「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ「岸辺露伴」シリーズにおける菊地成孔の音楽的実験と提言

 めちゃめちゃ簡単にいえば、とことわりをいれたうえで、実写版の「岸辺露伴は動かない」は作中、高橋一生演じる岸辺露伴のアトリエとなった葉山加地邸とその周辺のロケーションに由来する土着性および建造物や服飾のモダニスティックな意匠を融合させた怪奇もの――とシリーズの音楽を担当する菊地成孔は要約してみせる。2020年から22年の3期8話にいたったテレビシリーズはなるほど菊地のことば通り、伝奇的な物語構造を踏襲するものの、語彙と語りでは次々と新機軸をうちだし、2023年5月公開の映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」でひとつの完成をみた。一連のシリーズの世界観の構築に音楽はすくなくない役割をはたすが、その集成となる「岸辺露伴は動かない/岸辺露伴 ルーヴルへ行く」オリジナル・サウンドトラック盤もこのほどリリースとあいなった。

菊地成孔, 新音楽制作工房 『「岸辺露伴は動かない/岸辺露伴 ルーヴルへ行く」オリジナル・サウンドトラック』 コロムビア(2023)

 各話の掉尾を飾るテーマ曲“大空位時代”のいくつかのヴァージョンをふくむ2枚組全54曲におよぶ収録曲は、最長で15分、短いものだと1分に満たないが、効果音やジングル、断片、スケッチというよりは、いずれも楽想と展開をもち、総体的に岸辺露伴を主題とする組曲の趣きがある。基調をなすのはぺぺ・トルメント・アスカラールの音楽様式。タンゴからオペラまで、アダルトな作風が看板のこの正装のラテン楽団の本作における登用は菊地の推挙かと思いきや、ドラマの演出を手がけ、映画版を監督した渡辺一貴じきじきのオーダーだったという。もっとも作中では音の情報の過多をふまえ、菊地のサックスはあらわれず、弦、ピアノ、ハープ、打楽器とバンドネオンと電子音の独奏ないし合奏で「コンサバからオルタナまで」さまざまな曲調とりあげている。バンドネオン一挺の哀愁のバラードの他方にエレクトリックなビートを強調したトラックがあり、傾向は多岐にわたるが、とりわけ耳にのこるのは弦のトーンクラスターによる無調の響き。ここには菊地の岸辺露伴への怪奇もののみたてとともに、映画の付随音楽における歴史的趨勢もかさねあわせてある。

 「トーンクラスターやブーレーズがセリーで書いたかのような即興は1960年代の怪奇ものの定番で、70年代には電子音が入ってくる。いまはSEがものすごく発達していて地響きするようなおそろしいものもいっぱいあるんですけど、このアルバムは20世紀の現代音楽のスターたちがつくりだしたものが汎用性をともない恐怖映画につかわれていった、ある種のゴールデンエイジの再現かつ最新式の再現という側面もあるんです」

 はからずも本稿執筆時に訃報がとどいたウィリアム・フリードキンがちょうど半世紀前に撮った「エクソシスト」(とマイク・オールドフィールドの“チューブラー・ベルズ”)を転換点とみなす怪奇ものの系譜をおりこみつつ、岸辺露伴シリーズは情動の演出ないし場面の説明といった劇伴の一般的な機能にとどまらない多彩さをしめしている。そこにはおそらく映画におけるサウンドの形式と技術の探究という命題もひそんでいよう。

 技術面では昨今なにかと喧しい〈AI〉を題名に掲げた楽曲を本作は2トラックおさめている。

 「1曲はあたかもAIがつくったように聴こえますが一種の韜晦です。もう1曲はほんとうにAIがつくっています。Maxの音に呼応して反射的に自動生成する機能をつかい、ソフトウェア同士を共演ないし対戦させた楽曲ですね。(AIによる楽曲制作は)ファインデザインとしてはまだむずかしいですが、混沌とした状態とかこわい感じ、怪奇映画であればつかえるなと思いました」

 テクノロジーの進展が無調というすでに古典の領域にある不気味なものを刷新し、返す刀で映画と音の関係の再考をうながす。たとえば収録曲でもっとも長尺な“都鳥”は長唄と電子音とガムランからなる異形のアンサンブルによるライヴ録音だが、「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」でこの曲がながれる回想シーンは舞台こそ露伴の祖母が営む旅館を改装した下宿ではあるものの、芸者や三味線がスクリーンに映ることはない。

