(左から)沖井礼二(TWEEDEES)、福田直木(ブルー・ぺパーズ)、はせはじむ
 

この夏いちばんの胸キュン・ポップ・アルバムという呼び声も高い、星野みちるのニュー・アルバム『黄道十二宮』。制作陣にはおなじみのはせはじむや佐藤清喜(microstar)に加え、かせきさいだぁや杉真理、辻林美穂ら、これまで以上に多彩な面々が集結した充実作だ。今回Mikikiではあえて星野以外の関係者をお招きし、今シーズンだけでなく2017年を代表する一枚ともなりそうな本作の魅力について大いに語ってもらうことに。

参加メンバーは、2012年以降ずっと星野みちるサウンドを支え続けてきた本アルバムの総合プロデューサー、はせはじむ。Cymbalsの一員としてデビューし、解散後はソロ・プロジェクトのFROGやサウンド・プロデューサーとして幅広い活動を展開、現在は清浦夏実とのユニット、TWEEDEESでも活動中の沖井礼二(先行シングル“鏡の中の私”をプロデュース)。そして高い完成度を誇るAORサウンドをクリエイトし、うるさ型のヴェテラン・リスナーから好奇心旺盛なヤングまで魅了している新世代ポップ・ユニット、ブルー・ペパーズの福田直木(“気がつけばLooking for your love”を制作)という、『黄道十二宮』を語るうえで欠かせない3名だ。

主役が不在ということで、本人に面と向かってはなかなか言えないような発言も飛び出したこの鼎談。最初に同学年のはせ&沖井と福田の年齢が倍以上違うということを確認し、場が軽い驚きの声に包まれながらトークはスタートした。

星野みちる 黄道十二宮 HIGH CONTRAST/ヴィヴィド(2017)

本人が幾つになって歌っても気恥ずかしくないような曲を作る

――お三方には『黄道十二宮』について作品解説的にいろいろ語っていただくのと、みちるさんご本人についての魅力もお伺いできればと思っているのですが。

はせはじむ「嘘もいいんですか? レコーディング中は過呼吸になって大変だったよね~とか(笑)」

――優しい嘘なら多少は(笑)。まずはせさんにお訊きしたいのは、大まかなテーマはどういうものだったのか?ということでして。

はせ「これまでは結構コンセプチュアルなアルバムが多かったんですが、前作『My Favourite Songs』からオムニバスっぽく作るのもOKだなと思うようになりまして。いままではわれわれの制作チームにひとりふたりを招くところを今回は皆さんに4、5曲作っていただいた。こちらもいまの彼女ならどんなものでも対応できると自信があったからなんですが、みちるちゃん自身、そんな自覚はないでしょうね(笑)」

星野みちる
 

――大人を感じさせるアルバムになったという評判が高いですよね。

はせ「そこはかなり考えたところで。人間どうしても歳をとる。ただ歳をとってもずっと歌える曲を作らないといけない。〈永遠の○○歳〉みたいな感じもいいんでしょうけど、幾つになって歌っても気恥ずかしくないような曲を作りたいなと。いままでもそうやってきたつもりですが、より意識して作ったところはあります」

――そういう配慮もあって、長く付き合えそうなアルバムに仕上がっていますね。楽曲制作のオファーにもそういった想いを添えられたんですか?

はせ「そうですね。ただ、もともと信頼を寄せている方にしか依頼をしていなくて、今回も皆さんが抱く星野みちる像をもとに曲を書いてください、ってそれだけでしたね。まったく四の五のなしで」

――お話をもらって沖井さんはまず何を考えましたか?

沖井礼二(TWEEDEES)「もうヤッター! イエーイ!って感じでしたよね(笑)。で、打ち合わせをした席にはせさんと一緒にみちるちゃんも居てビックリしたんです。そういう場に本人が同席することってまずないから。最初雑談からスタートして、はせさんが積極的に下ネタを絡めながら話が進んでいって(笑)」

はせ「(下ネタは)やっぱ大事ですもん~」

沖井「(笑)。そんな雑談がいつしか仕事の話になっていたのがおもしろかったですね。そこで、この現場はこういうムードでやってきたんだなってことが手に取るようにわかった。あなたもこの現場に入ってきなさいよ、と誘われていたような感じだったな。先ほど、彼女が大人になっていくという話をされたけど、いつまでも彼女を子供のままにしておかないで、年相応の魅力的な女性に見えるようにしたいんだってことにも感動したんですよ。これまで僕は、女の子は若いうちが花だからという発想で狭い枠に押し止めようとする現場ばかり見てきていたから。ここは彼女を育てていくことを責任もってやっているんだと」

――もともとみちるさんの音楽にはどんなイメージをお持ちでした?

