GOING UNDER GROUND(以下、GUG)がニュー・シングル『超新星/よそもの』をリリースした。2015年にドラマー・河野丈洋が脱退し、3人編成になってからは、昨年発表の3作――シングル“the band”、アルバム『Out Of Blue』、ドキュメンタリーDVD「the band 記録と記憶」と、よりプリミティヴなロック・バンドへと立ち戻るべく活動を続けてきたGUG。自主企画〈全方位全肯定〉では、先輩格にあたるザ・コレクターズや同世代の銀杏BOYZ、さらにHomecomingsやスカートといった後続のバンドを招くなど、自らの音楽愛を自由に開花させたラインナップも痛快な印象を残した。だが、2016年の12月8日、そんな彼らを悲劇が襲う。それは、ここ数年に渡りサポート・キーボーディストを務めてきた橋口靖正の急逝。今回の“超新星”には、橋口への追悼の想いと供に、どんなことがあってもバンドは止まらないという決意が託されているという。GUGの現在地について、ライターの北沢夏音がフロントマン・松本素生にインタヴューした。 *Mikiki編集部

 


GOING UNDER GROUNDというバンド名を初めて目にしたとき、当然のようにジャムの名曲を想起した。彼らをルックスだけで判断する限り、どこから見てもモッズには見えない。だが、GUGのフロントマンである松本素生が、僕の前にクラブDJとして現れたとき、そのエクレクティックかつ小粋な選曲はモッド以外の何ものでもなかった。事実、彼は90年代にハードコアなモッズ・チーム〈ブルー・ドレス〉が主催するパーティー〈ウィスキー・ア・ゴー・ゴー〉に足繁く通った時期もあったという。

その夜、彼と少し会話してみて、僕らにはいくつかの見過ごせない接点があることがわかった。そして、しばらく会わないでいる間に、GUGに大きな転換期が訪れたことを知った。そんなとき、友人のウェディング・パーティーで久々に再会したYouth Recordsの庄司信也に、GUGを取材したいという希望を伝えることができた。昨年のシングル”the band”に心を掴まれたというのもある。しかし、松本素生とじっくり話してみたいと思った一番のきっかけは、シャムキャッツやHomecomingsといった、現在のインディー・ポップを代表するバンドの中心メンバーが松本に寄せる熱い想いに触れたことだ。松本を囲む座談会での夏目知幸と福富優樹の発言は、ジャムのこんなエピソードを僕に思い起こさせた――ロンドンの通りを歩くふたりの少年が着ているTシャツの片方には、“俺はポール・ウェラーを知っている”と書いてあり、もう一方には“俺もだ”と書いてあった――。

GOING UNDER GROUND 超新星/よそもの Youth(2017)

 

松本素生がブルーハーツから受け継いだもの

――素生くんのことは前から知っているけれど、インタヴューは初めてなので今日はニュー・シングルのこと以外にも、いろんな話が訊けたら嬉しいです。

「こちらこそ。初めてお話ししたのは庄ちゃん(庄司信也)のイヴェントでご一緒したときですよね」

――そう。僕もDJに呼んでもらって、そのとき素生くんのDJを初めて聴いて、選曲もプレイのスタイルも最高だなと思った。でもGUGの音楽と、DJでかけている音楽の印象がかなり違っていて、まずそのことに驚いた。

「そうですね」

――そのとき、正直な感想として、好きな音楽と実際にやっている音楽が、そんなにくっきりと分かれていてバランスが取れるのか、葛藤があるんじゃないかと思ったんです。

「いや、だから葛藤はありましたよ。ずーっとあって、それがなくなってきたのが最近ですね。去年『Out Of Blue』というアルバムを出したんですけど、自分たちが以前所属していた事務所を抜けて、庄ちゃんと一緒にやるようになり、〈またゼロから始めるか〉となった2016年あたりから、聴いているレコードと実際にやっている音楽があまり違わなくなってきた感じがありますね」

2016年作『Out Of Blue』収録曲“Teenage Last”
 

――GUGはメジャーのレコード会社と契約していて、ヒット曲も出して、いわゆるJ-Popのフィールドで活動していましたよね。

「そうですね」

――今も昔もJ-Popのフィールドには、いったん確立した音楽性を劇的に変えるバンドはあまりいない気がするんです。レコード会社からもファンからも安定を求められる部分があるだろうし、変化したい気持ちとのバランスを取るのが難しいんじゃないかと。

