White Breath”“Divers”“Anchorless Ship”はある種実験的というか、できることが増えたからいろんな音を入れてみたりしたけど、それをやったことによって、だんだん自分が出すべき音がわかってきた。自分の表現の一部として必要か必要じゃないか、それが見えてきたのは良かったなと」

――Yutoくんは自分でデモを作って、それをバンドで鳴らして、録音とミックスも自分でやっていますよね。そういう在り方は、バンドというよりも、いまの海外のプロデューサー系の人からの影響が大きいのでしょうか?

Yuto「もともと高校生の時はバンドが好きで、大学生くらいからエレクトロニカ系を聴くようになって、いまはまたバンドに戻ってる感じなんですけど、最近思ったのは、自分自身をリアルに音にしていくことを大事にしたいと思った時に、自分から出てくるものはツルッとしたものよりも、むしろザラッとしたものなんですよ。例えば、アメリカのモーテルから出た時の、砂混じりの風のザラッとした感じとか、そういうテクスチャーのものに自分は反応してて」

――The fin.のサウンドは美しくて透明感があるっていう言い方をされることも多いと思いますけど、それだけじゃなくてそのなかにあるザラッとした感触がポイントだと。

Yuto「最近またバンドに戻ってきたっていうのがそこで、オーガニックというか、ある種バラバラな感じというか、バンドならそういうことが表現できると思ったんです。まあ、バンドもプロデューサー系の人もバランス良く両方聴いているんですけど、バンドでもよく聴いているのは一人が曲を作ってるバンドが多くて、ビーチ・フォッシルズワイルド・ナッシングテーム・インパラのように、一人で作ったプロダクションを集団で解釈している人たち。そういう時代なんかなと思うし、自分にもそのやり方がハマるんですよね」

ビーチ・フォッシルズの2011年のEP『What A Pleasure EP』収録曲“Adversity”

 

――Taguchiくんは今回のEPでの変化をどう捉えていますか?

Taguchi「普通に曲やリズムのクォリティーが上がったんで、もうそれだけでいいっていうか(笑)。でもそこがみんな何となく思ってたとこやと思うんです。ファーストの頃はそこを打開したかったけどできなかった。でも、徐々にやり方を見つけて、打開できてきたんかなと思うし、ホントにやりたいようにできるようになってきたのはめっちゃ感じています」

Yuto「最初のほうでTaguchiが〈音楽を知ろうとした〉と言っていたけど、それは俺もすごいあって、俺も音楽を知ろうとしたし、リズムを知ろうとして、家でドカスカとパッドを叩いたり、ベースも自分で弾いてコピーしたり、それをやったのが良かったというか、単純に〈知れたな〉って(笑)。頭じゃなくて身体で知ったというのはデカイと思うんです」

――文字通り、ディープに音楽を知ろうとしたと(笑)。

Yuto「単純やな(笑)。でも、最近インタヴューで話していて思うんですけど、歌詞でも自分の状態をリアルに残そうと思ってるし、やってることは全部一緒なんですよ。音を作るのも、歌詞を書くのもそうだし、料理を作るのも、写真を撮るのも、全部自分のなかで一貫してて、〈生きてるうちのひとつ〉みたいな。歯磨きするのとも一緒だし、それこそ自分が生きてるリズムに完璧にハマってる……それがいいのか悪いのかはわかんないけど」

Taguchi「いや、いいと思うよ。素晴らしいことだよ(笑)」

――それがホントの意味でのその人にしか作れない音楽になるわけですもんね。Ryosukeくんは今作での変化をどう感じていますか?

Ryosuke「もちろん変化は感じてて、自分がそれとどう向き合うかが重要やなと。それぞれが自分の課題を探していくことが大事で、それがYutoも言ってた〈The fin.がThe fin.になる〉ってことを見つけていくことに繋がると思う。自分はまだ全然途中やと思ってるんですけど、バンドって終わりがないし、完成形もなく、成熟していけるかどうか。いまはそれを前向きに捉えています。Yutoがデモで提示してくれたものに対応して自分のものにする、ということを今回はやったので、ファーストとEPの違いはそこですね」

The fin.の2014年作『Days With Uncertainty』収録曲“Till Dawn”

 

Yuto「初期の頃はある程度みんなでバーンって音を出していたから、その時にみんなが持っているものをそのまま出して、それを何とかまとめる、みたいな感じやったんですけど、俺がちゃんとデモを作るようになって、〈他にないもの〉を求めるようになったと思う。The fin.がThe fin.になっていくためには、他にないものを確立しないといけなくて、ほんまに自分で自分の音を出していくしかない。だから、自分的にはすごくクリエイティヴになったと思います。そのぶん、それを投げた時にみんなのなかには戸惑いもあったと思うんですけど、でもいまそれをみんなで一緒にやれてるってことは、すごいことなんかなって」

