「すごく変な感じがした。現実じゃないみたいで。スクリーンを二度見してチェックしたよ(笑)。僕なんかでいいのかな?とも思ったし、自分自身にとってすごく重要な経験だった」。

 リミックスによってキャリアを切り開いてきたRACことアンドレ・アンホス。2007年、当時通っていた大学の寮の自室で誕生したというプロジェクト、リミックス・アーティスト・コレクティヴ=RACは、その後あれよあれよという間にトップ・リミキサーとしての地位を築き、手掛けた楽曲はいまや数えること200を超える。その1つが今年のグラミーで〈最優秀リミックス・レコーディング〉部門を受賞したボブ・モージズ“Tearing Me Up(RAC Mix)”であり、冒頭の発言へと至るわけだ。

 そんなRACは2014年にファースト・アルバム『Strangers』をリリースして一定の評価を得るも、以降もリミキサーとしてスポットを当てられることがしばしばだった。もちろんそれは喜ばしいことだろうが、自分らしさがもっとも表現できるソングライターとしての側面が発揮できる機会をアンドレは窺っていたようだ。

 「自分自身の音楽はずっと作っていたよ。でも、いちばん最初に仕事として成功したのがリミックスだったんだ。ソロで作っていた音楽もそうだし、バンドで作っていた音楽もそうなんだけど、誰も興味を持ってくれなくて(笑)。だからまず数年リミックスを中心に活動して、その後そろそろ自分の曲を出してみてもいいんじゃないかと思ってまた作ることにしたんだ。リミックス活動を通してたくさんのアーティストに出会ったり、業界内でコネクションもできたし、いまがオリジナル・ソングで活動するのに良いタイミングだと思ったんだ」。

RAC Ego Counter/BEAT(2017)

 満を持してリリースされたニュー・アルバムは、「〈エゴ〉ってネガティヴな意味が強いかもしれないけど、自分自身を持っていることでもあると思う。今回のアルバムはよりパーソナルだし、自分が本当に求めるものを追求した作品と言えるよ」という理由から『Ego』と名付けられた。もともとダンス・ミュージックに親しんでいた背景もあり、前作はエレクトロニックでダンサブルな要素が主張していたが、『Ego』ではエレクトロニックな部分を残しつつ、普遍的で伝統的なポップソングであることを優先している。

 「今回はもっとソングライティングにフォーカスを置いた曲を作りたかったんだ。新作は、そういう意味でも前回の作品からの旅立ちといった感じ。サウンドは大きく変化したと思うよ」。

 ハングリーさや好奇心の旺盛さを求めて選んだというゲスト(ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタム、MNDR、セントルシア、ジョイウェイヴら)と作り上げた曲は、歌メロが際立ったフレンドリーさがある一方、現代のトレンドともリンクする憂いを帯びた旋律やリゾート感などもそこはかとなく漂わせ、変化という冒険を選択しながらも、彼がポップソングに重視する「人と繋がる要素」という課題も難なくクリアーしている。

 なかでも最大のチャレンジにしてハイライトとなるのが、エモーショナルなギター・ロックと完璧な融合を果たしたリヴァース・クオモ参加の“I Still Wanna Know”だ。ウィーザーで聴けるようなギター・ソロもフィーチャーしたこの曲は、RACの変化をもっとも実感させてくれる。一見アルバムで浮いてしまいそうな曲ではあるが、曲間に切れ目を設けず、全体で一つの作品になるよう丹念に編集されていることも、本作をスペシャルなものにしている。

 「アメリカではみんなシングルしか聴かないんだよね。シングルのことばっかり考えてる(笑)。でも、アルバムでしかできないことがあるし、そこには大きな意味があると僕自身は思ってるんだ。だから一貫性を持たせることは、僕に取って超がつくほど重要だった。そこがいちばんのポイントだったね」。

 


RAC
ポルトガル出身、現在はUSのポートランドを拠点とするクリエイター、アンドレ・アレン・アンホスによるプロジェクト。イリノイの大学に在学中の2007年にRACを名乗って活動を開始する。当初は複数のDJやミュージシャンもメンバーに名を連ねていたが、その後アンドレ個人のユニットに移行。U2やニュー・オーダー、ラナ・デル・レイ、ファンらのリミックスを手掛けていく傍ら、2012年に初のオリジナル曲を発表し、2014年には初のオリジナル・アルバム『Strangers』をリリースする。2016年にグラミーの〈最優秀リミックス〉部門にノミネートされ、今年のグラミーでは同部門を受賞。話題を集めるなか、ニュー・アルバム『Ego』(Counter/BEAT)をリリースしたばかり。