3部作をもって〈少女時代〉を通過した今、自立に向けて歩み出した新作の主人公たち。妄想から広がる創造力はそのままに、より大人びた〈女性〉の物語を覗いてみよう

〈演じる〉とは

 曲ごとに主人公になりきって、さまざまな表情を見せるシンガー・ソングライター、吉澤嘉代子。4作目のタイトルが『女優姉妹』と聞いて、すぐに彼女自身のことを思い浮かべた。彼女は歌を通じて誰かを演じることで自分を表現してきたが、思えば誰もが何かを演じて生きている。学校での自分、会社での自分、恋人といる時の自分……。人間は演じる生き物なのかもしれない。そこでまず、吉澤に〈女優〉という言葉に惹かれた理由から訊いてみた。

 「日常生活で気合いを入れなくてはいけない時に、何かを演じることで自分を保つことってあると思うんですよね。そういう〈演じること〉から生まれる強さが〈女優〉という言葉にある気がして。私はライヴの前には鏡を見て、〈私はプロだ。女優なんだ〉って言い聞かせているんです」。

 つまり、〈演じる〉とは戦闘態勢に入ること? ——そう訊ねると、「確かにそうかも」と彼女は頷いた。演じることにかけて、女性は男性より一枚上手かもしれない。〈女優〉という言葉には、確かに強い女性のイメージもある。

 「これまでアルバムごとに〈少女〉〈日常〉〈物語〉とテーマを設けてきたんですけど、今回は〈女性〉をテーマにしようと思ったんです。ひとりの女性が大人の女性として自立する姿を描いてみようって」。

吉澤嘉代子 女優姉妹 e-stretch(2018)

 そんな本作のオープニングを飾るのは、大人になる前の思春期の少女たちを描いた“鏡”。儚げなストリングスの音色が、夢見心地の10代の雰囲気を醸し出している。

 「少女時代って、自分と友達の境界線が曖昧になることがあると思うんです。〈自分〉がまだ確立していないから、同化しちゃうというか。でも、今回のアルバムの曲の歌詞には〈鏡〉という言葉がよく出てくるんですけど、誰かに助けてもらって自立するんじゃなく、自分自身と向き合って、自分で自分を人生の旅に連れ出していく、というところにアルバムを着地させたいと思って。だから〈鏡〉は自分自身と向き合うためのものなんですよね」。

 

〈自立〉に向けて

 続く“月曜日戦争”は、TVドラマ「架空OL日記」の主題歌として作られたもの。ここでは職場で戦うOLの姿がSF仕立てて歌われていて、カラフルなサウンドはおもちゃ箱……ではなく、OLの机の引き出しをひっくり返したような賑やかさだ。

 「この曲では社会人の心象風景を描いてみました。ドラマでOLが〈月曜日が憂鬱だ〉と言うので、〈月と戦う〉という設定にしてSFっぽくしてみたんです。それで、ちょっとアニメソングみたいな雰囲気にしようと可愛い音をいろいろ入れてみました」。

  “月曜日戦争”は昨年シングルで発表されているが、そのジャケットのイラストを手掛けたイラストレーターのたなかみさきが“洋梨”にヴォーカルでゲスト参加。吉澤とデュエットしているのには驚かされた。

 「一度、たなかさんとスナックに行ったことがあるんですけど、その時、カラオケですごく良い感じで歌われていたんです。独特の味わいがある歌声で。それで女性をテーマにしたアルバムを作ることにした時、女性とデュエットしたいと思ったので、たなかさんにお願いすることにしました。たなかさんがいつもイラストに付けるひと言もおもしろいので、歌詞も一緒に考えて」。

