来る11月29日(火)と12月1日(木)の2日間、Motion Blue yokohamaにてディナーショウ、題して〈菊地成孔がぺぺ・トルメント・アスカラールと供に提供する『晩餐会 裸体の森へ』〉が催される。(高級)ジャズ・クラブにおいて演奏と飲食は、もとより不可分なものとされているが、あえて〈ディナーショウ〉と銘打った狙いはどこにあるのだろうか。その答えを知るべく、本イヴェントのプロデューサーでもある菊地のもとを訪ねた。さらにインタヴューの後半では、自身の音楽活動から政治、映画/ドラマや本まで、さまざまなトピックから2016年を振り返ってもらっている。

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極端に秘密クラブ化された、贅沢な遊び 

――さっそくですが、ディナーショウというフォーマットに込めた狙いを教えていただけますか?

「そもそもジャズ・クラブには、バーテンダーが作ったカクテルをその日のバンマスが味見して、カクテルに名前を付けるという伝統があるんですよ。おそらくアメリカで始まった風習ですが、それがまだ綿々と続いているわけです。ディスっているわけではありませんが、普段からカクテルを飲んでいるジャズのバンマスなんてほぼいないし、洒落た名前をその場で思い付くなんてことも、そうそうできるわけじゃない。だから、適当に自分の曲名を付けたりするわけで、実に不毛なことだと常々思っていたわけです。それもあって、〈自分の音楽にはこういう酒が合う〉ということを一度きちんとやってみようと思い、4〜5年前にブルーノート東京での公演に際して、店のワイン・リストを見せてもらったんです。〈企業秘密では?〉という情報も載っていたので、いいのかなと思いましたけど(笑)。

でもそのおかげで、ブルーノート東京にはいいワインが眠っていることがわかったんです。非常に立派なカーヴがあり、ソムリエは6人もいる。それなのに、毎晩ビールとポテトを中心にオーダーされていて、さぞ働き甲斐もないだろうと(笑)。そこで、もっとカーヴの中に眠る中~高価格帯のワインが動く仕掛けをしたほうがいいんじゃないかという話を振ったところ、厨房からの喰い付きが良く、どんどん話が膨らんでいったんです。最終的にはメインディッシュとワインを合わせることになったので、シェフと相談して食材を決め、シェフがレシピを決めて僕がそれに修正を加え、さらに料理と合わせるワインを決めて、メニューに長文の解説を入れる――というかなり大掛かりなことにまで発展しました」

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、2014年にブルーノート東京にて
 

「このとき、公演の情報をワイン通の人たちにも発信したんです。例えば〈シャトー・シュヴァル・ブランをグラスで飲めますよ〉と。シュヴァル・ブランは、伊勢丹新宿店の地下で買うと20万円くらいするワインで、グラスで飲めるなんてことは、通常では絶対にあり得ません。それもあってチケットは完売しました。さらに、〈ボトルを頼まれた方にはエチケットにサインをします〉とアナウンスしたこともあり、低価格帯から高価格帯まで万遍なくボトルが出て、カーヴの動きという意味でも狙い通りとなったんです。それが物凄くいい感じだったので、その後も何度かそうして遊んでいました。それを横目に見ていたのが横浜なんです(笑)。Motion Blue yokohamaには〈酒の品揃えは青山(ブルーノート東京)に敵わないけど、料理はウチのほうが美味い〉という意地があるんですよね。そこから、もともと飲食の担当で、現在はブルーノート東京で国内アーティストのブッキングを担当している岡島さんから〈自信を持ってMotion Blue yokohamaの料理を勧めたい〉という依頼が来て、それが今回の公演に繋がりました」

メイン料理の〈蝦夷鹿ロースのロティ プラリネ風味 ポワヴラードソース〉。ディナーショウの式次第/タイムテーブル、ドレスコード、コース料理などの詳細は菊地による解説コラムにまとめられている
 

「料理の内容と酒を選ぶのはさほど難しくないというか、一番楽しい作業です。遊んでいるようなものですから。〈バンドがこういう演奏をしている最中に、こういうワインを飲んだらいいだろうな〉というのは、音楽と酒のどちらも好きな人なら一度は夢想することじゃないですか。だから、今回もそれで行くのかと思っていたら、岡島さんは、完全にディナーが済んでから演奏が始まる、という形式にこだわった。