沖井「いろんな方がみちるちゃんに曲を書かれているけど、そのチョイスが絶妙だなと思っていました。みんなが心から喜んで曲を書いているさまを傍で見ていて、実は本当に羨ましかったんですよ。あと、暑苦しくなく、そしてすごく上手いという、ヴォーカリストとして僕がいちばん好きなタイプだった」

――福田さんにとっては年上の女性への曲提供になったわけですが、どのように制作は進んでいったのでしょう。

福田直木(ブルー・ぺパーズ)「レーベル・メイトなので、(スタッフから)前々から曲をお願いするねって、正式なのかどうかわからない話はしてもらってたんです(笑)。で、今回正式にオファーがあって、みちるさんの曲を片っ端から聴きながら僕らにしかできないものを探っていった結果、リズム面でいままでにないパターンを探そうということで、たどり着いたのがハーフ・タイム・シャッフルでした。J-Popで使用されることも少ないし、やったらおもしろいだろうなと。デモではヒップホップっぽいものを作ったんですけど、僕らは若いのにAORのことをよく知っている人たちというイメージを持たれているだろうし、あえてコテコテにしてしまおうと作り直しました。それでとあるミュージシャンのオマージュっぽく作ってたんですが、作業中にその方が亡くなるという出来事が起きまして」

――そのオマージュ元とは。

福田「アル・ジャロウですね。二人とも大好きでよく聴いていたんですが、“Mornin'”がふとみちるさんに合うような気がしたんですよ。ただ途中から曲そのものというよりも、その年代特有のマナーにこだわってやろう、という方向性が強くなっていったんですけど」

アル・ジャロウの83年作『Jarreau』収録“Mornin'”
 

――やけに沁みる曲になっていますよね。福田さんはもとからプロデューサーやソングライターなど裏方に興味があった?

福田「そうですね。リスナーとしては音楽から感じ取れる年代ごとの質感の違いにこだわりながら聴いてきたこともあって」

沖井「特にこだわってるのは〈82年〉なんでしょ?」

福田「はい。とにかくあの82年特有の音の響きが好きで、レコードから聴こえてくる音像がそのあたりからどのように変化していくのかも興味深くて。この音像にはこういう声質が合うよな、とか考えながら聴いたりしています。相方の井上(薫)ともよく話すんですが、(82年の音は)メロディーや詞の良さとは別の何かで、胸のあたりがかゆくなるような、ウキウキするような感じに強く惹かれるよなぁって。リヴァーブの掛かり方とか」

沖井「ちょうどDX-7が出る直前だよね。デジタル・シンセが出始める時期で、リヴァーブにもそういう要素が入っていた」

※YAMAHA製のシンセサイザー

福田「そうですね。音楽の世界では82〜83年から本格的に80年代が始まったところがある気がしていて、81年の音と比べると劇的に変化してるんですよ。それを“気がつけばLooking for your love”では再現してみたつもりなんですけど」

ブルー・ペパーズの2017年のシングル『ずっと/秋風のリグレット』トレイラー

 

何にもない真っ白なキャンバスだけど、紙質が良く筆がよく走る

はせ「基本的にみちるちゃんはジジイ殺しなんですよ。で、福田くんのことは〈フレッシュ・ジジイ〉だと思っているから、僕は」

沖井「ハハハ(笑)、井上くんもそうだよね」

はせ「ここであえて不遜なことを言えば、Kyon2(小泉今日子)、森高千里、星野みちる、のラインね」

――それは最強にキラーですね~。

はせ「おじさんがほっとかない女の子っているんですよ。大滝詠一さんや近田春夫さんが曲を提供せずにはいられないKyon2がいて、細野(晴臣)さんがアルバムを作ってしまう森高がいて。そしてみちるちゃんもまた年齢不詳のおじさんから本格的なおじさんまで寄せ付ける力を持っている」

――この話の流れでお名前を出すのは少し気が引けますが、今回は杉真理さんが曲提供をしているのも話題になっています。彼ははせさんや沖井さんよりもひと世代上のミュージシャンですよね。だからこのアルバムには、みちるさん世代、福田さん世代と、ほぼ4世代が揃っていることになるんですね。

はせ「上と下の差は40ぐらい違うんですね。でも、アルバムを聴いているとみちるちゃん独自の色が滲み出ていて、不思議と統一感が出てしまうという。あと、僕らは芸能的なところじゃない場所で音楽をやっているから時折頭でっかちな感じに聴こえるものを作ってしまうんだけど、みちるちゃんのメジャー声がキレイに〈均して〉しまうんです。ヒップホップをやらせてもハウスをやらせても〈星野みちる〉になる。だから異種格闘技みたいですよね。今回の沖井さんの“鏡の中の私”も、あのプログレっぽいドラムを簡単にねじ伏せてしまうヴォーカルがもう……」

