本日発表された第92回アカデミー賞®で作品賞をはじめ助演女優賞など6部門でノミネート、見事脚色賞を受賞した映画「ジョジョ・ラビット」。第二次世界大戦下のドイツを舞台に、ヒトラー・ユーゲントに入隊する主人公の空想上の友達がなんとヒトラーで……という一見挑発的な設定のコメディーでありながら感動作にもなっている本作は、ここ日本でも大きな話題を呼んでいる。

また、劇中でかかるビートルズやデヴィッド・ボウイ、ロイ・オービソンなどの音楽も、この映画を作り上げる重要な要素となっており、監督を務めたタイカ・ワイティティが、自ら選曲を担当するほどこだわったポイントでもある。本稿では使用曲が映画にもたらしている効果を、ライター長谷川町蔵が解説した。 *Mikiki編集部

VARIOUS ARTISTS ジョジョ・ラビット オリジナル・サウンドトラック ユニバーサルミュージック/Disney(2020)

 


時代設定を無視した選曲にぶっ飛ぶ冒頭シーン

その朝、十歳の少年ジョジョは緊張していた。

「僕にはムリかも……」

すると、横から特徴ある口ヒゲを蓄えた中年男がぬっと顔を出して語りかける。なんとナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーではないか(但し彼はあくまでジョジョの空想の産物である)。

「大丈夫。お前のナチスへの忠誠心はピカイチだ!」

そう、時は第二次大戦の真っ只中。ジョジョはこれからナチス傘下の青少年団体ヒトラー・ユーゲントの合宿に参加するのだ。意を決した彼が玄関から飛び出すと軽快なロック・チューンが流れだす。ビートルズの〈抱きしめたい〉だ。しかもジョン・レノンとポール・マッカートニーがなぜかドイツ語で歌っている。格調高い映画であるかのような宣伝に惹かれて「ジョジョ・ラビット」を観た人は、このシュールで時代設定を無視した冒頭シーンにぶっ飛んだのではないだろうか。

監督、脚本、出演(ヒトラー役!)の三役を務めたのは「マイティ・ソー バトル・ロイヤル」(2017年)で一躍名を挙げたタイカ・ワイティティ。彼が最初に注目されたのは、大学時代の仲間ジェマイン・クレメントとブレット・マッケンジーが結成したコミック・ソング・デュオ、フライト・オブ・ザ・コンコルズのスタッフとしてだった。

のちにマッケンジーがミュージカル・コメディー「ザ・マペッツ」(2011年)の挿入歌を手掛けたことでも分かる通り、ワイティティもポップ・ミュージック偏差値はむちゃくちゃ高い。ビートルズが64年に〈抱きしめたい〉ドイツ語版を録音していたことも当然知っていたはずだ。ちなみにポール・マッカートニーは〈抱きしめたい〉の使用許可依頼が来たとき躊躇したそうだが、「この映画は人種憎悪に対する強力な声明だ」と説明されて了承したらしい。

ポップ・ミュージックはナチスを叩く最高の武器?

「ジョジョ・ラビット」のこうしたテーマはタイカ・ワイティティの生い立ちと切っても切り離せないだろう。ニュージーランドの先住民マオリ族のルーツを父方に持つ彼は、少年時代に少なからず差別を受けたそうだ。ニュージーランドで製作した「Boy」(2010年)や「ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル」(2016年)といった作品で彼はそうした問題を炙り出している。そんなワイティティが今度は母方のルーツにあたるユダヤ人抹殺を図ったヒトラーをターゲットにしたのが「ジョジョ・ラビット」だったというわけだ。

ユダヤ系でありながら自らヒトラーを演じたコメディー監督といえば、「メル・ブルックスの大脱走」(83年)のメル・ブルックスを思い出す。同作のイメージ・ソング“The Hitler Rap”でブルックスがタイトなラップをキメていたように、ポップ・ミュージックはナチスを叩く最高の武器になりうるのかもしれない。

但し「ジョジョ・ラビット」がこれまでの反ナチス映画と異なっているのは、主人公を加害者側に置いたこと。彼がユダヤ人少女・エルサと知り合って変わっていく姿を描くことによってワイティティは差別の原因が無知にあることをキュートなヴィジュアルとギャグを織り交ぜながら説いていく。