「それはあるかもしれないですね。俺らも最初はそんなこと考えなかったし、そんなにすごく売れたわけじゃないけど、2006~2007年ぐらいから何か〈商品〉を作るような感覚が自分のなかに生まれてきた。とはいえ、自分の好きなミュージシャンを見てると、もっと何て言うか……自分の魂に忠実に作っているようなイメージがあって、(自分たちもそうしたいのになかなか振り切れないという)葛藤は、正直言ってありました。庄ちゃんとよく遊ぶようになったり、北沢さんと三宿WEBでDJやったりしたのは、ちょうどそんなときです。あの頃は本当に過渡期で、友達からも〈それでバランスが取れるのか〉って、よく言われてました」

――2006年というと、サンボマスターや銀杏BOYZの盛り上がりが熱かった頃。

「そうですね。俺たちは、どちらかというとだんだん普通っぽくなってきたときかな、分析すると。何かつまらなくなってきたなぁ、という頃ではありました」

――活動がルーティン化してきたということ?

「ルーティンというより、バンド内に〈もっと自分の心に忠実に音楽を作りたい〉という奴もいれば、〈いや、バンドの形を保って進んでいこうよ〉という奴もいて、今思えば、そのバランスを取ろうとする状態をかなり長い間続けてきちゃったな、というのがありました。ただ、ここ数年は、聴いている音楽や自分の心のなかに流れているものをそのまま楽曲にして、出来上がったときに〈これだよね!〉と思える感覚が戻ってきましたね」

――庄司くんのイヴェントで素生くんがかけていたレコードは、60年代のR&Bやニューオーリンズ産のアーシーなファンク、カリブ海産のスカ、ロックステディ、カリプソといったモッドな音楽で、基本的にはシンプルなギター・サウンドを旨とするGUGに、個人としての素生くんが好む音楽はなかなか反映しづらいだろうな、と思った記憶があるんです。

「うんうん。でも、俺が〈音楽しかやりたくない!〉と思ったきっかけがブルーハーツだったから。俺が中学生の時、Nack5※で〈ブルーハーツのしおり〉っていうラジオ番組をやっていて、そのなかで(甲本)ヒロトが〈自分たちはブルースだからね〉って言ったんです。俺はそのとき〈えっ、ブルースってこういう感じ(の音楽)ではないんじゃない?〉って思ったんだけど、ヒロトが言うところのブルースの感じが、25歳ぐらいからわかってきたんですよね。口で説明するのは難しいけど、ブルーハーツとロバート・ジョンソンやサム・クックは一緒だと。要するに、ギターの鳴り方が云々というよりも、彼らの音楽から受け取るものは一緒なんだということが、感覚としてわかってきたんです。2000年代後半のGOING UNDER GROUNDは、そのジレンマがわかってきちゃったからこそキツかったな、というのがありましたね」

※松本の出身地である埼玉県のラジオ局。

――ぼくは雑誌のクイック・ジャパンで、ヒロトの軌跡を追いかけるルポ※を連載していたことがあるんです。

※クイック・ジャパンVol.36(2001年4月発行)掲載〈ヒロト・アーリー・デイズ(前篇)〉、Vol.37(同年6月発行)掲載〈ヒロト・アーリー・デイズ(後篇)〉

「その連載は読みました」

――ぼくは、ブルーハーツ以前にヒロトがやっていたザ・コーツというモッズ・バンドのライヴを観ていたから、“人にやさしく”を聴いたとき、ヒロトはオーティス・レディングの“Try A Little Tenderness”をこんなふうに昇華することができたんだ!と直感した。〈Try A Little Tenderness〉をヒロト流に訳したら〈人にやさしく〉になるんだなと。そう思ったら、震えるぐらい感動して……。