 「あれは豆腐屋のラッパと同じで、温泉場の街の音という設定です。篠田正浩の『心中天網島』というかね。長唄にオーケストラがついてくるような楽曲は独立した音楽作品ではむずかしいけれども、映画ではなしとげられる」と述べる菊地にとって映画はつねに音楽の実験の場であり、その点において武満徹が音楽を手がけるATG映画もハンス・ジマーのハリウッド作品のスコアも異同はない――というとさすがに乱暴だろうが、「LUPIN the Third -峰不二子という女-」「機動戦士ガンダム サンダーボルト」から岸辺露伴シリーズにいたる近作劇判での仕事ぶりをふりかえるに、映画音楽作家の職能はますます研ぎすまされつつあることはまちがいない。媒介となるのはいうまでもなくジャズだが、ジャズミュージシャンの出自をふまえたうえでなお、菊地はいまやマンガやアニメといったクールジャパン方面との親和性をひしひしと感じているのだという。裏づけとなる記号やトピックを菊地成孔の活動と作品から抜き出すには本稿の余白はあまりに狭いが、一例をあげるなら、岩澤瞳を擁し1990年代末から2000年代前半に活動した第2期スパンク・ハッピーへの根強い人気となろうか。

 「彼女(岩澤瞳)は早すぎたボカロでありAIの先駆だった」と菊地はいう。そのような思考の力線をフィードバックすることで菊地成孔の音楽の領野はさらに延伸し、また分岐する。他方、本年めでたく還暦をむかえたのを機に、これからは主宰する私塾の選抜メンバーからなるギルド〈新音楽制作工房〉を主体とする制作体制に移行していくとも菊地は名言している。じっさい「岸辺露伴は動かない/岸辺露伴 ルーヴルへ行く」OST盤のクレジットも〈菊地成孔/新音楽制作工房〉となっているが、このような心境の変化は菊地成孔の音楽する身体にいかに作用するのか、上述の“都鳥”をはじめて舞台にかける〈EVENT 0433〉の会場でたしかめられたい。

 


LIVE INFORMATION 

intoxicate presents “EVENT 0433” #02
「Naruyoshi Kikuchi presents smooth alternative 01 <cinematic ensemble=長唄&三味線/GAMELAN/electro>」

2023年9月12日(火)東京・有楽町 I’M A SHOW(アイマショウ)
開場/開演:18:00/19:00
出演:菊地成孔/東音海津紫乃/東音河野文/スミリール(ジャワガムラン) 他

■チケット
前売り/当日:5,800円/6,300円(いずれも全席指定/税込/ドリンク代別) ※未就学児童入場不可(小学生以上はチケットが必要)
チケット好評発売中:https://eplus.jp/event0433/

お問い合わせ(サンライズプロモーション東京):0570-00-3337(平日12:00〜15:00)
主催:サンライズプロモーション東京
企画・制作:intoxicate/タワーレコード株式会社
オフィシャルサイト:https://sunrisetokyo.com/detail/23396/

■I’M A SHOW(アイマショウ)
東京都千代田区有楽町2丁目5番地1号有楽町マリオン(有楽町センタービル)別館7F
https://imashow.jp/

〈EVENT 0433〉とは
タワーレコードのフリーマガジン「intoxicate」が、2022年12月、有楽町に誕生した新シアター〈I’M A SHOW(アイマショウ)〉をプラットフォームに企画するシン・イヴェント〈0433〉。タイトルは背景のアンビエント・サウンドを全景化する、ジョン・ケージのサイレント・ピースから拝借した。今後は和テイストの〈イヴェント・四三三〉なども予定している。第1回は、2022年12月13日に、渡邊琢磨アンサンブルにゲスト・ヴォーカルとして三浦透子を迎えて開催した。

 

MOVIE INFORMATION

映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」
音楽:菊地成孔/新音楽制作工房
監督:渡辺一貴
脚本:小林靖子
出演:高橋一生 飯豊まりえ/長尾謙杜 安藤政信 美波/木村文乃
原作:荒木飛呂彦「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」(集英社 ウルトラジャンプ愛蔵版コミックス 刊)
https://kishiberohan-movie.asmik-ace.co.jp/
配給:アスミック ・エース
(2023年|日本)
©2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会
©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
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