ソロ・アーティストとして活動していた〈E〉ことマーク・オリヴァー・エヴェレットが95年にロサンゼルスで立ち上げたイールズは、当時の北米シーンで異彩を放っていた。パーソナルな悲しみが込められた歌詞、かすれた歌声、ブレイクビーツとローファイなインディー・ロックとを組み合わせたプロダクション――Eのソングライターとしての才能が遺憾なく発揮された初期の作品群は、いまも根強い人気を誇っている。
その後も立ち止まることなく活動を続けてきたイールズが、12作目となるアルバム『The Deconstruction』を発表した。〈最高傑作〉の呼び声が高い『Electro-Shock Blues』(98年)を彷彿とさせる本作で、Eは何を歌っているのか? それは、〈希望〉や〈光〉だと岡村詩野は論じる。本稿では、そのキャリアと重要作品を振り返りつつ、新作『The Deconstruction』の魅力を紐解いた。 *Mikiki編集部

いまの時代にこそイールズののヒューマンな歌が必要だ
Netflixオリジナルの人気ドラマ『ラブ』のメイン・キャストの一人であり、ヒゲにおデブなルックスで愛されている俳優のマイク・ミッチェルが、おばあちゃんの誕生日に道路を踊りながら花を届けに向かう“Today Is The Day”のミュージック・ビデオ。この曲でイールズの首謀者、Eことマーク・オリヴァー・エヴェレットは歌う。〈変わることについての自分の歌をただ歌いたかったんだ/今日からスタートするんだ〉。
このコミカルなMVを観て、そして、そこで繰り返し歌われている素直なメッセージに触れ、いまの時代にこそイールズのような〈痛みと慈しみとを同時に知る者のヒューマンな歌〉が必要なのかもしれない、と思った。相手の気持ちを慮り、自身の傷や過去にゆっくりと蓋をしながら、静かな再出発を素直に誓うようなこの歌が、セクハラやパワハラが世界中のあちこちで横行している現在に、アイロニカルだが優しさに満ちたカウンターとして聴き手の心に響くのではないかと。