「うんうん、なるほど。そうですね」

オーティス・レディングの66年のシングル“Try A Little Tenderness”
ブルーハーツの86年のライヴ映像
 

――そういうふうにブルーハーツの音楽を理解できたから、素生くんのその感覚はすごく腑に落ちる。

「はい。じゃあ、その感覚がわかるとどうなるかというと、そう思えない曲は駄作でしかなくなるんです」

――めちゃくちゃハードルが上がって、ジャッジの基準が厳しくなるという。

「そうなんですよね。だからたぶん、(ブルーハーツがやったことは)全部発明っていうか、自分の魂に忠実に、世の中の流れとかも気にせず、〈いや、俺、今これだから最高!〉となっている奴がそれをやるのは、本当に最高なんです。それは最高にロックンロールなことだけど、〈いや、でも本当はそうじゃないのにな〉と思いながらそれをやるのは、ロックンロールとはかけ離れている話だから……。ジャンルに関しては、俺はあんまり自分で分けているつもりはなくて、ただその音楽を聴いたときに、生活とか後のことはどうでもよくなるというか、〈この瞬間、死んでもいい〉と思えるような音楽を自分のなかからもっと生み出したい。ここ数年やってきて、最近ようやく〈この歌を歌っている瞬間、俺はもう他のことはどうでもいい〉と感じられるようになってきた」

 

バンドのすべてを曝け出したドキュメンタリー「the band 記録と記憶」

――確かに今回のシングル、“超新星”と“よそもの”の2曲を聴いても、すごく吹っ切れた感じが伝わってくるんです。このシングルは新生GUGが〈今の俺たちはこうです〉って裸の姿を晒したステイトメントなんだな、と。

「そうですね……最近、俺たちは馬鹿だなっていう結論に達しましたけど。レーベルの事務所でダベっていて、バンドマンは本当にコスパが悪い、それを一所懸命にやってる俺たちは馬鹿じゃないのか!?って。元も子もないですけど(笑)」

――いやいや(笑)、でもここ10年くらい顕著な風潮として、コスト・パフォーマンスを追求するという価値観が広まって、〈コスパが悪い=悪〉みたいな空気が蔓延しているのが現状で。それはバンドマンもそうだし、僕みたいな物書きも完全にそうだから、じゃあ、なんでこんなことやってるんだろう?という話にはなるよね。

「そう! で、なんでやってるんだろうと思いながら、でも、この曲が出来たからいいやとか、この本が書けたからいいやっていう、その煌きを更新していきたいだけなんですよね、実は」

――まさに。それで食えるに越したことはないけど、たとえそうじゃなくてもやってしまう業みたいなものがありますね。

「もう、業でしかないんだろうな。最近、あるミュージシャンの友達の家に遊びに行ったら、とにかく豪邸だったんです。〈えーっ! 音楽でこんなに儲かる?〉っていう話になって、〈いや、楽曲提供とかいっぱいやってるからね〉と言うので、ちょっと調べてみると〈これはこの家、建つな〉みたいな(笑)。でも、俺が全身全霊を懸けてそれをやったとしても、果たして自分の心が満たされるかといえば、満たされない。だから俺たちは馬鹿だっていう話になったんです!」

――そうだなあ……(笑)。

「それをやって満たされるなら、そっちに行けばいいじゃないですか。ただ、それをやっても満たされないということは、頭が悪くてしょうがないんだろうな、と思って厭になっちゃったんですよ。ついさっき、2時間前に(笑)」

――そうなんだ(笑)。コンビニとかファミレスとか居酒屋みたいに、ほんの1円の違いにしのぎを削っているような業態で、コスパを追求するのは当たり前の価値観だけど、音楽業や文筆業にその物差しだけを当てると成立しなくなっちゃうでしょう。商売なのか表現なのかわからないことに人生を懸けるというのは古典的な命題で、コスパが悪いのが厭ならやめるか、なんとかして続けるか、その二択しかない。今回の取材の前に、GUGがオフィシャル・サイトとツアー会場のみで販売したドキュメンタリー・フィルム「the band 記録と記憶」を観たら、〈ファンに夢を与える〉なんてものじゃなくて、それとは真逆のことをやっているから愕然とした。

「ハハハハ! そうでしょ?」

――普通は隠しておくようなことをほぼ全部出しちゃってる。赤裸々という形容はこのためにある、みたいな感じ。でも感動した。ここまで裸にならないと、もう一回スタートできないという思いがあったのかな、って。

「まあ、そうですね」

――だって、辞めたメンバーををもう一回呼び出して、なんで辞めたのかを語らせる場面とか映してるし。

「はい。彼らがまた好き勝手なことを言ってるじゃないですか」

――そうそう、それが良かった(笑)。

「ぶん殴ってやりたい、って思いましたよ!」

――(爆笑)。あれはもちろんヤラセじゃないでしょう?

