約束の土地に還る

 冒頭、アップで捉えられたルース・ネッガが、「妊娠したの」と告げる場面。不安と哀しみの間を行き来する横顔の、宗教画を見ているような表情の深さに見入っていると、カメラは切り返して、ジョエル・エドガートンの横顔を捉える。無表情な彼の顔がやおら崩れて、口に笑みが生まれ、ネッガの目が喜びに見開かれていく。

 次のカットでカメラは引かれ、ポーチに並んで座る二人を捉えるので、ああ、彼らは同方向を向いて座っていたのだ、と気づかされるわけだが、ロングで二人の位置関係を見せる前に顔のアップを見せるという順序に、この映画の語法が見える。この映画では、まず彼らの顔に起こることがドラマを語るのだ。

 ネッガの顔で雄弁なのは、異様なほどの鮮やかさと細やかさで表情を変える大きな目だ。たとえば、異人種間の結婚を違法とする州法に対して裁判を起こす彼らのもとに、弁護士が電話をかけてくる場面が二回ある。そこで、この映画は電話の音声を伝えず、電話を受ける彼女の顔だけを追い続ける。その目の表情の素晴らしい変化が、観客に電話の内容を教えてくるのだ。

 その大きな目と対照的に、エドガートンの目は小さい。『華麗なるギャツビー』や『ザ・ギフト』では強烈な意志を放っていたこの俳優の目は完全に表情を消され、代わりに、下唇を前に出した受け口(をエガートンは意識して作ったという)が、多くのものを表現する。真横に引き結ばれたその口が、口下手で一徹な男の顔を造形し、その口が時折歪んだり緩んだりすることで、不動の男の苦しみや歓びが表れ出てくる。

 冒頭の場面の後、エドガートンは自ら購入した土地にネッガを連れて行って求婚するわけだが、その申し出をする前に、彼はいきなりその地に二人で住む話をし始めてしまう。このあべこべな順序からも分かるように、この夫婦の愛の物語は、同時に、彼らの土地をめぐる物語と分かちがたく結びついている。後に州法に拒まれて生地を追われる彼らにとって、裁判は住むべき土地を取り戻すためのものでもあるのだ。

 常にアメリカの片田舎を舞台に映画を撮ってきた監督ジェフ・ニコルズの、土地を描く演出はさすがに見事だ。田園の光の推移を捉える視覚的表現のみでなく、聴覚的(虫や鳥の声を伝える繊細な音響が描き出す昼と夜の音の表情の違い)、触覚的(故郷の風を顔に受けるネッガのショット)な描写の冴え。

 先述の二度目の電話の内容を、ネッガが夫に告げるラスト近くの場面が美しい。玄関から顔を出した彼女が、庭で車をいじっている夫を見つめて笑みを漏らす。互いの視線の先に、自らがいるべき土地に互いが立つ情景を見ていることの静かな奇跡が、見る者にも伝わってくるのだ。

 

映画『ラビング~愛という名前のふたり~』
監督・脚本:ジェフ・ニコルズ 音楽:デヴィッド・ウィンゴ
出演:ジョエル・エドガードン/ルース・ネッガ/マートン・ソーカスニック・クロールテリー・アブニーアラーノ・ミラージョン・ベースマイケル・シャノン
配給:ギャガ GAGA★(2016年 イギリス・アメリカ) 
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◎3/3(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー! 
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