ブリーダーズが帰ってきた! 80年代末から90年代初頭にかけてUSのロック・シーンで起こった〈オルタナ〉という革命。ここからニルヴァーナやソニック・ユースなど、歴史に名を刻むバンドが次々と登場したわけだが、そのうちのひとつがピクシーズであり、そこでベースを担当していたキム・ディール率いる4人組こそ、89年に結成されたこのブリーダーズである。
構成員は時期によって異なるが、主要メンバーはキムと彼女の双子の妹であるケリー・ディール。ピクシーズがフランシス・ブラックのワンマン体制になりつつあったことを不満に思い、自分のグループを作ろうと決心したキムにとって、ここは見晴らしの良い新天地だったに違いない。そんな彼女の意気込みを反映するかのように、ピクシーズ解散後にリリースしたセカンド・アルバム『Last Splash』(93年)がヒットを記録し、彼女たちは大きな注目を集めた。ちょうど〈ライオット・ガール〉ムーヴメントが巻き起こり、女性バンドが活躍の場を広げていった時代。とはいえ、数で言えばまだそれほど多くはなく、ブリーダーズの成功が後続の女性ロッカーに与えた影響は計り知れない。
ケリーのドラッグ問題で活動休止を余儀なくされたり、キムがピクシーズの再結成に参加したこともあって、『Last Splash』以降に発表したアルバムは『Title TK』(2002年)と『Mountain Battles』(2008年)のみと寡作ながら、いずれも高い評価を受けている。そして、ちょうどグランジ/オルタナ・リヴァイヴァル人気が盛り上がりはじめた2012年に、『Last Splash』のリリース20周年プロジェクトの一環で当時のメンバーが再集結。2013年にピクシーズをふたたび脱退したキムはブリーダーズに専念し、ライヴ活動と並行して曲作りを開始するのだ。そんなこんなで完成した『All Nerve』は、実に10年ぶりの新作となる。
レコーディングには旧友のスティーヴ・アルビニに加え、フォロワー代表としてコートニー・バーネットもコーラスで参加。エッジーなギター・サウンドとパワフルでダイナミックなドラムス、そしてキムの凛々しいヴォーカルといった〈らしさ〉は本作でも揺るぎない。第一声の〈Good Morning!〉というシャウトに驚かされる先行シングル“Wait In The Car”をはじめ、シャープな音像がオルタナ度満点だ。不穏なムードを漂わせた“MetaGoth”然り、ポスト・ハードコア的なアンサンブルで迫る“Howl At The Summit”然り、生々しい演奏に乗って剥き出しの感情がぶつかってくる。その一方で、タイトル曲や“Spacewoman”など、キムの少女のような歌声と歪んだギターのコントラストでじっくり聴かせるナンバーも披露。とりわけギターとコーラスが幾重にも重り、幻想的な音響空間を生み出していく“Dawn: Making An Effort”は、これまでの彼女たちにはなかったタイプの楽曲だろう。トータルの収録時間は34分と短めだが、聴き応えは十二分。スタジオに張り詰めた緊張感や空気の振動までもが伝わってくるようで、凄みさえ感じさせられる。
コートニー・バーネットはもちろんのこと、ミツキやブリーといった新世代のアーティストにディール姉妹の遺伝子がはっきりと見て取れるいま、『All Nerve』はブリーダーズのことを知らない世代のリスナーにとっても最高のプレゼントとなるはず。どんなに時間が空いてもこのバンドのアルバムを作り続けてきたキムにとって、おそらくそれはライフワークのようなもの。20年前に解散していたらちょっとした伝説になっていたかもしれないが、ブリーダーズの名のもとでやるべきこと/やりたいことがまだまだある――本作はその証明なのだ。
ブリーダーズ
キム・ディール(ヴォーカル/ギター)、ケリー・ディール(ヴォーカル/ギター)、ジョセフィン・ウィッグス(ベース)、ジム・マクファーソン(ドラムス)から成るロック・バンド。ピクシーズで活動していたキムとスローイング・ミュージズのタニヤ・ドネリーが中心となり、89年にマサチューセッツで結成。90年に『Pod』でアルバム・デビュー。大幅なメンバー交代を経て93年の2作目『Last Splash』でブレイクする。2度の活動休止を挿み、2002年に3作目『Title TK』、2008年に4作目『Mountain Battles』を発表。2012年にジョゼフィンがバンドへ戻り、『Last Splash』時のメンバーによるツアーが話題を呼ぶなか、3月2日にニュー・アルバム『All Nerve』(4AD/BEAT)をリリースする。