元ヴァンパイア・ウィークエンドの……と紹介するのも、もはや野暮だろう。いまやジャンルを問わず多彩なアーティストから引く手数多のマルチ・プレイヤー兼プロデューサー、ロスタム・バトマングリ。やはりそのなかでも、直近のクレイロ『Immunity』(2019年)やハイム『Women In Music Pt. III』(2020年)における共同制作者としての働きは目を見張るものがあった。密室感と奥行きを同時に生み出す音作りに、素朴ながらクラシックやジャズ、アフリカン・ミュージックの要素を感じさせるアレンジ、そして風通しの良いサックスづかい……。プロデューサーとしてのこうした〈ロスタムらしさ〉と呼べる作風は、ここ数年で様々な作品に携わりながら、彼のなかで徐々に確立され洗練されてきたものだろう。

〈この5年間で、今までになかったくらい自分への気づきがたくさんあった〉と今回のインタビューで語ったロスタム。この5年とはつまり、彼が2016年にヴァンパイア・ウィークエンドを脱退し、プロデューサーへと変貌を遂げた期間にあたる。そして、久々のソロ・アルバムとなった今作『Changephobia』はまさにそんな〈変化〉への示唆に富んだ作品なのだ。曰く、何かを嫌悪するということは、自分の既存の価値観が変わってしまうことへの恐怖が根底にあるのだ、と──。

そんな内省的な題材とやわらかなサウンドやヴォーカルが印象的なアルバムには、数年間で大きな変化を経験した自分と社会をじっくりと見つめ続けてきたロスタムの、思慮深く温かな眼差しが投影されているように感じられる。今作の制作の背景と、自身のここ数年のプロデューサーとしての変貌や仕事ぶりについて、ロスタムに語ってもらった。

ROSTAM 『Changephobia』 Matsor Projects(2021)

 

変化に適応するのは簡単じゃないけれど、受け入れなければいけないよね

──あなたの住むアメリカではここ1年、ブラック・ライヴズ・マターの大きな波や、新たな大統領の誕生、そしてもちろん世界中を揺るがすパンデミックなど、社会通念や価値観を変えるような大きな出来事が起こりました。〈Changephobia〉(変化嫌い)というタイトル通り、今作には〈変化〉に対するあなたの鋭い感性や洞察を感じ取ることができますが、実際、そうした社会の変化は、アルバムの制作にどのような影響を与えたのでしょうか?

「そうだね、そもそも僕が最初に思い描いた作品のヴィジョンというのは、自分の変化、そして社会の変化に目を向けるということだったんだ。アルバムの主なインスピレーションになったのは僕の人生における変化だったからね。昨年アメリカで起こった変化にはポジティヴなものもあって、僕もそれを見てうれしい気持ちになった。だけど、このアルバムの構想が出来たのは、実は何年も前のことなんだよ」

──なるほど。ということは、ここ1年ほどの社会の変化を目の当たりにしたことが制作のきっかけになったわけではなくて、あなたはずっと以前から〈変化すること〉を自身のテーマとして念頭に置いて考え続けてきたということですね。今作の資料を読むと、あなたはその〈変化〉について〈みずからのなかにある恐怖心を認めて、そこから成長すること〉と説明してくれていますが……。

「変化は、〈自己認識を成長させるということ〉において大切な要素だと思うんだ。個人的な話をすると、この5年間で今までになかったくらい自分への気づきがたくさんあったんだ。その気づきが僕を変化、そして成長させてくれたんだよ」

──1曲目の“These Kids We Knew”は、〈地球温暖化を自分たちの問題として考えない大人たち〉について書いた曲だそうですね。となると今作は、何かの問題が目の前にあるのにもかかわらず、見てみ見ぬふりをし、あたかも〈ない〉ものとして振る舞う人間の弱さがテーマとなっているのではないかと感じました。

『Changephobia』収録曲“These Kids We Knew”

「まさにその通りだよ。僕たちは常に変化というものに直面していて、変化することに対して常に適応していくように求められているよね。だけど、変化に適応するのって常に簡単なことではないんだ。だけど、それを受け入れなくてはいけないときもある。そんなことを僕はこのアルバムを通して自分自身に言い聞かせているかな」

──今作はそうした社会的な視点を持った作品ではありますが、とはいえ、ヴォーカルは軽やかですし、曲調も明るくポップです。それは、あなたとは違う考えを持つ人とも手を取り合おうとする姿勢の表れではないかと思うのですが、その点については意識的でしたか?

「自分の身の回りの世界を理解しようとするということについては、僕は常に意識的であると思うよ。それが自分を認識することにも繋がっていると思うからね。この年齢(37歳)になってみると、その点については今まで以上によくできているはずだと思う。歌詞については僕が人生で経験したことから生まれているから、すごく私的であるということは言えるね。だけど社会的であるという感想にも反論はしないよ。私的でもあり、社会的でもあると思われたらうれしいよね」

 

自分がやっていることに確信を持てない状態をめざす

──サウンドメイクについても訊かせてください。今作は、リズム・セクションだけでなく、アコースティック・ギターやピアノの音ひとつとっても、輪郭がシャープでパーカッシヴな印象があります。にもかかわらず、フィルターをかけたような処理がされていて、全体の音像はメロウかつ、奥行きを感じさせるものになっていますね。こうした音作りに関して、参照した過去のアーティストや作品があれば教えてください。

「影響を受けたバンドのひとつはウォーターボーイズかな。特に12弦のアコースティック・ギターの使い方は参考にした。あとジミ・ヘンドリックスとチャーリー・パーカー」

──チャーリー・パーカーといえば、彼と同じくサックス奏者のヘンリー・ソロモンが今作に参加しており、作品のなかでも精彩を放っています。彼は、あなたがプロデュースしていたハイムの『Women In Music Pt. III』でも演奏していましたね。。あなたにとってのサックスという楽器の魅力を聞かせてもらえますか?

「サックスはある特定の時期に限ったジャズ・シーン……ビバップにあった即興性を思い出させてくれるから好きなんだよね。チャーリー・パーカーも、もちろんそう。サックスの音階が曲のなかですごくクイックに変わっていくのを聴くと、なんだか自由な気分になれるんだよ」

『Changephobia』収録曲“Changephobia”

──今作のサックスのアレンジも、ヘンリー・ソロモンとともにあなたが考えているのですよね。あなたはマルチ・プレイヤーでありアレンジャーでもあるので、サックスのみならず、1曲を作るうえで様々なサウンドの選択肢が思い浮かぶものと思いますが、楽曲のアレンジメントにおいて特に気を配っていることはどんなことでしょう?

「そうだな……人生ですごくたくさんの音楽を作ってきた今となっては、今までやってみたことのないことや、少し危ないかなと思うこと、思いつきもしなかったようなことをやってみるようにしているんだ。自分がやっていることに確信を持てない状態でいるというのが、むしろインスピレーションになっているところがあると思う」