時代を象徴する白人ラッパーとして、シーンの頂点に君臨しているのがマック・ミラーだ。2011年のデビュー作『Blue Slide Park』で全米チャート1位を獲得して以来、その活躍ぶりはめざましく、最近もドナルド・トランプを皮肉った2011年の楽曲“Donald Trump”がアメリカ大統領選挙に際して再ヒットしたり、かねてから交流のあったアリアナ・グランデとの熱愛が報じられるなど、2016年もホットな話題を振り撒いた。そんな彼が今年9月にリリースした最新作『The Divine Feminine』は、アンダーソン・パックをフィーチャーしてサマー・アンセムとなった先行シングル“Dang!”を筆頭に、ケンドリック・ラマータイ・ダラー・サインシーロー・グリーンロバート・グラスパーなど豪華アーティストの貢献もあって、コンセプチュアルで完成度の高い一枚に仕上がっている。

今回は全米2位を記録した『The Divine Feminine』の日本盤リリースに合わせて、マック・ミラーの歩みを改めて整理すると共に、ラップ/リリックやサウンド面など最注目ラッパーの魅力に迫った。 *Mikiki編集部

MAC MILLER The Divine Feminine REMember/Warner Bros./ワーナー(2016)

 

早熟の天才がスターMCの階段を駆け上がるまで

J・コールビッグ・ショーンB.o.B、ワーレイといった新鋭MCたちがこぞって無料ダウンロードのミックステープをリリースし、ヒップホップ・シーンでもインターネット発のヒット作品が賑わいを見せていた2010年に、当時わずか18歳のマック・ミラーも傑作ミックステープ『K.I.D.S.』を発表。彼にとってはすでに4作目であったが、ウルトラ・キャッチーなシングル“Knock Knock”や、ティーンらしいフレッシュな描写がリスナーにウケ、同作はマックがスターMCへの階段を駆け上がる大きなきっかけとなった。

『K.I.D.S.』収録曲“Knock Knock”
 

次いで2011年3月には、ドナルド・トランプ自身から賞賛と反感を買った“Donald Trump”を収録したミックステープ『Best Day Ever』をリリースしたのち、満を持してデビュー・アルバム『Blue Slide Park』を発表。地元のピッツバーグに実在する公園をモチーフにしたタイトルが示す通り、マック少年の等身大の魅力に溢れた作品となり、まだ未熟な部分はあったものの、アーティストとしての才能をさらに期待させる一枚となった。この後、マックは地元を離れLAへと移住し、最新作『The Divine Feminine』にも通じる彼の音楽性がさらに開花することとなる。

※当時、トランプはマックを〈彼は次なるエミネム〉と褒めつつトランプの名前を無断で使用したとして〈訴訟問題が何たるかを教えてやる、恩知らずめ〉とツイートした

『Best Day Ever』収録曲“Donald Trump”
『Blue Slide Park』収録曲“Frick Park Market”
 

2013年に入ると、ケンドリック・ラマーやジョーイ・バッドアスらが参加した、セカンド・アルバムへの前哨戦ともいうべきミックステープ『Macadelic』を発表したのち、2作目『Watching Movies With The Sound Off』をリリース。ここでは、スクールボーイQアブ・ソウルタイラー・ザ・クリエイターといった同世代の若手ラッパーたちのほか、ファレル・ウィリアムズディプロフライング・ロータスといったプロデューサーを召喚。さらに、かねてから使用していた〈ラリー・フィッシャーマン〉という別名義でサウンド・プロデュースにも大きく関わり、アルバムのアートワークも自身でデザインするなど、彼自身のアーティスト性を深く表現した作品となった。

フライング・ロータスがプロデュースした『Watching Movies With The Sound Off』収録曲“S.D.S.”
 

また、この後にマック・ミラーは大規模なワールド・ツアーに出ているが、そこでバック・バンドを務めたのが、シド・ザ・キッド率いるジ・インターネットの面々。もともとシドとマット・マーシャンによるプロジェクト・ユニットだったジ・インターネットが、2作目の『Feel Good』(2013年)を経て、最新作『Ego Death』(2015年)で計6名から成るバンド体制へとトランスフォームしていく過程において、マックとの共演から大きな経験を得たはず。一方のマックも、マック・ミラー・ウィズ・ジ・インターネット名義でライヴ音源『Live From Space』をネット上で無料公開しており、それだけ彼らとの相性の良さを感じていたのだろう。

そして、2015年にはメジャー・レーベルに移籍し、3作目『GO:OD AM』をリリース。ドラッグ中毒を克服し、さまざまなサンプリング・ソースや生楽器をコラージュするように作り上げたこのアルバムはセールス的にも好成績を記録し、マックは自身のクリエイティヴィティーのピークを迎えたかのようにも思えた。

