ポリス時代から一貫してレゲエへ強い関心を寄せてきたスティング。2016年にはロックに回帰した作品『57th & 9th』を発表するなど、音楽界のポップ・スターとしてまったく衰えを知らないパワフルな活動を続けている。そんなスティングが御年66歳にしてはじめてレゲエ・アルバムをリリースする、しかも、同じく押しも押されもせぬポップ・スターであるシャギーとがっぷり四つに組んで制作をした、と大きな話題を呼んでいるのが本作『44/876』だ。
その『44/876』というビッグ・リリースの秘密を、レゲエ関係の著作もあるライター/翻訳家の池城美菜子が紐解いた。スティングとシャギーを繋いだレゲエというキーワードから、制作の経緯、二人の微笑ましいエピソード、そしてアルバムに込められたメッセージまで、本作の魅力がたっぷりと語られている。 *Mikiki編集部
スティングがレゲエにがっつり取り組んでいる!?
スティングが“Don't Make Me Wait”という曲で、レゲエにがっつり取り組んでいるらしい! そのパートナーは〈レゲエ・アンバサダー〉の異名を取るシャギー! え、ふたりはどういう関係? 一曲だけじゃなくてアルバム丸ごとって話も出ているよ……。
60回目のグラミーを控えた1月下旬、ニュースが海を越えてレゲエ関係者の間で駆け巡った。最初の兆候は、シャギーがジャマイカの首都、キングストンで主宰する1月6日のチャリティー・コンサート、〈シャギー&フレンズ〉へのスティングの出演。ジャマイカのバスタマンテ小児病院への寄付を募るため、一年おきに開催されているコンサートだ。これまでもジャマイカ内外の人気者が出演しているものの、スティングは格段に大物。その流れで、グラミー授賞式でスティングがパフォーマンスを披露した際、シャギーがゲストで登場し、スティングの代表曲“Englishman In New York”をもじった、シャインヘッドの“Jamaican In New York”を歌って会場を沸かせた。
グラミーのステージでもちらっと披露した“Don't Make Me Wait”でのコラボのきっかけは、2016年にシャギーがデモをプロデューサーのマーティン・キーゼンバウムを通じてスティングに聴かせたこと。「あまりに気に入ったものだから、バック・コーラスだけじゃなくて、もう少し(踏み込んで)やりたい、と伝えて一緒に僕のヴァースを書いた。お互いのことをもう少し良く知る機会を経て、共通点が多々あることに気づいたんだ。音楽の趣味が似ているし、人生、自然、人間性についてなど、価値観も良く似ている」。スティングのコメント通り、共演を果たした仕事仲間という関係を越えて出来上がったのが、ふたりが声を揃えて言うところの〈友情に基づいたアルバム〉、『44/876』なのだ。
スティングとシャギーを繋いだ、レゲエという〈友だち〉
スティングが66歳、シャギーは49歳。大人の友人関係は疎遠になりがちだし、新しい友だちを作るのはさらに難しい。ロックとレゲエという、それぞれのジャンルで、スーパースターの地位にずっと留まる離れ業をやってのけるふたりでさえ、それは私たちと同じだろう。いや、スーパースターという孤独な場所にいるからこそ、力関係が対等な友人を作ることはもっと難しそうだ。それなのに、スティングは「一緒にいてただとても楽しかったんだ。一緒に歌っていない時は、笑っていた」と、軽やかに話す。素のシャギーは〈コメディアンになっても成功するのでは〉と思えるほど、明るいキャラ。YouTubeにアップされているレコーディング風景の映像でも、スティングは笑い転げている。
ふたりを繋ぐもうひとり、いやもうひとつの〈友だち〉はレゲエだ。シャギーはジャマイカからNYに移り住み、“It Wasn't Me”や“Oh, Carolina”などのビッグ・ヒットでボブ・マーリーの次にレゲエを世界に紹介した第一人者。実は、スティングとレゲエの関係も、遠くない。〈スティングの名前は知っているけど、どちらかと言えば親世代が聴いていたアーティスト〉というMikiki読者もいるだろうから、彼のキャリアを織り込みながらそのあたりを紐解いてみよう。
スティングがリード・ヴォーカル/ベーシストとして在籍した3人組のポリスは、79年にセカンド・アルバム『Reggatta De Blanc』を放ち、83年に金字塔『Synchronicity』でイギリスから世界の音楽シーンを一新。その音楽性を構成するジャンルに、レゲエが含まれていたのは広く知られる。ソロになってからもスティングは“Love Is The Seventh Wave”(85年)という、もろにレゲエの曲も作っている。本人の弁。
「僕は西インド諸島から人々が移り住んできてコミュニティを作った50年代のイギリスで生まれ育った。まず、カリプソ・ミュージックに触れ、それからブルー・ビート※、スカ、そして70年代にはボブ・マーリー、レゲエに出会った。(彼の音楽は)ロックンロールをその根底から覆したので、僕は大いに影響されたよ。ドラムのプレイの仕方や、ベースがいかに重要か、といったことなどにね。ベース・プレイヤーの僕にとっては嬉しい発見だった」
ちなみに、ボブ・マーリーはスティングより6歳年長。ボブが病に倒れてから81年に亡くなるまでの時期は、79年にデビューしたポリスがスターダムに駆け上がっていた時期と重なる。イギリスでレゲエを広めたのは、BBCラジオでレゲエの番組を担当し、サウンド・クラッシュでも活躍しているデヴィッド・ロディガンだ。ロディガンは、スティングと同い年。昨年、彼が出版した半生記『My Life In Reggae』には「10代の頃、同年代でかっこいいとされて若者の間で大流行したのがレゲエで、そこからパンクに流れた人も多かった」という記述がある。