仮に酒を飲まなくたって、ライヴを鑑賞するときは(客席が)暗くなるし、音が気持ちいいと夢見心地になることもある。ましてや今回は満腹で、酒も呑んでいるとなったら、〈どう考えても演奏が始まったら、寝るよね?〉と言ったんですけど、〈そこを寝かさないのが菊地さんですよ〉って返されて(笑)。とはいえ、出演する音楽家のプロデュースによる、レストランとして独立したレヴェルのフレンチのフルコースと、きちんと選ばれたワインを饗するショウは、おそらく日本のジャズ史上において初めてのことだと思いますので、そこはやってみる価値があるのかなと。そんなことをする店もなかったし、そんなことをするジャズ・ミュージシャンもいなかった。飲食が好きなジャズ・ミュージシャンと、飲食出身のブッキング担当者が偶然にも出会ったから出来上がった企画です」

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールがMotion Blue yokohamaで行った2014年のライヴ映像
 

「といっても、歌謡界の人たちがやるディナーショーのように、途中でおしゃべりの時間があって、お肉を食べていたらテーブルに郷ひろみさんが来てくれる……みたいなディナーショウではないので〈晩餐会〉と銘打つことにして。演奏自体は、特に変わったことはしません。今回のバンドはペペ・トルメント・アスカラールなので、最初に長々と挨拶する以外、あとはMCもなくひたすら演奏をします。食後に酒やフロマージュとかを楽しんでいるときに、俺たちが演奏するのは贅沢でしょ、という心持ちで臨もうかと。ほかにもドレスコードはあるわ、値段は高いわで、バッサリ切っちゃっているというか、そういうことを楽しめる嗜好とお金のある人しか来ない。要するに、極端に秘密クラブ化された2公演なわけです。意外とすべては杞憂で、美味しいものを食べて呑んで盛り上がって、演奏を聴いていい気分、ということになればいいし。だとしたら遊びとしていいかなと思い、引き受けることにしました」

 

既成概念に一石投じる、贅沢なチャレンジ

――今回のドレスコード、ちょっと変わっていますね(男性はボウタイか帽子を着用。女性はシームありのストッキングかヘッドアクセサリーを着用)。その狙いはなんでしょう?

「一般的なレストランのドレスコードって、要ジャケット、要ネクタイ、短パンNG、サンダルNGといったところですよね。それを踏襲してしまうと、レストランの気風を守るためにやっているドレスコードと変わらない。なので、極端に言うと短パンでもいいし、奇矯な格好でもいい、ということにしました。まあ、日本はコスプレ文化なので、学帽を被ってきたりだとか、とてつもない人が出てきちゃうリスクはありますが(笑)。

とはいえ、R&Bとかソウルが好きな男の子なら、ニットキャップをいつも被っているじゃないですか。いまって、ユースにおける帽子の普及率が大正時代と同じくらい高いと思うんです。大正時代は、丁稚さんがみんな和服の上にカンカン帽みたいなものを被っていましたからね。近年、特に80年代のユースは帽子を被りませんでしたが、ここ最近はすごい普及率だと思います。比較的地道な変化だから指摘されないけれど、男の子が〈今日はどの帽子にしようかな〉とか〈オレの帽子はコレに決まっている〉みたいなことを日常的に思っている状況って、久しくなかったのではないでしょうか。というわけで、帽子といって慌てふためく人もいないだろうという判断で、ドレスコードにしました。ボウタイも、自分で結ばないアタッチメント式であれば敷居は低いだろうし、必然的にカラーがあるシャツが必要になるけど、その上はニットやカーディガンで構わないし、といったことで採用したんです。

女性の〈シームありのストッキング〉というのは、50年代的なスタイルを、という狙いです。普段から履いている人はあまりいないかもしれないけれど、そういう遊びを楽しめるのは、圧倒的に女性が多いですからね。そういったドレスコードに関しては、男子にはあまり負荷を与えず、女子には気軽に楽しんでもらえるように設定しました。まあ、ドレスコードを設けましょうと言い出したのも岡島さんなんですけどね」

――演奏前のディナータイムには、どういった音楽が流れるのでしょうか?

「〈晩餐会全体をプロデュースしています〉と言った手前、食事中の時間には僕が選んだ曲を流すことにしています」

――例えばどのような曲を?

