人魚、中学生、地獄行きのタクシー、激辛麻婆を作るあばたの婆……次々と変わるモチーフが紡ぐ一本の物語。虚構性を大幅に強めた新作で、〈妄想系〉は一区切り!?
物語性の強いアルバム
まるで一冊の本のように、毎回、さまざまな物語が詰まったアルバムを発表してきた吉澤嘉代子。そんななか、新作『屋根裏獣』は、これまででもっとも妄想度が高い一枚だ。以前、吉澤に取材した際、「メジャー・デビュー前にアルバム3枚分のテーマと選曲をしている」と教えてくれたが、本作もそのマスタープランに沿って制作されたようだ。
「『箒星図鑑』(2015年)は〈少女時代〉、『東京絶景』(2016年)は〈日常〉というテーマがあったんですけど、曲の主人公の設定年齢が近かったりすると、私と主人公を重ねて聴いてくださる方も多かったと思うんですよね。今回は、主人公と私は別人として聴いてもらえる物語性が強いアルバムにしたくて、主人公も人魚だったり、殺人犯だったりするんです」。
そんなユニークな歌詞に合わせて、サウンドも物語性豊か。今回はストリングスやホーンをたっぷり使って、曲ごとに濃密な世界を生み出している。
「無国籍というか、エキゾチックな音にできたらいいな、と思って。〈こんな楽器を入れたい!〉というのを選んでいったら、生楽器が中心になりました。弦楽器も管楽器も生で録って、サウンドはすごくゴージャスになったと思います」。
確かにサウンドのリッチさはこれまでで一番。ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)、横山裕章(agehasprings)、sugarbeans、武嶋聡など、曲ごとにサウンド・プロデューサー/アレンジャーを据えて音作りも凝っている。例えばハマ・オカモトがプロデュースとアレンジを担当したオープニング・ナンバー“ユートピア”は、ストリングスの不協和音で幕を開けるドラマティックなナンバー。市民プールが気が付けば海になり、孤独なヒロインは異世界を探して海底深く潜っていく。そして、ストリングスは揺れる波のように曲を包み込みながら2曲目の“人魚”のイントロへ……そんなふうに次々と不思議な物語が展開していく。まるで一本のミュージカル映画を観るような考え抜かれた構成も本作の大きな魅力だ。
「曲を作った時期はバラバラで、最初それぞれに関連性はなかったんです。曲を選んでアルバムを作る前に、〈この曲のストリングスが次の曲に残るイメージで〉とか〈次はギターが残るイメージで〉みたいに考えていきました。そうしていくうちにアルバムとして全部繋がって、それで〈ここは海のゾーン〉とか〈次は子供のゾーンになるから場面転換して……〉とかレコーディングに入る前にアルバムの流れを全部決めたんです。アレンジを何度もやり直してもらったりして、これまで以上に気合いを入れて作り込みました」。
〈海ゾーン〉の次にくる〈子供ゾーン〉での注目は、私立恵比寿中学校がゲスト参加した“ねえ中学生”だ。吉澤はエビ中に“面皰”という曲を提供していて、それが今回の共演に繋がった。
「エビ中に“面皰”を提供した後に、自分のなかで〈中学生〉がマイブームになって、中学生のことをよく考えてたんですよね。自分にはあんまり中学生らしい思い出がないから、憧れと畏れがあって。“ねえ中学生”は妄想の中学生と、現在の自分が交錯する曲なんです。ある人と一緒にいると、自分のなかの経験していない少女の体験が引き出される、みたいな。レコーディングのときは、(エビ中メンバーが)一人ずつコラースを録ったりして時間はかかったんですけど、みんな個性的で、それでいて匿名性の高い中学生のイメージも出てて、想像以上に良いものが出来たと思っています」。
自身へ還っていく妄想
そのほか、屋根裏に居候しているおじさまに想いを寄せる“屋根裏”や、子供たちの真夜中の秘密の電話を歌った“えらばれし子供たちの密話”などイノセントな〈子供ゾーン〉の次に待ち受けているのは、吉澤いわく〈事件ゾーン〉だ。MVも制作されたスウィング・ジャズ風の“地獄タクシー”は、亭主の生首を持って逃走中の殺人犯がヒロイン。この曲は、ある偶然から生まれた。
「タクシーで福岡空港に向かっている時、うとうとしてるとタクシーの運転手さんが〈あなたといちばん奥まで行く覚悟ですが良いですか〉って言ったんです。一瞬、〈あなたと一緒に地獄の底まで行きたい〉と言われたのかと思ってビックリしたんですけど聴き間違いで、〈ANAだと(空港の)一番奥まで行かなきゃいけないけど良いですか〉って訊かれてたらしくて(笑)。“地獄タクシー”はそんな体験から生まれた曲なんです。〈地獄に行くタクシーにはどんな人が乗っているんだろう〉って考えているうちに、旦那さんのことを愛しすぎて、ずっと一緒にいるために首を切って持ち逃げする奥さんの話が思い浮かんだんです」。
聞き間違いからこんな物語が生まれるとは、さすが妄想女子! ちなみに曲中でタクシーの運転手役をやっているのはラッパーのACEで、吉澤とは高校の頃の同級生。「モチーフがドロドロしてるので、どこかにユーモアの要素を入れようかな、と思って」声をかけたらしい。そして、地獄タクシーの行く先は、もちろん地獄。激辛の麻婆豆腐を作る謎のオババの歌“麻婆”での吉澤は、ジャズ・ファンク風のサウンドに乗せ、地獄の風景をラップ風の節回しで歌いまくる。この“麻婆”に続く哀愁を帯びたワルツ“ぶらんこ乗り”は吉澤がインディー時代に発表した曲だが、本作に新録で入れるにあたっては「“地獄タクシー”で報われなかった夫婦が“麻婆”で三途の河を渡って、生まれ替わって来世で会うっていう設定」だとか。さらに、アルバムのラストを締め括る美しいバラード“一角獣”はオープニングの“ユートピア”に繋がっている。
「“ユートピア”は、自分が作り出した世界に没頭した子供が、心の奥底まで潜った時に外の世界に繋がる扉を見つけたっていう歌なんですけど、“一角獣”はその子供が物語(想像力)を武器に外の世界で戦っていくっていう曲なんです。それって、私自身のことを歌っている曲なんですよね。この2曲は最初と最後に入れようと初めから決めていました」。
物語(曲)がそれぞれリンクして、より大きな物語を生み出していく『屋根裏獣』。一見、虚構性の強いアルバムだが、最後に浮かび上がるのは〈吉澤嘉代子という物語〉だ。「“一角獣”は妄想ばかりしてた自分にお別れをするっていう曲なんです」とも吉澤は語ってくれたが、本作は彼女のキャリアの大きな節目となるに違いない。ここから始まる彼女の新しい冒険に乞うご期待!
『屋根裏獣』に参加したミュージシャンの関連作品を一部紹介。