少し乱暴に訳してしまったが、植民地だったジャマイカから人と文化が流入し、社会的に軋轢を起こしながらも音楽的に一気に豊かになり、様々なジャンルが花開いたのが、60年代から70年代のイギリスであり、スティングの少年〜青年期なのだ。スティングは、こうも話す。「ボブ・マーリーの政治的な声、そして彼の歌のスピリチュアルなところに大きく影響され、それが僕のDNAの一部となった。だから、再びジャマイカに戻り、このような形でその恩返しできるのは良いものだよ」。
シャギーの話もしよう。コミカルなリリックで知られる彼だが、ティーンエイジャーのときにジャマイカからブルックリンのフラットブッシュ地区に移住し、90年の湾岸戦争にアメリカ兵として従軍した人である。軍を退いてからスカのリメイク、“Oh, Carolina”(93年)で大ブレイク。2000年には“It Wasn't Me”のヒットから、ダイヤモンド・セールス(1,000万枚。プラチナ・ディスクの10倍)を叩き出している。ちなみにスティングは生涯で1億枚(!)のアルバムを売っている。音楽の売り方が違う時代とはいえ、その息の長さ、広がり方は驚異的だ。
『44/876』はとても聴きやすい作品だが、この作品に行き着くまでのふたりのキャリア、イギリスとジャマイカの歴史の重みを加味すると、また違って響くかもしれない。
『44/876』には、ここ日本でも効くメッセージがたくさん詰まっている
作品のナヴィゲートもしよう。タイトル曲“44/876”は国際電話をかけるときのイギリスとジャマイカの国番号をつなげている。不穏な世界情勢に気を病んだスティングが、ジャマイカにひとっ飛びしてゆっくりしようかな、という筋書き。シャギーと一緒に両手を広げて待ち構えているのが、レゲエDJのアイドニアと、兄弟バンドで日本でも大人気のモーガン・ヘリテッジだ。強面で売っているアイドニアが爽やかキャラに徹していたり、美声揃いのモーガン・ヘリテッジの面々が演奏に専念していたり、細かいところで贅沢。
先行シングル“Don't Make Me Wait”と“Gotta Get Back My Baby”は大人のラヴ・ソング。“Gotta Get Back My Baby”で聞かせる切なさを内包したスティングの歌唱は、マイナーコードのレゲエとの相性が抜群だ。ロックステディ寄りの“22nd Street”は、NYのマンハッタン、22丁目のこと。マンハッタンを徘徊しながら昔好きだった女性に思いを馳せるくだりなど、“Englishman In New York”のその後とも取れる。
スティングとシャギーは、ふたりともNY在住。リベラルな土地柄で民主党が強く、NYのクイーンズ出身ながら極端な保守主義を取っているトランプ大統領は、むしろ嫌われている。トランプ大統領が先導している方向性に〈否〉を唱えているのが“Dreaming In The U.S.A.”。「壁を作ろうなんてバカげてる」とインタヴューで明言しつつ、「あんなに憧れたUSAは大丈夫なんだろうか」とやんわり釘を刺している。
〈いつか夜は明ける〉と歌う“Morning Is Coming”と “Waiting For The Break Of Day”も、アーティストとして、大人として希望を捨てない姿勢を詩的なリリックに込めている。苦労して育ち、罪を犯した男性が法廷で裁かれる“Crooked Tree”や夜勤をテーマに生活苦を歌った“Night Shift”は、様々な局面に立った人のドラマを、リリックと裏打ちのリディムであぶり出す〈どレゲエ〉である。
個人的なおすすめ、お気に入りは“Just One Lifetime”。〈人生は一度きり〉という普遍的なテーマを、〈新しい世界に一緒に向かおう〉というポジティヴなメッセージとともに、正統派のレゲエに乗せてふたりが歌う。この曲のレコーディングの映像でシャギーが「王様とキャベツってどういうこと?」とスティングに尋ねる一コマがあるのだが、抽象的な歌詞も含めて聴くたびに違う意味合い、景色が立ち上がる深い曲だ。ダンスホール・レゲエの代表的なアーティストであるシャギーが、スティングの音楽性、歌声となじみやすいオーセンティックなレゲエに取り組んだ結果、新たな歌声の魅力を聴かせているのも楽しい。
このプロジェクトを成功させたプロデューサーとミュージシャンの話も。大まかな曲を作ったのは、レゲエの重鎮プロデューサー、スティング・インターナショナル。それから、スティングのA&Rを務め、今回シャギーと引き合わせたマーティン・キーゼンバウム。スライ&ロビーの片割れである大御所プロデューサー/ベーシストのロビー・シェイクスピアや、スティングの腹心ギタリスト、ドミニク・ミラーなど参加ミュージシャンも超一流だ。
アルバムはダンスホール色が薄いが、シャギーは自分のファンのことを考えて、ダンスホールやダブ・リミックスをいくつも用意している。それも、レゲエ・セレクターの重鎮、元ストーン・ラヴのローリーからハウス系のデイヴ・オーデまで大物を起用しているので、この夏はスティングの歌声がクラブのフロアーでも響き渡りそう。スティングのヨーロッパ・ツアーにシャギーも参加するというので、ぜひ、そのまま日本にも来てほしい。
「ジャマイカのモットーは〈アウト・オブ・メニー、ワン・ピープル(多人種からなる一つの人々)〉だからね。立場を対等にすることによって、温かさを育むのがレゲエなんだ」とシャギー。そのモットーを流用すると、スティングとシャギーが対等の立場で友情を育み、この温かなアルバムを作り上げたわけだ。『44/876』には、ギスギスしてきた日本でも効くメッセージがたくさん詰まっている。ヴェテランふたりの軽やかな力技を堪能あれ。