音楽が聞こえてくるような詩情溢れる作品集

 70年代のロックが好きなら、レコードのジャケットやポスターを通じて、一度は矢吹申彦のイラストを目にしたことがあるだろう。アンリ・ルソーニコ・ピロスマニを思わせる素朴さのなかに洗練された洒脱さやユーモアもあり、その温もりに満ちたタッチは70年代の音楽にはぴったりだ。矢吹は親交が深かった伊丹十三の著作をはじめ様々な本の装丁を手掛け、自身でもエッセイや料理本を出すなど幅広い分野で活躍しているが、彼の原点ともいえる音楽関連の作品を集めたのが『矢吹申彦音楽図鑑』だ。

矢吹申彦 矢吹申彦音楽図鑑 nov.music magazine Pヴァイン(2016)

 まず目に入ってくるのが、創刊当初から6年間に渡って担当した 『ニューミュージック・マガジン』(現ミュージック・マガジン)の表紙だ。ザ・バンドニール・ヤングマーク・ボランレオン・ラッセルボブ・ディランなど様々なミュージシャンが登場。古い看板画のような手触りを感じさせる矢吹のイラストは、時代の息吹を感じさせながらも時代を越えたヴィンテージな趣があり、表紙を通じて雑誌に親しみやすさと風格を与えている。

 さらにレコードのジャケットやポスターなど様々な作品が並ぶが、印象的なのが青空と白い雲を背景にした構図が多いこと。その穏やかなランドスケープはミュージシャンの理想郷のようでもあり、リヴィングストン・テイラーハース・マルチネス鈴木慶一も同じ世界の住人たちだ。幻想的な詩情も魅力で、松任谷由実 『流線形'80』の夜空に浮かぶブリキの車は夢のドライヴに誘ってくれるし、葡萄畑のメンバーが抱える巨大な葡萄はモビー・グレイプ『ワウ』のジャケットの葡萄を思わせたりもして、一粒頬張ってみたくなる。

 描かれたアーティストはもちろん、矢吹の人柄も伝わってくる。そんな魅力溢れる作品の数々に加えて、矢吹本人による作品解説や、湯村輝彦湯浅学らによるコラムも収録された本作は、ページをめくるごとに音楽がこぼれ落ちてくるようだ。