妄想から広がる奇想天外な舞台設定から等身大の日常まで、さまざまな音世界のなかで変身を繰り返した主人公。魔女修行から始まった彼女の物語は、いま、新たな変化のときを迎えていて──

転身していく少女性

 昔、工場の屋上に秘密の部屋を作って、魔女になるための修行をしている女の子がいた。頭の中は変身願望や夢でいっぱい。空を飛ぶことはできなかったものの、やがて彼女は〈音楽〉という魔法を使いはじめる。

 シンガー・ソングライター、吉澤嘉代子がデビューしたのは2013年のこと。これまで彼女は5枚のミニ・アルバムと4枚のフル・アルバムを発表し、作品ごとに物語性豊かな歌の世界を生み出してきた。デビュー前から曲を作ってストックし、3枚分のアルバムの構想がすでに頭の中にあったというから驚きだ。そんな彼女にとって初めてのコンピ『新・魔女図鑑』がリリースされる。そこで本作に収録された曲をもとにして、当時のインタヴューの発言も交えながら彼女のこれまでを振り返ってみよう。

吉澤嘉代子 『新・魔女図鑑』 e-stretch(2020)

 吉澤は2013年にインディー盤の『魔女図鑑』をリリースしてシーンに登場したが、そこに収録された6曲は、翌年のメジャー・デビュー以降、〈リメイク〉という形で新たな命を吹き込まれ、アルバムに収録されてきた。『新・魔女図鑑』のオープニングを飾るのは、そのなかでこれまでに新録されていなかった最後の曲“らりるれりん ”だ。この曲はデビュー前にコンテストに出場して優勝した際に歌った記念すべき曲で、60年代ポップスのようなオリジナル曲のサウンドをアコースティックなアレンジにリメイク。デビュー時より表現力を増した歌声で、片思いしている相手からの電話を待つ切ない乙女心を歌っている。

 60年代ポップスのテイストは吉澤の初期作品の特徴のひとつで、メジャー初のミニ・アルバム『変身少女』(2014年)に収録された“未成年の主張”や“美少女”からは、彼女がリスペクトする大瀧詠一や山下達郎からの影響も感じられる。『変身少女』は曲ごとに6人のヒロインになりきって歌うガーリーな作品だったが、セカンド・ミニ・アルバム『幻倶楽部』(2014年)は、本人いわく「おどろおどしさや切なさも盛り込んでキャラが立った曲が並んだアルバム」。なかでも異彩を放っているのが、ムダ毛を題材にした“ケケケ”だ。戦隊モノの主題歌をイメージしたという勇ましいサウンドで、ひたすら〈毛〉について歌う。こういうノヴェルティー・ソングのような曲を、キュートに聴かせることができるのが〈吉澤ワールド〉だ。

 記念すべきファースト・フル・アルバム『箒星図鑑』(2015年)のコンセプトは〈少女時代〉。「子供の頃は生き辛くて。あの頃のすべては、今こうして曲を書くためだったんだって思うことで、子供の頃の自分を肯定したいと思っているんです」と当時彼女は語っていた。そんななか、〈魔女の宅急便で泣いた 13歳の夏には戻れないことを知る〉と歌われる“ストッキング”では、大人の社会に踏み出したヒロインの葛藤が歌われる。また、『魔女図鑑』に収録されていた“泣き虫ジュゴン”は、21歳の時に17歳の自分に向けて歌った歌。それを改めて25歳で新録することで、彼女は自分の少女時代とふたたび向き合った。

 そんなふうに、これまで以上にパーソナルな面が反映された『箒星図鑑』に続くミニ・アルバム『秘密公園』(2015年)は全曲がラヴソング。「ガツンとくるような王道なポップスが作りたかった」そうだが、アルバムのオープニングを飾った“綺麗”は、ストリングス、ホーン、ハープなどさまざまな楽器をフィーチャーした煌びやかなサウンドで、まるで思い切りオシャレを楽しんでいるような昂揚感に満ちている。

 そして、セカンド・フル・アルバム『東京絶景』(2016年)のテーマが〈日常〉なのは、夢見る少女が大人になったから、というわけではなく、デビュー前からセカンド・アルバムのテーマとして考えていたらしい。オープニング曲“movie”は、彼女が〈魔女修行〉をしていた時の相棒だった飼い犬、ウィンディを看取った時の思い出をもとにした曲。「〈誰かに守られている〉という感覚が、いつか〈誰かを守りたい〉という感覚に変わっていく。その眼差しの連鎖を描いた」というこの曲を、吉澤は『箒星図鑑』と『東京絶景』を繋ぐ曲だと語っていた。また。『魔女図鑑』に収録していた“化粧落とし”の新録にはマーティ・フリードマンが参加してメタリックなギターを弾きまくり、“東京絶景”では曽我部恵一がアコースティック・ギターを弾いたりと、多彩なゲストが参加。なかでも、“東京絶景”は上京してきた若者の日常の風景をフォーキーなメロディーで切り取って、その等身大の描写がドラマ性の強い吉澤の歌のなかで新鮮だった。

 