エルサを自宅の屋根裏に匿っていたのは、ジョジョの母・ロージーだった。そんな行動に反してオシャレな服に身を包み、やたらとワインを飲んでいる彼女のキャラクターに戸惑いを感じる人もいるかもしれない。だがナチス以前のワイマール共和国と呼ばれていた時代のドイツは当時の世界でも最もリベラルな国だった。彼女がジャズ・ヴォーカリストのエラ・フィッツジェラルドの〈ディプシー・ドゥードル〉や、キューバ出身のレクオーナ・キューバン・ボーイズの〈タブー〉(我が国では加藤茶で有名)をレコードで聴いているのも、ワイマール時代に流行していたナンバーだからである。ロージーはライフスタイルすべてでナチスに反抗しているのだ。そんな気骨ある母に対するジョジョの想いを代弁しているのが、ロカビリー・シンガー、ロイ・オービンソンが62年に発表したスウィートなバラード〈ママ〉のドイツ語版というのも憎い。

物語後半、連合軍の攻撃は激しさを増してジョジョの故郷は廃墟と化していく。こうしたシーンに流れるのがサイケ・ポップ・バンド、ラヴの74年曲〈エヴリバディズ・ガッタ・リヴ〉とエキセントリックな音楽性と濁声で知られるトム・ウェイツの92年曲〈大人になんかなるものか〉である。ちなみに、前者は今年1月にリリースされた、ラッパーの故マック・ミラーが死の直前に取り組んでいた『Circles』で、後者はロージーを演じている女優スカーレット・ヨハンソンが歌手として発表したアルバム『Anywhere I Lay My Head』(2008年)でカヴァーしているので、そちらのヴァージョンもチェックしてほしい。

※元はアーサー・リーのソロ楽曲

 

ボウイ〈ヒーローズ〉に込めたエール

『Anywhere I Lay My Head』がリリースされた時に話題になったのは、当時隠遁生活中だったデヴィッド・ボウイがコーラスで参加していたことだった。そのボウイの代表曲〈ヒーローズ〉のドイツ語版も、「ジョジョ・ラビット」ではドラマチックな形で使われている。

第二次大戦後のドイツは社会主義体制と資本主義体制の二国に東西分裂し、それに伴って首都ベルリンも壁で東西に分断された。〈ヒーローズ〉は77年に西ベルリンでレコーディング中だったボウイが、壁のそばでわざといちゃついて東ドイツの兵士を挑発する西ベルリンの恋人たちを見て感激したことから生まれた。こうした経緯から同曲はドイツ語でもレコーディングされ、70年代のベルリンを舞台にした映画「クリスチーネ・F」(81年)ではテーマソング的に用いられている。

87年、西ベルリンでコンサートを行ったボウイは、客席とは無関係のベルリンの壁側にもスピーカーを向けて歌った。壁に押し寄せボウイの生歌に熱狂する東ベルリン市民たちに軍は一切手出しできなかったという。こうした体験は彼らに勇気を与えた。その2年後、東ドイツ政府が西ベルリンへの通行規制の緩和を発表すると、東ベルリン市民は勝手に壁を突破するだけでなく、壁そのものを重機で破壊。その結果、90年にドイツは東西統一を果たしたのだった。

もしかするとジョジョは、このあと過酷な人生を送るのかもしれない。でもいつかきっと輝かしい未来がやってくる。ワイティティはドイツの未来を切り開くことになる〈ヒーローズ〉を通じて、彼に渾身のエールを送っているのだ。

 


RELEASE INFORMATION

VARIOUS ARTISTS ジョジョ・ラビット オリジナル・サウンドトラック ユニバーサルミュージック/Disney(2020)

 【CD】
1月17日(金)発売 2,500円 UWCD-1073
歌詞・対訳・解説付き
【デジタル版】
配信中
★CD版、デジタル版のリンク一覧

 

MICHAEL GIACCHINO ジョジョ・ラビット(オリジナル・スコア) Hollywood Records/ユニバーサル ミュージック(2019)

※インストゥルメンタルのみ収録

 


CINEMA INFORMATION

映画「ジョジョ・ラビット」
監督・脚本・出演:タイカ・ワイティティ
原作:クリスティン・ルーネンズ 『Caging Skies』
音楽:マイケル・ジアッキーノ
出演:ローマン・グリフィン・デイビス/タイカ・ワイティティ/スカーレット・ヨハンソン/トーマシン・マッケンジー/サム・ロックウェル/レベル・ウィルソン/他
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(2019年 アメリカ 109分)
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC www.foxmovies-jp.com/jojorabbit/
◎2020年1月17日(金)全国ロードショー