「俺らは会っていないですもん。俺らはこの作品について、一切口を出していないんですよ。これはカットしてくれとか何も言ってない。それをやると俺たちってカッコいいだろ?ってことになっちゃうし、これを撮ってくれた監督(瀬川功仁)の作品でもあるから、完全にお任せ。上がってきたものを観て、〈ねえ、これ出すのぉ?〉ってなった(笑)」

――そうでしょう(笑)。いや、素晴らしい作品だと思います。現役のバンドのドキュメンタリーでここまで内情を曝け出したものは観たことがない。

「そう。今、俺たちが取り戻そうとしているのは、2001年にデビューして、メジャー・レーベルと契約して、わりといろんな人に作品を聴いてもらえて、ある年代の人たちに〈GOING UNDER GROUNDって知ってる?〉と訊いたときに〈あ、知ってる〉とか、ライヴは観たことがない人でも〈“トワイライト”っていう曲は知ってます〉とか、そういうふうに認知されている現状もわかりつつ、ソフトにされていた部分を一回全部ぶっ壊して、ゼロに戻して、思う存分自分たちの音楽をやりたいという実はシンプルなことなんです。そこから派生していく問題、たとえば子供がいるしとか、街で生きて暮らしていくことだとか、そういうことは、俺はこっち(音楽以外の仕事)で賄うし、とにかく音楽やバンド以外で手垢まみれになった部分を一回きれいにしたいという想いがずっとあったんですよね。それをやらないと、自分がこの瞬間に死ぬ、っていうときに、あれやっとけば良かったとなっちゃうから、自分の人生のプライオリティーにおいて、それだけは厭だなと思ってるんですよ。

だから、今のGUGを外部の人に伝えるに当たって一番わかりやすいのは、〈やり直してる〉っていう言葉かな。あ、GUGってこんなバンドだったんだねと再確認してもらえたらいいけど、別に自分のなかのプライオリティーとして高いわけではなくて、俺たちはただ、俺たちの歌を歌いたいだけ、なんです。あとは全部付属品みたいなもので、CDが売れるとか、ライヴにお客さんがいっぱい入るとか、たいした問題ではあるんだろうけど、そんなにたいした問題でもないと思っている自分がいます。それよりも、この曲が書けたとか、これを今歌えたということのほうが、自分のなかでは大きい。だから、〈プロのミュージシャンっぽくない考え方だなあ〉というのは、自分でも思いますけどね」

――いろんな意味で初心に返ったという。

松本「そうですね」

 

“超新星”の背景にあるのはスプリングスティーン

――“超新星”という曲は、僕にはレクイエムのように響いた。鎮魂と、自分たちが新たに続けていく決意みたいなものを感じて……。

「この曲、ネタばれするとブルース・スプリングスティーンなんですよ。俺、全然通ってこなかったんですけど、ある時期からメチャクチャしっくりきて、ハマりだしたんです」

――スプリングスティーン、最高だよ。

「それまでは何となく『Born In The U.S.A.』(84年)のイメージがあって。なんかヤだったんですよ、ヒロイズムみたいなところが。だけど『明日なき暴走(Born To Run)』(75年)の“Thunder Road”とか、あの辺りのレコードをかけて、歌詞を読みながら聴いたときに、もっと早く聴いておけば良かったと思ったし、なんていうか、スプリングスティーンみたいなロックを鳴らしたいなと思った。今、全然流行ってないのは知っているんですけど。それをどうしてもね、40歳近い男たちがステージに並んで、オールドスタイルなものを汗かきかきやりたいなって思っちゃったんですよね。それと、たまたま友達が12月に死んで……という時期が一緒だったんですね……。とにかく、自分たちにデッドエンドなんてないんだ!って言いたかったんです」

――なんて言うか……わかる、としか言えない。

「俺、このレコードを作っているときに、スプリングスティーンはないぜって思いましたもん。もっとやらなきゃいけないこと、鳴るべき音っていうのは、この2017年にたくさんあるし、いろんなムーヴメントもたくさん出てきている……。ただ、俺たちに必要だったのが今はこれだったっていうのが、バンドをやってる人間ならではの良さだし、頭の足りなさでもある。それもフルテンでやるっていう」

――でも、映画「ハイ・フィデリティ」の原作者、ニック・ホーンビィが書いた、これまで生きてきたなかで好きになった31曲の歌にまつわる「ソングブック」というエッセイ集にも、それに近いことが書いてあったな。その本は曽我部(恵一)くんが薦めてくれてね。とにかくニックの人生で一番好きな曲は“Thunder Road”なの。

「おお~」

――で、やっぱりニックも書いてるよ。この感じがいま全然アウトなのはよくわかってるって。スプリングスティーン自体、揶揄されている存在というか、ステレオタイプなイメージがあるじゃない?