「それは、来てみてのお楽しみです。そもそも、フランス料理やイタリア料理を食べるときに何を聴けばいいかという問題は根深いですし、僕自身がずっと考えていることでもあって。そんなことを真剣に考えているのは、少なくとも日本では僕くらいでしょうしね。例えば高級なリストランテに行って、比較的がっつりしたアミューズから始まり、骨太なワインが出てきて、その後もたっぷり飲み食いをするようなシチュエーションだと、大抵流れているのはヴェルディとかプッチーニなわけですが、それだともう耳は重いわ、お腹は重いわでメタメタになっちゃいますよね(笑)。おそらく店側に音楽の素養がなく、自分がイタリア・オペラが好きだからかけているのだと思われますが、これはキツいわと。

トラットリアだとUSENが普及していることもあって、店側の趣味でいろいろ流れていますが、相当高い確率でジャズが流れていますよね。ジャズは本当に万能。ラーメン屋だってコルトレーン、魚民だってコルトレーン、高級懐石もコルトレーン、三つ星レストランもコルトレーン(笑)。あとはボサノヴァくらいで、サウスのヒップホップをかけてるビストロなんてあんまりないですよね(笑)」

――ビストロはいまだにミュゼットみたいな、軽やかな音楽が流れていますよね……。そうした既成概念というか思考停止状態に一石を投じる意味合いも、今回はあると。

「そうそう。こういう料理に思い切ってこういう音楽を当てると、びっくりするけど意外に合うんだっていう、隠し球みたいなことをしてみたいなと。以前にラジオ(TBSラジオ『菊地成孔の粋な夜電波』)でも特集したんです。地産地消ということで、フランスのワインに合うのはフランスの現代音楽だと。ピエール・ブーレーズはすごくシャンボール・ミュジニーに合うんだとかね(笑)。とにかく今回は、音楽を聴いて心地良くなっていただくことも重視しつつ、こんな音楽が意外と食事やワインに合うんだという斬新な選曲をしているので、それもお楽しみにという感じですかね」

――今回、公演は11月29日(火)と12月1日(木)の2日間ありますが、選曲も含めてセットは……。

「まったく同じです。こういう場合、何かが違うと思ってコンプするべく2日とも来る人が必ずいるのですが、今回は一音たりとも変わりません(笑)。間隔が1日空いているのは、食材を仕入れたり仕込んだりといったお店側の都合です。2日連続だと胃が大変だと思いますが、1日空いているので、中日は蕎麦か何かで済ませ、また来るということも可能ではありますが、とにかく、選曲と演奏はまったく同じですので」

――この晩餐会、菊地さんのなかで一番チャレンジとなる部分はどこでしょうか?

「ペペ・トルメント・アスカラールの音楽性を刷新するのは、ちょうど晩餐会が終わってからなんです。弦のメンバーが替わりますし、最近のアルゼンチン、ブラジル、ペルーあたりの音楽からもだいぶインスパイアされているので、しばし作っていなかった新曲を、来年は投入しようと考えています。なので音楽的に言うと、今回はペペの定番曲を気持ち良く並べています。チャレンジという面では、食事が終わって、通常だったら帰って寝るかヤるだけという状態の人たちを相手に、一からコンサートを始めるということが、果たしてどのくらい成り立つのかということに尽きますね」

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの2011年作『New York Hell Sonic Ballet』収録曲“儀式”のライヴ映像
 

――そのチャレンジは、何をもって成功と見なされるのでしょうか。

「いやまあ、寝かせないことですよ(笑)。寝かせないことと気分を悪くさせないことの2点に尽きますね、ホスピタリティーということでいうと。もちろん、通常のライヴより良かったと思っていただきたいです。〈おかげさまで高い金を払った甲斐がありました〉と思わせないとお客さまに失礼ですし、企画は失敗ということになりますから。そのために何を準備したかといえば、アレキサンダー・マックイーンのスーツを新調したくらいですが(笑)」

――晩餐会の式次第を見ると、今回はディナーの終わりと演奏の始まりの結節点として、〈特別乾杯酒〉なるものが用意されています。これはどういったものなのでしょう?