沖井「ゲンちゃん(原“GEN”秀樹)がどんなにがんばっても彼女がひと捻りで……」

はせ「ねじ伏せてしまう(笑)。以前本人にも伝えたんですが、あなたは真っ白だと。何にもない真っ白なキャンバスだけど、紙質がいい(笑)。だから筆がよく走るって」

――参加されたみなさん、確かにいい具合に走ってますもんね。

沖井「作曲家として腕が鳴るんですよね。初めに何やってもいいって言質も取ったし、何やってもみちるちゃんになるっていう安心感もあるし。今回少し歌謡っぽさに寄せたやつとか4~5つぐらいのパターンのものを書いたんです。でも、他の人がやってもそうなるんじゃないか? だったらいちばん妙なのでいいやって発想に辿り着いて、振り切ったものを作りました。とはいえ、まさかこれでシングル切るとは思わなかったな(笑)」

星野みちる 鏡の中の私 HIGH CONTRAST/ヴィヴィド(2017)

福田「あの安心感って何なんでしょう。僕らまだそんなに(曲提供の)経験がないけど、何やっても大丈夫だろうという気持ちになれたんですよね」

はせ「なんなんですかねぇ。まぁ、〈知らない〉強さもあると思うんですよね。変に(音楽の)知識があったらトレースしようとしてしまうのでしょうけど、雑念が入らないこともあってうまく作用している。でもやっぱりわれわれ周りが優秀だからです(笑)!」

一同「ハハハ(笑)」

はせ「すごいスピードの出る車なんだけど、彼女が走るデコボコ道をローラー使って走りやすく均してるのは僕たちだもんね」

沖井「彼女の声って楽器的な音色として非常に耳に残るんですよ。そういう意味で曲が作りやすかったところもありますね。あれだけレンジも広いのに、高いところにいっても低いところにいっても声のニュアンスが変わらないんですよ。なかなか珍しいヴォーカリストだと思う」

――常にニュートラルな状態にあるっていうことなんですかね。

はせ「何も考えてないんじゃないですかね」

沖井「(笑)。僕はいま清浦夏実という26歳のヴォーカリストと一緒にやってるんですが、基本コミュニケーションが成立しない。ねじれの位置なんです。でも清浦は僕が書く曲に対して何も言わずに歌ってくれるし、そういう点ではやりやすさはあるんですけど、みちるちゃんはもっとなんていうか……〈福田くんが曲書いてくれた~サイコー!〉とか言いながら、あの調子で歌っちゃう(笑)。そこに作為のようなものが生まれることはないんですね。無駄なことをしないから、あえてこちらが何か言う必要もない。そこは筋が通ってるかなと」

TWEEDEESの2017年のミニ作『à la mode』収録曲“à la mode”
 

はせ「最近は、何も考えてないところがオリジナルなのかな?と思っていて。例えば2000年代のR&Bシンガーって例にもれずビヨンセの影響を受けてるでしょ? ああいう暑苦しい歌い方がカッコ良いんだって思い込みがある。で、みちるちゃんの思い込みはどこにあるのか。それがまったくわからない(笑)。判別不可能ということは、それがオリジナルなのかなと」

――まさかこんな反応が返ってくるとは!?って驚かされることはよくあるんですか?

はせ「え、普段喋っていてですか? そんなのいくらだってありますよ。この間も〈売れようが売れまいが、どうせすぐに死んじゃいますもんね~〉ってのたまってましたし(笑)。それを耳にしたので〈Unstable Girl〉(=不安定な少女)って歌詞を書いたんですから。あなただいぶユラユラ揺れてるねって」

――かなりニヒルで刹那的ですね。

はせ「彼女はだいぶパンキッシュですよ」

――アルバムの仕上がりについて、沖井さんと福田さんはどう感じてらっしゃいますか?

沖井「いろんな人が書いた曲をみちるちゃんが串刺しにして〈THEみちる〉にしかなっていなかったですね。だって曲ごとにアレンジャーもエンジニアも違うわけなのに、よくこうやって違和感なく1枚にまとまってるなって驚きますよ。僕としてはアルバムの中で少し浮いてしまうぐらいにしてやろうって目論見を持って作ったつもりなのに……」

福田「僕らだってそうです(笑)。浮いてやろうと意気込んでいたのに、むしろ自分たちがいちばん埋もれているんじゃないかと思えてしまったぐらい(笑)」

はせ「みちるちゃんが、〈出しゃばるな!〉ってみんなの頭を押し込めちゃうんだよね(笑)」

沖井「みちるコンプ(レッサー)がかかっちゃう(笑)」

――ハハハ(笑)!

はせ「どんな料理にもソースかけちゃうみたいな人だよね(笑)。あ、これはちょっと悪い例えか(笑)」

沖井「さっきからそんな例えばっかりじゃん(笑)!」