「同じ、同じ」

――プリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンが、“Cars And Girls”というシングル盤のジャケットからしてスプリングスティーンのパロディになっている曲を書いていて、〈人生は車と女の子だけじゃないよ〉って、88年の時点で言ってる。それはスプリングスティーンがまとっている曲のイメージについての批評なんだけど、やっぱり『Born In The U.S.A.』効果というものが大きすぎて、その所為でスプリングスティーンのイメージそのものが変わっちゃったところがある。でも、僕は未だにどこかスプリングスティーンのことが好きだし、曽我部くんもそうなんだって。だから曽我部くんとは気が合うんだ。スプリングスティーンはアリだよね、というのがお互いの共通項にあるから(笑)。

「あれはアリ。埼玉で育った男も“Thunder Road”を聴くと、あれ? 嗅いだことある匂いがするなあ、みたいな感じがして。それは英語や日本語とか関係なくて。すごいですよね」

――この町にいる限り行き止まりの人生だから、俺は必ずここを出ていく、っていう決意表明と存在表明の歌。だけど、お前(恋人)と一緒に出ていくというラヴソングでもある。

「最高だもんなあ。10代、20代前半では、まったく聴いてこなかったから」

――再発見というか初の発見なんだ。いまさら聴こうというきっかけはなんだったの?

「きっかけは、それこそ曽我部さんが“満員電車は走る”をソカバンで出して。こういう曲のあり方っていいな、みたいな話をしてたんですよ。要するに主人公が変わっていったり……あれ満員電車の風景じゃないですか。いいメロディーかどうか、なんていうことでもなく、トーキング・ブルースというか、この感じカッコイイすねえって言ってたら、曽我部さんが〈スプリングスティーンじゃーん〉みたいなことを言ったんですよね。そこで、そういえば俺、スプリングスティーンまるっきり知らないから聴いてみようと思って。しかも、安かったんですよ。帯も歌詞もついていて、400円くらいで売ってた。家で聴いたら震えましたよね。これは俺の歌だって」

曽我部恵一BANDの2012年作『曽我部恵一BAND』収録“満員電車は走る”
 

――なるほどね。日本人だからワンクッションあるけど、スプリングスティーンの歌――あの歌詞とあの音が合体して、ダイレクトに英語がわかる人の耳に飛び込んでくるのは、僕らにとってのブルーハーツ状態だったと思うよ。

「絶対そうだと思うな。スプリングスティーンを家のステレオで聴いて、めっちゃいい~!ってなった、その温度で自分たちの音楽も作りたかったっていうのはありますね。特に“超新星”はそうですね」」

――その温度はメチャクチャ伝わってくる。すごくシンプルなロックだけど、やっぱりグッとくるんだよね。

「ほんとは、この曲じゃなかったんですよ。別の曲を作ろうと言って、スタジオに集まって、そしたらこの曲が出来た。で、そのまま録音」

――この曲の後半のギター・ソロがかなりグッとくる。

「中澤(寛規)さんすね」

――いいギター弾くなあ。ギター・ソロは、音だけで物語を語って説得力がないと意味がないけど、そういう説得力がものすごくある。

「今、流行ってる音楽って、みんなきちっと編集されてて、音がシャキッとしてるじゃないですか」

――そうだね。

「今の音楽のなかに入れてこの曲を聴くと、俺たち、異物感がハンパねえなって思います。みんなカチっとしてるんですよね。俺らは(編集で)直してないから」

――でも、だからこそ生々しさがある。今回のシングルには、ポジティヴな想いだけじゃないものが入っている気がする。“よそもの”の断ち切られるような終わり方には、むしろ不穏なものが感じられるし。