「都内のとある高級イタリアンでフレイヴァード・シャンパンが振る舞われたんですけど、そのときにすごいショックを受けて。半分ほどシャンパンを飲んだ頃に給仕が来て、〈これを入れてください〉とガムシロップみたいなものを渡されたんです。シャンパンってもともとドサージュされて砂糖が入っているので、さらにガムシロを入れるの?と思ったら、バニラの香り付けがされたシェリー酒で。シャンパン・カクテルというか、飲みかけのシャンパンにひと味足すわけですが、そうするとシャンパンとは異なる、まったく違う地平へ飛んだんです。しかも物凄く音楽的に感じたんですよね、響きがあるというか。

よく共感覚みたいなことを言う人がいますよね。音に色があるとか、音に味があるとか。そんな共感覚はついぞ持ったことがなく、音は音だし、色は色だし、味は味と分離している私ですが、そのときばかりは音がしたんです。何の音かは言い難いのだけれど、自分の持ちアイテムのなかではペペ・トルメント・アスカラールが一番近かった。そして今回、演奏の最初にフレイヴァード・シャンパンで乾杯をするわけですが、口に含んで〈こんなふうになるんだ!〉と思っていただいた瞬間に、僕が記憶していたその響きがぐわんと鳴るっていう。フレイヴァード・シャンパンを飲んだときに、僕の頭の中で鳴った音を記憶から立て直して、実際に出力する、というところから演奏が始まるわけです」

――その音は、調性で言うと……?

「無調ですね」

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国民的コンテンツの大西順子&ガンダム、時代とリンクしたdCprG 

――ここからは、菊地さんにとって2016年がどのような年だったのかを教えていただければと思います。今年は音楽界で言うと、まずはデヴィッド・ボウイとプリンスが亡くなりましたね。

「その2人が3か月くらいの間に亡くなったのはちょっとしたショックでしたけど、でもまあ、レジェンドが亡くなることにも、慣れてはいけませんが正直慣れてしまったというのと、ボウイもプリンスも、あんまり自分の音楽と関係ないので。外側を遮断して自分の仕事の話だけをすると、大西順子さんとガンダムに関わっている間に、1年が過ぎてしまったという印象です。大西さんの『Tea Times』の完成とレコ発、あとはこの間のブルーノート東京3デイズ。それから『機動戦士ガンダム サンダーボルト』のオリジナル・サウンドトラック(以下:OST)完成と、同じくブルーノート東京でのコンサート。昨年は菊地凛子さんにベタ付ききだった印象ですが、今年は、大西さんとガンダムという国民的コンテンツにずっと関わっていた印象ですね」

大西順子 Tea Times TABOO(2016)

――大西さんとガンダム、受け入れられ方にどのような違いがあったのでしょうか?

「大西さんは、まだジャズの景気が良かった最後の世代で、CDを何万枚と売った方です。好景気や不景気とか関係なく、戦後のアコースティック・ジャズ・ピアノ・トリオの売り上げ記録を持っている人なので、まあレジェンドですよね。ご存知の通り、実質2回引退しているわけですが、2回目の復帰に際して尽力してくれませんか、ということになり、プロデュースをすることになりまして」

大西順子の2016年作『Tea Times』収録曲“Tea Times 1”のライヴ映像
 

「そのレジェンドぶりを痛感したのは、それこそブルーノート東京なんです。客席は満席だけれど、僕のことを知っている人がほとんどいない。大西さんのファンだけで会場がいっぱいに埋まっていて、〈あの人が菊地成孔という人か〉といった目線で見られるというのは、少なくともジャズ界では久しぶりだったので(笑)、新鮮でしたね」

大西順子、2016年にブルーノート東京にて
 

「『Tea Times』のプロデュースをすることになる以前に、大西さんと2人でトーク・イヴェントをやったんです。そこで、ヴィジェイ・アイヤーやロバート・グラスパーとか、ジャズを中心にヒップホップから何から流行りものをいろいろ聴かせてみたんです。そのほとんどを大西さんは毒舌で斬り捨てちゃうんだけど(笑)、グラスパーには反応を示して、〈本当は私、ローズ(・ピアノ)が弾きたかった〉とまで言っていて。それにいたく興味を持ち、アルバムのなかでも対応してくださった。大西さんって、実際の年齢よりも若く見えるし、気も若いんですよ。そんな大西さんを、ユースにリプレゼンテーションしたかったのですが、蓋を開けてみたら村上春樹さんをはじめとしたシルバー軍団がブルーノート東京に来ていて。ゲストのラッパーたち(OMSBとN/K)のことも〈カワイイ子たちが来た〉みたいに好々爺じみた目で見てたりして、もはや怒りもしないという(笑)。一回天下を取った人はやっぱりスゲエなというのを感じましたね。票田がデカイというか」