新たな変化のとき

 サード・アルバム『屋根裏獣』(2017年)は、『東京絶景』とは正反対に得意な妄想をフル稼働した〈物語〉をテーマにした作品。人魚や殺人犯を主人公にした歌詞は現実離れしているし、生楽器を中心にした無国籍風のサウンドが想像を掻き立てる。そんな本作を象徴する曲が、その名も“地獄タクシー”。夫を殺して生首を持って逃げている妻が乗り込んだのは、地獄に向かうタクシーだった!というホラーな物語を、ビッグバンド・ジャズ風のサウンドに乗せて歌う吉澤の語り口が圧巻だ。一方、“えらばれし子供たちの密話”は、コンガをフィーチャーしたラテン風の曲調に、ラップ的なパートを盛り込んだりと多彩なサウンドはいつもながらだが、このアルバムでは曲の構成、アレンジがいつも以上に緻密。ほとんどの曲のディレクションを彼女自身が手掛けていて、ミュージシャンとしての成長ぶりを見せつけた。

 また、現在のところの最新作となる『女優姉妹』(2018年)は〈大人の女性〉がテーマで、「ひとりの女性が大人の女性として自立する姿を描いてみよう」と思ったという。TVドラマ「架空OL日記」の主題歌として作られ、シングル・カットされた“月曜日戦争”はSF仕立てでOLの心象風景を描いた曲で、カラフルな音色を散りばめたサウンドはアニメソングを意識したとか。同じくシングル・カットされてロングセラーを記録した“残ってる”は、友達が見たという朝帰り風の女の子の話から想像を広げた曲で、〈いかないで〉というリフレインが胸に迫る。アルバムでは10代の頃に書いた片思いソング“よるの向日葵”から“残ってる”へと続く流れがクライマックスになっていて、吉澤のメロディーメイカーとしての一面を引き立てている。

吉澤嘉代子 『サービスエリア』 ビクター(2020)

 『女優姉妹』をリリースした際、30代を前にした吉澤に〈大人になれたと思いますか?〉と尋ねると、「あと4年くらいしたら女性として成熟できるような気がします。ここ何年か気持ちの変化を感じてて、毎日、日記を10回くらい書いているんです」と彼女は笑っていた。それから2年が経ち、30歳になった彼女の2年ぶりのニュー・シングル“サービスエリア”は、夜のサービスエリアを舞台にした恋人たちの物語。 新録“らりるれりん”の編曲を手掛けた君島大空や石若駿、高桑圭、伊澤一葉による力強いバンド・サウンドをバックに、吉澤の歌声には情念とも言えそうなエモーショナルな力強さが混じっていて、映画のワンシーンのような世界を生み出していく。カップリングの“曇天”は私立恵比寿中学に提供した曲のカヴァーだが、“サービスエリア”と同じバンドが演奏し、どちらも『女優姉妹』で出会ったゴンドウトモヒコが編曲を担当。同じメンツでアルバムを作ってほしいと思うくらい、バンド・サウンドと歌声がフィットしている。このシングルから漂うビターなロマンティズムから吉澤が新たな変化を迎えていることが伝わるが、果たしてこれからどんな物語を紡いでいくのか。大人の魔法使いになった彼女が見せる新しいマジックに期待したい。 *村尾泰郎

吉澤嘉代子の作品。

 

自身の作品以外にも! あちこちで見かける吉澤嘉代子の筆致と歌声

 自身の作品以外にも、そのポップセンスと歌声をさまざまな場所に溶け込ませている吉澤嘉代子。ここでは、前作『女優姉妹』以降に携わった外部仕事を紹介しよう。まずは、“面皰”“日記”に続いて私立恵比寿中学へ書き下ろした“曇天”。大島智子によるMVともピッタリのアンニュイな恋愛ソングで、〈初めて渡した私を/青春に綴じこめないで〉というラインがとりわけ秀逸だ。そして、YUKIの最新オリジナル作『forme』に招かれて作曲を担当したのは“魔法はまだ”。メロディーラインに合わせて跳ねるビートがユーモラスな一曲に仕上がっている。

 そして、sumikaの楽曲のなかでも比較的アダルトな音像の“あの手、この手”には、ヴォーカルで参加。男性目線/女性目線と移り変わる歌詞の後者で女優魂全開の(?)歌声を聴かせてくれる。また、清竜人が昭和歌謡のエッセンスを現代的なポップソングへと昇華したアルバム『REIWA』においては、しっとりとしたデュエット曲“目が醒めるまで”で清の相手役を務め、対照的に弓木トイとはガーリーな“ハッピーバースデーをもう一度”でラヴリーなハーモニーを披露。

 さらには、〈文学的なイメージが合いそう〉という中島愛からのラヴコールに応えてアニメ「本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません」のエンディングを飾った“髪飾りの天使”を提供。清竜人による優美なアレンジと共に中島の可憐な歌唱を引き立てると、田村芽実へ贈った“舞台”では、言葉と旋律の持つ歌謡性で主役の色気あるヴォーカリゼーションを演出。吉澤作品でもお馴染みの横山裕章(agehasprings)によるラテン調の編曲と相まって、妖艶さすら漂う一曲となっている。 *bounce編集部