「でも、その憧れはありますね。そのまま断ち切ってもいいんじゃん?みたいな美学というか」

――日常が突然反転するということは、悪い方へ転がることもある。それも含めての人生。いろんな別れも経験している人たちが発する音だし、歌だなと。

「そうですか。負けの美学、ルーザーの美学というよりも、その人がそれでいいと思ったら口出さないでよっていう気持ちはいつも持っていたし、生き方やモラルは常識とかでは計りきれないところじゃないですか。それを最高じゃんと言っていいのは、やっぱり音楽だし映画だし、カルチャーなんです」

――ラモーンズのドキュメンタリー「END OF THE CENTURY」(2003年)とか観ると泣くもんね。

「泣きますね。結構いろんな音楽を聴くし、この時代にどんな音楽がスタイリッシュなのかも考えるけど、結局ロック・バンドだから、そこでドーピングせずにどこまで違う景色を観られるのかというのが、今の俺らのモチヴェーション。それをやってからじゃないと、自分のなかでは薄っぺらいものになっちゃう。俺はドーピングするぐらいならバンドをやらなくていい」

 

インスタに載せるための場所でないところで起こる、音楽の魔法

――バンドってことはつまり、そのメンバーで作るという一種の制約がどうしてもあって。

「そうすね」

――でも、そのメンバーだからこそ生まれる魔法というものもある。

「そうすね」

――それがバンドだから。このシングルはそれを持ったまま進もうっていうひとつの決意表明。

「もう最初の車種がどんな車なのかわかんなくなっちゃっているみたいなのが、一番いいなと思う。直しすぎて、いじりすぎて、最初はなんだったっけ、でもエンジンとタイヤさえあれば走るっしょ、みたいな。そういう存在でありたい」

――「the band 記録と記憶」でも、解散ギリギリまで行ったと明かされているでしょう? それでも続けたいと主張したのがベースの石原(聡)さんだったというのも、ドラマチックだなと。

「あいつは、ほんっとにポンコツなんですよ。マジで音楽的センスもないし、ただ、同じ町の近所だったというだけ。あいつがベースを弾かないほうがどれだけ曲がグル―ヴィーになるかもわかってるんです。だから、石原が〈やっぱバンドまだやりたいっしょ〉みたいに言ったときに、〈ウソだろ?〉と思って」

――(爆笑)。

「(両手を30センチくらいに拡げて)家にこの幅くらいのCDしかない奴がですよ(笑)。でも彼じゃないと意味がないと思っている俺もいるんですよね」

――自分の出自に忠実にやるのは、嘘がないから。それはやっぱり作るものに出るし、そういう説得力はすごくあると思う。僕はカルチャーとはすなわち継承だと思っていて。それは自分が経験してきたことや見た景色、影響を受けた人から教わったことを、それを見ていない人や知らない人に〈これは大事だから伝えたい〉っていう想いを込めて全力で伝えること。受け渡す行為そのものがカルチャーだから、GUGはまさに文化そのものですよ。

「これ、俺にしかわからねえだろうなと思わせる伝わり方。俺は(自分たちの歌を)そういうふうに受け取ってもらえるのが一番嬉しい。それは、なぜなら自分もそうやって受け取っているから。〈このレコードの本当の良さは俺だけにしかわからないだろ〉って。バンドもそういうものでありたいというのはありますね」

――カート・コバーンがマイナーな音楽をいっぱい愛していたじゃない? それらを紹介することで、ヴァセリンズとか全然スポットが当たっていなかったバンドが注目された。そういうのがすごく大事というかね。

「俺もそう思います」

――GUGが自主イヴェント〈全方位全肯定〉でHomecomingsやスカートと対バンしていることも、新たな出会いをもたらしているんじゃないかな。

「ひとつの体験として、〈俺、今日ひとりだったけど、このライヴに行ってよかった〉とか、ロックフェスの現場では味わえないもののほうが、俺のなかでは本当だったりするんです。そういうものを掴みとってほしいな、とは思いますね」

――シャムキャッツの夏目くんとホムカミの2人(畳野彩加、福富優樹)との座談会を読んだけど、ああいう熱いものを後輩たちが受け取ってくれているのは素敵だな、って。

「いや、俺は相当嬉しかったです。自分が好きなバンドで、レコードを買っていたバンドだったから〈マジか!?〉みたいな。その感覚はありましたね。この間、福富からDMがきたんですよ。〈僕、今散歩しながらGUGの『Home』を聴いてたんですけど、これはアナログにすべきです〉って(笑)」