菊地成孔 オリジナル・サウンドトラック「機動戦士ガンダム サンダーボルト」 TABOO(2016)

 「でも、さらに比べものにならないのがガンダムでした。なにせ地球規模のコンテンツですから(笑)。〈サンダーボルト〉は続編の製作も決定したのですが、マーケットの声はほぼアメリカからだと聞いて驚きました。続編のOSTは(前作に対する)マーケットの声も反映しながら作っていくわけですが、〈中途半端な英語だったら、日本語のほうがエキゾティックだからいいね〉といった声が多かったので、じゃあ次は日本語にしましょうと。とにかく、マーケットがデカすぎですごいですよ。ちょっとしたイヴェントをやるとなったらパシフィコ横浜だし、ヴァイナルを切れば数百枚が即日で売り切れるし」

「アニメとゲーム、マンガは国是ですよね、とにかく。いかにジャズが辺境かということを思い知らされるわけですよ。ある意味J-Popよりマーケットのデカさは上かもしれません。もちろん、西野カナさんを聴いている人はたくさんいるでしょうし、EXILEみたいなコングロマリット化したコンテンツの波及力はいわんやですが、それでもガンダムが好きという人は、あらゆる職場にいるんですよね。ジャズ界でも〈ガンダムのOSTやったんだよね〉と言うと、〈オレに頼んでくれればタダでやったのに!〉という隠れガンダムファンがいっぱいいて驚きました」

「機動戦士ガンダム サンダーボルト」サウンドトラックをフィーチャーした、菊地成孔の2016年のソロ・ライヴ。ブルーノート東京にて
 

――ガンダムの前に、ルパン三世(『LUPIN the Third -峰不二子という女-』)の音楽を手掛けていましたよね。ルパンも十分に国民的コンテンツかと思いますが……。

「あちらは好事家が喜んだ、という印象ですね。ルパンといってもスピンオフ、しかも峰不二子が主人公で、監督も女性(山本沙代)という相当の珍品じゃないですか。まあ〈サンダーボルト〉もスピンオフといえばそうなのですが、ケタが違うというか。ガンダムのマーケットがどのくらい巨大かということは、例えこれまで触れてこなかったとしても、予感としてわかる。もともとそんなに見ませんが、おっかないからネットの評判はとりわけ見ないようにしましたね。好きにやって、あとはやり逃げ、みたいな感じで評判とか気にしなかったのですが、〈大好評ですよ〉〈セカンドもお願いしますよ〉と言われて、長いものに巻かれるのも悪くないなって思ったという(笑)。もちろん、僕の好きなようにやらせていただいているからで、ああせいこうせいって言われたらやらないですけど」

dCprG Franz Kafka's South Amerika~フランツ・カフカの南アメリカ~ TABOO/Village Records(2015)

 「あとはdCprGですね。音楽には、隔絶された純音楽として結晶化して、世相と関係なく生きるのだという考え方と、音楽はストリートと繋がっているのだと考える2つの立場があると思うのですが、もし音楽がストリートと繋がっているのだとするならば、dCprGの最新作なんて今年の年末に向けて昨年リリースされた、みたいなところがあると思うんです。どの国にとっても、今年のニュースといえばISテロですよね。自分も何回も行ったブリュッセルの空港であんなことが起こるなんて想像が付かないし、パリで銃撃戦が起きて百数十人が射殺されたなんて、俄かに信じられないです。現実じゃないみたいで忘れちゃっていたのですが、音楽が世相と響き合うものだとしたら、『フランツ・カフカの南アメリカ』における、ある程度政治的なメッセージ性と、そこにシェイクスピアが入ってくるという時代もカルチャーもミックスしている感じが、いまの世の中の混沌と密接に関わり合っているのかもしれないと」