マック・ミラー&ジ・インターネットのセッション・ライヴ映像
ミゲルをフィーチャーした『GO:OD AM』収録曲“Weekend”

 

豪華客演陣と作り上げた愛の結晶『The Divine Feminine』

2016年に入り、マックはさらに自身のアーティスト性を高めていくことにチャレンジ。その成長の証として発表されたのが4枚目のアルバム『The Divine Feminine』だ。マックはComplex誌のインタヴューで、〈今年に入ってから“Skin”を書きはじめたけど、途中でペンが止まってしまった。その時にプリンスが亡くなって、人生で初めてと言っていいほど号泣したんだ。そこからしばらくは一人で部屋に籠って制作に打ち込んだんだけど、プリンスが俺のそばにいてくれて、彼のおかげで曲を書くことができた」(筆者抄訳)と語っており、そのあとは当時住んでいたブルックリンからLAに戻り、スタジオに籠ってアルバムを完成させたそうだ。

そんな本作にはロバート・グラスパーや、ディアンジェロ&ザ・ヴァンガードのメンバーでもあるトランペッターのキーヨン・ハロルドといったジャズ・ミュージシャン、デイム・ファンクサンダーキャットら新世代西海岸ファンクの担い手たち、ケンドリック・ラマーやアンダーソン・パック、タイ・ダラー・サインといった最新のウエスト・コースト・サウンドに携わるアーティスト、さらにはビラルやシーロー・グリーンらソウル・シンガーが招かれて、壮大なマスターピースがここに完成した。

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アンダーソン・パックをフィーチャーした『The Divine Feminine』収録曲“Dang!”
 

『The Divine Feminine』のテーマとなるのは〈女性、宇宙、人生〉ということで、愛する女性と過ごす時間の尊さや切なさがマック流に紡がれている。例えば、キーヨンのトランペットで幕を開ける“Stay”では〈君のプッシーはグラミー賞レヴェル。さあ、一緒に音を奏でよう、ほかのクソみてえなことはどうだっていい〉と口説いてみたり、前述の通り、プリンスが亡くなったタイミングで書いたという“Skin”では〈君は裸の時が一番スタイリッシュ、俺は戦場から帰還した兵士、勢いよくドアを開けて君を満足させてあげる〉などなど、スウィートかつワイルドなリリックが溢れている。

そのなかでも、いろんな意味でもっとも注目を集めているのが、アリアナ・グランデを招いた“My Favorite Part”だろう。〈宇宙の力をもってしても、俺たちを引き離すことができない〉と優しく歌うマック・ミラーは、ドラッギーで厭世的なリリックをラップしていたかつての姿とはエライ違いだ。ご存知の通り、マックとアリアナは実生活でも恋人同士。今年の夏に行われた〈MTVビデオ・ミュージック・アウォード〉では、2人が仲睦まじい様子でアウォードに列席する姿が全世界に中継され、人気トーク番組〈エレンの部屋〉ではエレンの巧みな誘導尋問によって、アリアナ本人がマックとの交際を認めたというエピソードも披露された。かつて2人は、2013年にアリアナがブレイクするきっかけになったシングル“The Way”で共演した仲ではあるが、その3年後にこうしてロマンティックなデュエットを歌う関係に発展するとは、誰が想像していただろうか(ちなみに、同じマンションの隣人同士という設定のもとに撮影された、同曲のミュージック・ビデオもとびきりキュート!)。

アリアナ自身も、Instagramにマック・ミラーとのキス写真をアップ!
 

そして本作を締め括るのは、〈脚を広げてくれ〉という官能的な呼び掛けからスタートする“God Is Fair, Sexy, Nasty”だ。ケンドリック・ラマーにロバート・グラスパー、そしてトップ・ドウグのサウンド・プロダクションでも知られるプロデューサー・チーム、デジフォニックスらとのコラボレーションによる素晴らしいジャム・セッションで構成されたこの楽曲で、アウトロ部分にフィーチャーされているのはマックの祖母による愛のスピーチ。最愛の夫との出会いや、結婚に至った経緯、そして素晴らしい家族に恵まれた幸せを語り、〈愛するために大事なことは、相手を尊敬し、思いやること〉というメッセージでアルバムは幕を閉じる。

チャンス・ザ・ラッパーチャイルディッシュ・ガンビーノなど、若手ラッパーたちがボーダーレスなチャレンジを経て傑作アルバムを発表した2016年だったが、マック・ミラーの『The Divine Feminine』もまた、底知れぬ才能をアピールするには絶好の作品に仕上がっている。まだ24歳という若さのマック・ミラーが、不器用に、かつ純粋な気持ちで綴った愛の結晶たるアルバムだ。