――EPのラストにペティート・ノワールによる“Night Time”のリミックスが入っていますが、彼もまさに他にないものを追求してきた人で、〈ノワールウェイヴ〉なんて新しいジャンルまで作っちゃってますもんね(笑)。

Yuto「そうそう、アートってそこがいいなと思うんです。なかったものを見つけていくというか、自分がそれをクリエイトしていくことに意味があると思うんで、俺らが追求すべきこともそこなんかなって」

――最初に去年の海外ツアーの話をしましたが、一昨年からは自主企画〈IS THIS IT?〉を始めていて、去年もワンマンを含めて3回開催されましたよね。同世代のバンドとの出会いも多かったと思うんですけど、国内のバンド・シーンの変化はどう感じていますか?

Yuto「変わってきたなと思う面もあれば、結局同じやなと思う面もあって、俺らが出てきた時は、例えばHAPPYYkiki BeatSlow Beach……いまのLucky Tapesとか、英詞で歌っているバンドがたくさん出てきて、なんか変わってきたんかなっていう感じがあったけど、意外とそうでもなかったような(笑)。世代が違うだけで、これまでもこういうことの繰り返しなのかもしれない。例えば、僕らがバンドを組んだ最初の頃はアジカンのコピーをやっていたんですけど、アジカンやストレイテナーが出てきた時も、言うてもやってること変わらへんちゃうかなと思ったり」

Ykiki Beatの2015年作『When the World is Wide』収録曲“Modern Lies”

 

――当時は当時で同時代の海外の音楽を聴いたりしながら、それぞれのバンドが自分たちの色を確立していったわけですもんね。

Yuto「うん、意外とそんなに変わってないのかもしれない」

Ryosuke「その感じが東京なんかなと思った。東京はそういうサイクルで動いてて、大阪とかは結局その影響を受けてるだけやから、一見広がっているように見えるけど実際は東京に何もなくなったら、大阪も何もなくなる。そういうサイクルなのかな」

Yuto「だから、そこを意識しちゃうと何もなくなっちゃうんですよね。だから自分たちの音楽をしないと意味がないなと思ったんです。ただインスタントな音楽を作っていたら、川を流れていく落ち葉のように、何のアイデンティティーもなく通りすぎて、記憶にも残らない。そうじゃなくて、自分たちを追求することにこそ意味がある。それはそういうサイクルを目の当たりにしたから思ったことでもあるのかも」

――いまのバンドからはそれぞれが自分たちのやりたいことを追求してる感じが伝わってきて、すごく頼もしいです。ただ、内心ではやっぱりライヴァル心もあるのかなと思ったりもして。

Yuto「この前ちょっと考えたのは、音楽をやってる人でも芸能人でも、完全にお金のためにやっている人、成功が欲しい人、ただ音楽が好きな人とか、いろんな種類の人たちがいるなかで、成功したい人というのは数字と戦うわけですよね。それはそれでその人の性やからいいと思うけど、それは違うなって俺は思うんです。成功しないとやっていけないのかもしれないけど、でもそこに向かって何かをやるというのはやっぱり違って、〈良い音楽を作る〉のがあくまで基準。そこを自分で見直せたから、他のバンドと競うんじゃなくて、ホンマに自分が思う良いものを作る方向に舵を切れたんです」

――いまのThe fin.のモードがよくわかりました。じゃあ最後に、すでにセカンド・アルバムの曲がほとんど出来ているという話だったので、それがどんな方向性の作品になりそうか、ちょっとだけ予告してもらってもいいですか?

Yuto「やっぱり“Through The Deep”と“Heat”の感じで、今回のEPとは違う、サウンド的にもテーマ的にももうちょっとまとまった作品になると思います。日本人はヴァラエティーがあるほうが好きなんかなとも思うけど、The fin.はそういう感じじゃなくて、そのぶんもっとやりたいことがクリアな作品になると思います。それが日本で受けるかどうかに関しては、もう俺は知らない(笑)」

――いまの時代にアルバムというパッケージを作るうえでは、作品としてのまとまりがすごく重要だと思うから、それはひとつの正解だと思うし、楽しみです。でも、今回のEPでディープから抜け出すのかと思いきや、よりディープに潜ることになるかもですね(笑)。

Yuto「〈こいつらどこまで行くねん?〉みたいな感じになるかもしれないです(笑)」