dCprGの2015年作『フランツ・カフカの南アメリカ』の試聴音源
 

「dCprGが、高邁にもギリギリ20世紀から(テーマとして)やってきた、不条理な悲劇ではない、政治や国交や経済活動としての戦争というものと、ダンスフロアということを真摯に考えてきましたよ、というような話が、通じないくらい厳しい世の中になっちゃったというか(笑)。これが90年代だったら、もっと話が膨らんだろうなという感覚はあります。それなのに、日本人の大半がそれどころじゃなくなってしまった。世の中はこんなに大変なんだけど、自分のことで手一杯なので、まずは感動して泣きたいから『君の名は。』を観に行きます、みたいな感じじゃないですか(笑)。ちなみに僕はドナルド・トランプと誕生日が一緒で(6月14日)、ついでに言うとチェ・ゲバラとも一緒です。アメリカ的には、トランプとチェ・ゲバラが同じ誕生日だなんて、キューバとの国交回復も含めてヤバイですよね。というわけで、世の中的にはアゲンストですが、来年は新メンバーを迎えて、トランプ政権下で旺盛に活動していく予定です」

 

 

秩序の乱れた時代、〈逃げ恥〉と映画、音楽の無料化に思うこと 

――日本国内の状況は、どうご覧になっていますか?

「今年の秩序の乱れ方とか、オリンピックの準備が上手くいかない感じとか、震災のときとは違った形で話題満載の年だったと思います。すべての話題がイタイ話題で、本当に日本人が掛け値なしに素晴らしいと思える話題は、オリンピックの凱旋パレードだけっていう(笑)。スポーツしか信じられないっていうのも、レニ・リーフェンシュタールの『民族の祭典』的というか、ナチス前夜にそっくりというか。貨幣価値も信じられないし、移民や労働力の問題も信じられないし、政治も信じられない。信じられるのは美しい肉体とメダルを取ったという業績だけというのは、ちょっと怖い感じだなと。怖さというのは、ヤバイと思っている間は怖くないんですよ。

一番怖いのは、〈いいな〉と思っちゃっていることなんです。あんなに人が集まって熱気があった銀座でのパレードはしばらく見たことがなかったし、感動的でもあった。オリンピアンのスポーツだけが信用できるというのは、相当ヤバイなっていう気はしているんですけど(笑)、ヤバイと思いながらも素晴らしいと思っちゃっている。一番怖い状況ですよね。〈この女を好きになったら大変なことが起こるってことは目に見えている、でも、好きにならずにはいられない〉という感じで、それが一番おっかないじゃないですか。こいつ嫌だなと思ったら、避けるわけですから。

まあ、それを言ったらガンダムも戦争ですけどね(笑)。いよいよdCprGも、宇宙での戦争に行き着いたかっていう感じですけれど。僕はあんまり社会的なことにコメントしたりしていないのですが、例えば以前はdCprGがイラク戦争に繋がっていく流れのなかで解散していくとか(2007年)、そういうことを意欲的に結び付けて語れていたわけですが、そうした時代は、実はわりと牧歌的だったなという気がいまはしています」

「機動戦士ガンダム サンダーボルト」サウンドトラックに収録されたdCprG “RONALD REAGAN OTHE SIDE”
 

――そうした時代とのバランスを、ご自身のなかではどう取られているのでしょう。

「40代までは、コンセプチュアルに生きるというか、美学とか概念があって生きていくことがキツくなかったんですよね。それによって仕事が決定し、文体が決定し、作る曲が決定することが、さほど辛くなかったんです。じゃあ50歳になったら何か変わるかと思ったのですが、別に変わらなかった。51歳も特に何も起きなかった。でも52歳になって、突然ガクンと来たんです。演奏において長時間吹けなくなるとか、そういった物理的な体力じゃなくて、さっき言った美学に則って生きるってことに使う体力が落ちました。そこにあまりエネルギーを充当しなくなってきて、逆に美学的な身なりが完成したのかもしれませんが。完成しなくて構築していたから疲れていたわけで、出来上がったら疲れない。だから完成しきったとも言えるし、簡単に言うと力が抜けた感じがすごくします」

――腕にタトゥーを入れたのは今年ですよね。

「タトゥーを入れたのは3か月前で、母親が亡くなったのが4か月前で、再婚したのが半年ほど前です。個人的には大変化があったようなイメージで見られるかもしれませんが、主観上はボヤッとしているんです。流れるがままに、静かにやろうかなって。あと、僕はデビューが遅いので。20代の頃から脚光を浴びる人もいますけど、それと比べると、仮に歌舞伎町に越してきてから記名性を獲得したとして、(初のエッセイ集である)『スペインの宇宙食』が出たのが40歳だった2003年で、『南米のエリザベス・テイラー』が2005年ですから、プロとしてのキャリアは長いけれど、菊地成孔としてのキャリアは13~14年なんです。それが、なんだか1周した気がするんですよ」