 曲は吉澤とたなかが一人の男性を取り合うという設定。間には二人のお芝居が入っていて、その名女優ぶりにも注目したい。そして、ズバリ“女優”という曲も収録されているが、この曲は「好きな人に騙されたふりをしてポルノの世界に入った女性が、そこで思わぬ才能を開花させる話」だとか。ヒリヒリするようなストリングスが印象的だが、アレンジは“残ってる”を手掛けたゴンドウトモヒコ。以前から一緒にやりたいと熱望していたそうで、本作では3曲を担当。ゴンドウが得意とするホーン・アレンジがエキゾチックなメロディーを奏でる“怪盗メタモルフォーゼ”では、「城下町で町娘が夜な夜な怪盗に変身する」という吉澤らしいシュールな妄想が暴走する。そんなふうに多様な女性の歌が連なる本作において、ハイライトともいえる位置に置かれたのがシングル曲“残ってる”だ。

 「友達から〈いかにも朝帰りっぽい女の子を見た〉という話を聞いたことがきっかけで作りました。その日から、ずっと朝帰り気分で(笑)。銀行で向日葵の造花を見て〈これって季節外れになったらサムいな〉と思ったりして、歌詞に出てくるものはすべて実際に街で見かけたものなんです」。

 多彩な歌い方やニュアンスを織り交ぜながら、吉澤はこの曲をドラマティックに歌い上げていて、情感豊かな歌声が胸を打つ。彼女のヴォーカリストとしての成長ぶりが伝わる切ないバラードだ。

 「この曲は結構前に作ったんです。ライヴで歌えば歌うほど、歌詞に引っ張られていろんな感情が湧いてくる。レコーディングする時は、この一節はどんなふうに歌うのか、声の成分のどこを多くして少なくするのかとか、声の出し方の地図みたいなものがしっかりと出来上がった状態で歌うことができました」。

 そして、この曲で感動的に終わるのかと思いきや、派手なブラス・セクションを加えたジャズ歌謡“最終回”でアルバムは華やかなフィナーレを迎える。〈行かないで〉と繰り返す“残ってる”ではなく、心の古傷を周りに話して〈笑いの一つでも取れたならお釣りがくるわ〉とドスの効いた声で歌う“最終回”のほうが、〈自立〉をテーマにした本作のラストに相応しい。

 「美しく終わるか、最後にひっくり返すか、ちょっと悩んだんです。でも、皆さんに聴いてもらうんだったら、ひっくり返したいと思って。辛いことやくじけそうなことがあっても、時間が経ってそれを笑い話にできたら嬉しいじゃないですか。そうできた時に未来が見える。そういう歌で最後を締めたいと思ったんです」。

 少女の歌に始まり、古傷を豪快に笑い飛ばすタフな女性の歌で締め括った本作。吉澤は曲ごとにヒロインを据えて、女性のさまざまな面を描き出している。そこには、今まさに自立に向かって奮闘している彼女自身の姿も描き込まれているのだ。

 「まだ自立できていないと思うんですけど、あと4年くらいしたら人として成熟するような予感があるんです。ここ何年か自分の気持ちの変化をすごく意識してて、毎日、日記を10回くらい書いているんです。頭おかしいですよね(笑)。でも、自分を知ることが今の私のテーマなんです」。

 果たして彼女がどんなふうに成熟するのかは、今後のお楽しみ。ともあれ、少女から大人まで多くのキャラクターが登場する『女優姉妹』は、曲を作った本人と同じように、リスナーが自分自身を知るための鏡になるのかもしれない。  

『女優姉妹』にプロデュースで参加したアーティストの関連作品。

 

吉澤嘉代子の作品。

 

 



写真/山川哲矢

【吉澤嘉代子〈女優ツアー2019〉開催決定!】
日程/会場
2月10日(日)福岡 都久志会館
2月15日(金)NHK大阪ホール
2月17日(日)BLUE LIVE 広島
3月3日  (日)チームスマイル・仙台PIT
3月6日  (水)名古屋市芸術創造センター
3月10日(日)Zepp 札幌
3月17日(日)東京 昭和女子大学人見記念講堂
詳細はオフィシャルサイト〈http://yoshizawakayoko.com/〉にて!