――福富くんは〈バンドマンの中では日本で1、2を争うGUGファンだと思う〉と言っていたもんね。でも、そういう想いが素敵だよね。さっきの話じゃないけど〈これは俺にしかわからない〉というか。

「いつだって、そういう男の子に、そういうふうに聴いてほしいというのはありましたね。クラスで生きてんだか死んでんだかわからない奴に伝わればいいなと思って、やっていたな。体育祭でヘラヘラしている奴は聴かなくていいとさえ思ってましたね(笑)」

――いわゆるジョックスとは縁がなくていいと(笑)。

「そうそう。バンドとして、フェスには出たほうがいいとかそういう話にもなったりするんですけど、今の俺たちなら〈全方位全肯定〉をいっぱいやったほうがいいなと思う。それはやる側もピリッとするし、観る側の〈何を観せてくれんだ〉っていう視線から生まれる緊張感もあるし、そこで〈最高だ、来てよかった〉となればいい。音楽のなにがしかの魔法は、Instagramに載せるためのモノではないところで起こりえることが多いからね」

――カウンターであれ、ってことだよね。それは大事。

「俺は常にカウンターである人が好きです。それは、ブルーハーツもそうだし、甲本ヒロトもそうだし、曽我部恵一もそうですけど。メインストリームになりそうになると、カウンターに回るっていうか」

――そうは言っても、曽我部くんは〈俺、ヒット曲ない〉って本気で嘆いてるんだよね。

「なんか、俺は曽我部さんには長い映画をずっと観ているみたいに接しているんですよね。俺が、曽我部さんのことを日本の音楽家で一番好きな理由は、やっぱりあの人の人生や活動のあり方が人間臭いんですよ。いきなりソカバンになりましたって言って、ファンは〈マジか!〉って一回面食らう。それでバンドをやっていると思ったら、いきなりソロで『超越的漫画』(2013年)を出して、その後に『まぶしい』(2014年)と『My Friend Keiichi』(2014年)を作った。あの3枚は、俺の人生のなかで、ブルーハーツと同じくらいの衝撃でしたね。こんなにクエスチョンマークな作品を出すんだ!って。あのときはビビりました」

――でも、良い曲が入ってるんだよね。

「そう。去年、俺らが『Out Of Blue』というアルバムを作って、俺はちょっと曽我部さんの背中が近くに見えてきたぜと思ったんですよ。でも、サニーデイ・サービスは『DANCE TO YOU』(2016年)を出したじゃないですか。あれで、また遥か彼方に行かれたんですよね(笑)」

サニーデイ・サービスの2016年作『DANCE TO YOU』収録曲“I'm a boy”
 

――でも、今日話を訊かせてもらった限りでは、GUG自体の調子は良さそうだね。

「いや、良いのか悪いのかもわからないですね。ただ、歌いたいことはあるから、それをやらないと次に行けないんです。本当に厭ですよ(笑)。この感じをずっとやっているなと思って。追いついたと思ったら、また遠ざかって、それを死ぬまでやらなきゃいけないと思ったら、ゲボでそう」

――大変だろうけど、期待しています。

「わかんないなりにやったジャッジこそが、バンドをやっているおもしろさや、本当のプロフェッショナルじゃないロックのおもしろさですしね。音楽って本当にふくよかなものだから、そこは正直にやっていきたいです」

――素生くんは他のメンバーに意見を求めたりもするの?

「ナカザ(中澤)は作家と言うよりもプレイヤーだから、俺が悩んでいても〈一回作ってみりゃあいいんだよ〉と言うけど、俺は〈いや、ここの一行が気に入らなかったら次が出てくるわけないじゃん〉となる。ただ、ナカザといっさん(石原)は俺が本当に閃いたときの顔を知っているし、その匂いを嗅げるということが、いまの3人でやっている理由かもしれないですね。目には見えないし、どんな匂いかも口では表現できないけど、でもある匂いを同じテンションで嗅ぎ取れる。バンドにはそれが大事なんです」

 


Live Information
『超新星/よそもの』リリース・ワンマン・ツアー 〈SUPERNOVA〉

2017年7月1日(土)名古屋・池下CLUB UPSET
2017年7月2日(日) 大阪・心斎橋JANUS
2017年7月17日(月・祝)東京・新代田FEVER
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