 

「周回は僕にとってとても恐ろしいことで、周回しないように常に先に行っていたんです。それはある種のマイルスイズムかもしれませんが。とにかくどんどん先に行って、同じことは二度としない、同じ服は二度と着ない、という感じで歩んできたのですが、この取材の前に何をしていたかというと、批評家の廣瀬純さんと、エディション・コウジ シモムラという六本木の2ツ星レストランで、『BRUTUS』の特集用に食べ物の本に関する対談をしていたんです。これって、10年くらい前に盛んにした仕事で、最近ついぞやっていなかったなと思って。アカデミズムの人たちは誰も僕に振り向いてくれなくなったし、別にそれでいいやと。フランス現代思想やゴダールとか、アデューという感じでした。ラッパーとか言い出したり、途中から韓国通になったり、どんどん動いていたわけですよ。それがグルっと回って、久しぶりにベルグソンだのドゥルーズだのフロイトだのといった話をしたので、なんだか懐かしい気分になりましたね。

世の中的な周回性という意味で言うと、いまは90年代感が来ていてますよね。僕は普段、例えばニカラグアの音楽や、アフリカのとんでもない僻国から出てきたゴム(Gqom)っていうクラブ・ミュージックとか、そういうものを聴く探検隊なわけですが、最近頭の中で毎日流れているのは、星野源さんの“恋”なんです(笑)。日々、何に一番執心しているかというと、あのダンスを覚えることですから。〈逃げ恥〉にやられて、新垣結衣さんカワイイ、星野源さんカッコイイ、あの曲いい曲だ!って。〈ブギーバック〉はパクリだったけど、今度はオリジナルだから、渋谷系リヴァイヴァルといってもこっちのがすごいんだ、みたいな。トランプが勝った、ISが大変だって、なんだかんだありますけど、強いポップ・ミュージックが出てくると、それで頭の中がいっぱいになったりするので(笑)、気は若いのかもしれないなと」

TVドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌、星野源“恋”
 

――ドラマ、観てるんですね(笑)。

「観てますよ! 録画して観ています。しかも、観終わった後にもう一回観ようって、新妻と2人で胸をキュンキュンさせているという。バカじゃないかってね(笑)。〈『セッション』騒動※〉以降、映画評論の仕事が3倍くらいに増えて、やたらと映画のコメントや評論を書いているのですが、今年自腹で行った映画は、『シン・ゴジラ』と『君の名は。』と『デスノート Light up the NEW world』なので、普通の人ですよ(笑)」

※ジャズを題材に扱った映画「セッション」を菊地が酷評し、それを批判した映画評論家・町山智浩と論争に発展、ネット上で炎上した事件のこと

――『シン・ゴジラ』、どうでしたか?

「もうちょっとハードコアだと思っていました。もう死語ですけど、一種のポリティカル・フィクション(PF)というか、政治的にこういうことが起こったら、閣僚がどう動いて、自衛隊がどう動いて、アメリカがどう動いて……というPFのゴジラ版をやるんだと思ってすごく楽しみに観ていたら、お楽しみで石原さとみさんが出てきたりとか、中途半端だなと感じました。ゴジラの造形がどうのこうのと言うほど、もともとゴジラが好きだったわけではないですし。自分なりの発見はありましたけどね。ご存知の通り、実家の両隣は映画館だったので、普通の子は親からお小遣いをもらってゴジラとミニラでキングギドラを倒すところを1回観られれば僥倖なわけですが、僕はタダで観放題だったわけです。それで、子ども心に〈ミニラって気持ち悪いな〉と思っていたのですが、その〈ミニラって気持ち悪いな〉という想いが、今回の『シン・ゴジラ』におけるゴジラの幼体の気持ち悪さと符号していて、やっぱり庵野秀明監督は細かいところのセンスがすごいなって感じましたけど」

