現実逃避をやめてポジティヴに人生に向き合うためのアルバム――気鋭アーティストが昂揚感のあるダンス・ポップに取り組んだユーフォリックな新作は何を物語る?
新世代エレクトロ/シンセ・ポップの才能が開花したセカンド・アルバム『Seeking Thrills』(2020年)に前後して、ゴリラズやムラ・マサ、シャイガール、イヤーズ&イヤーズらとのコラボを経験してきたジョージア。最近ではなんとシャナイア・トウェインの曲をコライトしていたりもする彼女が、ロスタムを共同プロデューサーに迎えたニュー・アルバム『Euphoric』を完成した。チャーリーXCXやハイム、カーリー・レイ・ ジェプセン、クレイロらを手掛ける彼の活躍ぶりは、もはや旧来的な意味でのメインストリーム/インディーといった区分がイメージ以上の意味を持たなくなっている昨今に相応しいものだが、それはジョージアにとっても同じことだろう。これまでベッドルームで曲作りを行ってきた彼女にとって、外部プロデューサーを迎えての制作はこれが初めてのことだが、その構想はパンデミックを挿んで大きく膨らんでいったものだという。
「ロックダウンになった時、いま自分に何ができるかを考えたら、とにかくスタジオの環境を整えて曲を書くことだと思って、それを実行に移したのよ。誰にとってもそうだと思うけど、パンデミックの期間は自分を見つめ直す小さな旅のような時間で、私に内省する時間を与えてくれた。それと、その頃から『Euphoric』の曲を書きはじめていたんだ。パンデミックになる前にライヴでLAに行って、そこでロスタムに連絡して〈LAにいるんだけど、一緒に曲作りのセッションをしない?〉って誘ってみたのよ。彼も乗り気になってくれたから、彼のところにお邪魔して最初のシングルになった“It's Euphoric”を2日間で書き上げた。誰かと一緒に作業することは、私にとってとてもエキサイティングな経験だった。帰国してから〈こんなに素晴らしい曲が出来たんだから、新しいアルバムを作らなきゃ〉という思いが強くなって……それが原動力となって、私を3年の間クリエイティヴな状態に保っていてくれたのかもしれない。気が付いたら私はLAに住んでいて……数か月ではあるけど、曲作りをしていた。この3年で世界は変わったし、私を取り巻く人たちの生活も変わったけれど……私自身にとっては、とても生産的な3年間だったと言うべきね。この『Euphoric』や、自分たちが作ったものをとても誇りに思っているから」。
とはいえ、実際のロスタムの采配は、ジョージアのやりたいことや持ち味を損なわないよう、彼ならではの経験とスキルで後押しする役割だったという。
「一緒に仕事をする前から彼は私の音楽のファンで、アーティストとしての私を評価してくれていたから、私のやり方を尊重してくれたというか……だから、今回のアルバムも私の音楽が持つダイナミズムはそのまま表現されていると思う。私もいつもとは違う環境に身を投じることで、自分自身の中に眠る別のクリエイティヴな面を引き出したいと思ったから、結果的にそうやって出来上がったものを高く評価している」。
出来上がったサウンドは前作と比べても明快でポップな感触(ミックスはデイヴ・フリッドマンというのもおもしろい)。作品に対するヴィジョンを共有することで制作はスムースに進んだそうだ。
「LAに着いてからも最初の2日間はただただ音楽について話した。さまざまなタイプの音楽を一緒に検証して、互いの方向性をすり合わせていった感じかな。それで昂揚感のあるポップ・ダンス・レコードを作ろうという部分で方向性が一致した。そのうえで意外性のあるサウンドも作りたいということになって、例えば“The Dream”はニュー・オーダーとキュアーを混ぜ合わせたようなインディーっぽい作りになっている。とにかく思いつくことをいろいろ試したかな。私が育ったロンドンのシーンは融通が利かない場所で、〈このジャンルはこのサウンドであるべき〉〈こういうアーティストはこういう音であるべき〉という縛りみたいなものがあるから、今回の試みは凄く新鮮だった。いまの音楽シーンは酷くて、SNSを外野から見てたら〈いまのトレンドは何か?〉ばかり。もちろん音楽にとってトレンドはとても大事だけど、トレンドの側がレコードに対してそれを命じるべきではない。私もロスタムももちろん聴き手の心情に訴えて、注目を集めるものを作りたいけど、それはあくまでも副産物でしかない。とにかく、唯一無二のレコードを作りたかったからね。私たちはこの新作を内ではなくて外に向かうものにしたくて、奇跡的に思い描いたサウンドを作ることができたと思う」。
ダンス・ミュージック古典からの影響という意味では前作『Seeking Thrills』と同様だが、90年代のフレンチ・ハウスやエレクトロニック音楽に影響を受けているという彼女の挙げる名前はダフト・パンクやエール。確かに外向きだ。
「前作は私にとって優れた基盤となった作品だけど、一方でノスタルジックな作品でもあるのね。シカゴ・ハウスを聴いていた当時の私が作った音だから唯一無二のサウンドに挑戦した作品とは言い難い。もちろん私が作ったという意味では唯一無二の存在だし、誇りには思っているけどね。それに、『Seeking Thrills』はもっとクラブっぽい作品で、ダンスフロアにある自由を描いたつもりだけど、一方では日々の苦しみから解放されるために逃げ込むような、現実逃避のネガティヴな要素もあったと思う。この新作は逃げるのをやめて人生を構築するためのアルバムだと思うし、自分の人生で向き合わなければいけない問題と対峙するためのポジティヴな作品だと思う。もちろん、リスナーには自由な気分で聴いてほしい。私自身がとても自由な気分で作ったアルバムだからね」。
左から、ジョージアの2015年作『Georgia』、2020年作『Seeking Thrills』(共にDomino)、ロスタムの2021年作『Changephobia』(Matsor Projects)
ジョージアの参加作を一部紹介。
左から、ゴリラズの2020年作『Song Machine Season One』(Parlophone)、ムラ・マサの2020年作『R.Y.C』(Polydor)、イヤーズ&イヤーズの2022年作『Night Call』(Polydor)、ウィリアム・オービットの2022年作『The Painter』(Warner)、シャナイア・トウェインの2023年作『Queen Of Me』(Republic)