「『君の名は。』のほうがよっぽどおもしろかったです。こんなSFだと思っていなくて。主観が入れ替わるうえに、入れ替わった主観がタイムリープしているので、20世紀的なSFの見方というか、オッサンのSFの見方だと辻褄が合わない。辻褄が合わないと気持ち悪くなっちゃって、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか『マトリックス』でさえ、シルバー世代のSFファンは文句付けますからね。〈あそこの時系列がおかしい〉、〈あそこでアイツとアイツが出会えるはずがない〉とか、そういう批判がネットに延々と書かれたりしたわけですけど、いまは違うのね。とにかく泣ければ、そういう矛盾があっても気にしないという感じなので、自分がオッサンだと思いました。観終わったあと、ファミレスに行ってノートを広げて、〈このときに出会って、ここの間に飛んで、ここで入れ替わっているわけだから、ここで東京で出会ってこのセリフはおかしい〉とか主人公2人の時系列を書きながら(笑)、はてながいっぱいになっちゃって、もう1回観なきゃ!となったんです。結局行かなかったですけど、こうやってリピーターが増えているのかと(笑)。ただ、SFとしては破綻しているとしても巧みだったりして、意欲的に作られている。そういった意味では、『マトリックス』を観たときの感じとすごく似ていましたね。意欲的に新しいSFのアイデアを盛り込もうとしているんだけど、やっぱり無理があるよねっていう。どこかに設定上の負荷が絶対掛かるよなというのを感じました」

「〈デスノート〉は、自分がチビなので、池松壮亮さんの服装や振る舞いをコピーしようと思って観に行きました(笑)。それは星野源さんにも繋がっているのですが。背の低い男がどうすればいいかっていう問題を、日々考えているので。小さい人の救世主としてhydeさんもいますけど、hydeさんにはなれないじゃないですか。hydeさんだと潰しが利かないので、池松さんを参考にしようということで観に行ったんです。でも内容は、やっぱりマンガ原作なのでわからなかったですね。つまらなくはなかったのですが」

――映画の話が出たところで、今度は、今年読んでおもしろかった本を1冊挙げるとすると?

「『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』はヤバイですよ。あれは圧倒的な本で、自分が音楽関係者じゃなくてもおもしろいです。デジタル・コンテンツとしての音楽が、もう実質上0円なんだという現実に対するとてつもない本で、日本の書評がどうなっているかは知りませんが、読解しきれる人はいないんじゃないかというくらい精緻に出来ていますね。Napster以前、不法にアップロードする奴らと、ユニバーサルのCEOにMP3の開発者、この三者がパラレルに動いて、最後はまとまっていくんです、音楽が0円化していく世の中に。それでふとわが身を振り返れば、音楽業界のなかで、CDを売って儲ける、しかもジャズっていう3重苦ですよ! ラジオをやったり原稿を書いたりして補填していますけど」

スティーヴン・ウィット,関美和 誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち 早川書房(2016)

 「音楽家にとって辛い時代である一方で、フェスは盛り上がっています。レコードも含めたプロダクツが0円化して、実演であるお祭りとしてのフェスの観客が増えるというのは、言うなれば先祖返りですよね。もともとレコードが生まれる前というのは、実演しかなかったわけですから。特殊な会場に人がたくさん集まって、木戸銭を払う。最初のレコードはアセテート盤のプロモーション用のキットで、タダだったわけですから。だから、20世紀の一種の徒花として〈アルバムというものが、小説や映画のように扱われていた時代があったんだよ〉というふうになるのか、なにかしらの業界の構造変革があって、またプロダクツを買うようになるのかわかりませんが、いまのところ、無料だったものが有料に戻ったという実例はないので、このままどんどん無料化が進むと思うし、そうすると音楽で食っていくということの意味が変わっていく時代ですよね。これは、いち菊地成孔のインタヴューでということではなく、音楽家全員が抱えていることだと思います。

だから一番大きな話題は、実はISでもトランプでもガンダムでもなくて、音楽の無料化ということに対してどうアゲンストしていくのか、ということかもしれませんけど、話がデカすぎてなんとも言えないですね(笑)。とりあえず直近では、秘密クラブ的な一回性の〈晩餐会〉を2回ほど開き、様子を見てみたいと思います」

 


菊地成孔がぺぺ・トルメント・アスカラールと供に提供する
『晩餐会 裸体の森へ』

日時/2016年11月29日(火)、12月1日(木)
会場:Motion Blue yokohama
開場/開演:18:15/20:15 (22:30終演予定)
料金:24,850円
※ディナー・コース+ドリンク付きの販売、未成年は入場不可。
BOX席の詳細は下記リンク先を参照
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