どんなに世界が変わろうとも、この男は愛の喜びを、人との繋がりの大切さを優しく歌い続ける。 少しだけ足を止め、潮風に乗って届けられたオーガニック・ポップと深呼吸してみないかい?

やっぱり愛を伝えたい

 ジェイソン・ムラーズが2014年作『Yes!』ぶりとなるニュー・アルバム『Know.』を完成させた。この4年間で彼の周りにはいろいろな変化があったという。

JASON MRAZ Know. Atlantic/ワーナー(2018)

 「『Yes!』のツアー中に婚約して、2015年に結婚したので、それからしばらくは妻とゆっくり過ごしながら、アボカドのほかフルーツも栽培している自分たちの農園をしっかり経営できるよう環境を整えていたんだ。その間にヨガのトレーニングを受けたりもしてたね。そして2017年にはブロードウェイに出演したよ。そんなこんなであっという間に3年が過ぎ、〈そろそろ新曲を書かなきゃ〉と思って……。で、いまに至る感じかな」。

 そんな4年の間に彼が暮らすアメリカという国も政権交代と共に大きく変わった。日々の幸せをテーマに曲を書くことの多いジェイソンだが、世の中の動きから曲が出来ることはないのだろうか。

 「なくはないし、実際に怒っている曲や落胆している曲もいくつか書いた。だけど、どうもしっくりこなかったんだ。どれも歌いたい曲にはならなかった。なぜ自分が曲を書くかというと、やっぱり人との繋がりや愛を伝えたり、共有したりしたいからなんだよね。衝突や戦いを音楽にするのは得意じゃないんだ」。

 かくして今作もジェイソンらしく愛と希望のメッセージが詰まった、ハッピーなヴァイブスを大いに感じられる作品に仕上がっている。

 「妻宛てのラヴレターがたくさん詰まったアルバムだよ。付き合っていた当時の彼女への思いや、婚約した時の思いを書いたものもある。と同時に、若い人たちを良い方向に導いたり、応援したりしたいと思って書いた曲もある。世の中の状況を鑑みて否定的な気持ちが起きることだって僕にもあるよ。でも、やっぱりそれをいかに肯定的なものへ変えられるかが大事だと思うんだよね。前作のタイトルを『Yes!』にして、今作を『No』じゃなくて『Know.』としたのも単なる言葉遊びではあるけど、〈Knowledge〉は否定を肯定に変えるための力になる。それから〈確信〉という意味もあって、愛がすべての答えを導き出すものだと僕は確信している。そのことを伝えたかったんだ」。

 ところで、前作ではブライト・アイズのマイク・モギスとガップリ組んでいたが、今回はアンドリュー・ウェルズ(ファイヴ・セカンズ・オブ・サマー、メーガン・トレイナーら)、デヴィッド・ホッジズ(クリスティーナ・ペリー、ケリー・クラークソンら)など、複数のプロデューサー/ソングライターを召喚。それについてはこう説明する。

 「例えば“Love Is Still The Answer”は僕とダン・ウィルソンとの共作なんだけど、彼はシンガーであり、ソングライターであると同時にプロデューサーでもあるから、そのままプロデュースもしてもらった。他の曲も同じように、一緒に曲を書いた人にプロデュースまで頼んだのは効率性を考えてのこと。で、アルバム全体の監修はアンドリュー・ウェルズに依頼したよ。彼は24歳にしてスタジオでのキャリアがすでに10年もあってね。レコーディングに関する知識をしっかり持っているうえ、若いから吸収力もある。それに彼は若者らしくデジタルに関する知識を十分に持ちながら、同時に生楽器とアナログ・サウンドの価値も知っている。人間味を音に反映させることができるんだ。バランスが凄く良いんだよ」。

 アンドリューとの制作はとても楽しかったようで、「彼との作業を通じて僕自身も若い感覚を取り戻せた。前作や前々作の時は〈もっと成熟したところを見せよう〉と意識しすぎていたんだよね。でもふと思ったんだ、〈どうして自分はそんなに先を急いでいるんだろう?〉って。いまを純粋に楽しまなきゃ意味がないだろ?」とコメント。

 

いちばん言いたかったこと

 そうした思いは、心地良いリズムに乗せて歌われる明るくハッピーな“Have It All”や“Making It Up”にとりわけわかりやすく反映されている。シンプル・イズ・ベスト――そんな精神が表れてもいるのだが、シンプルで良い曲を書くコツはあるのだろうか。

 「まず、ヴァースの中に必ず引っ掛かりのある箇所を作る。それからパンチラインに行き着くまでが長すぎるとダメだと思っていて、聴く人が少しでも退屈に感じそうな部分があったら、そこは思い切って省くんだ。といっても、短ければ良いというわけじゃない。2分強でちょうど良い曲もある一方、アルバム最後の“Love Is Still The Answer”なんかは6分以上あって、この尺でないと説得力が生れない。ライヴ・パフォーマーとして長くステージに立ってきたから、感覚的に塩梅がわかるんだ。ステージで歌っていると、〈この曲はこのくらいの分数だからお客さんが楽しんでくれているんだな〉〈曲のこのへんでエモーションのピークを持ってこないと退屈するんだな〉って感じるんだよ」。

 とはいえ、自分の決めたルールに従いすぎるのも良くないことを彼は知っている。ならば、2008年の“I'm Yours”がそうであるように、長く人々の記憶に残る曲はどうやって生まれるのか訊いてみた。

 「チャレンジングな書き方もいろいろやってみるんだけど、結局のところ自分の心に導かれるまま書いた曲、伝えたい歌詞を支える程度のコード進行で書いた曲のほうが残るものになることは多いね。こねくりまわした末に完成した曲は、やっぱりあんまり歌いたくならないものだよ」。

 そういう意味で、彼の話にも出てきた“Love Is Still The Answer”は長く残ることになるだろう。「愛がすべての答えを導き出すものだと確信している」との思いを真摯に綴ったこのバラードこそが、間違いなく本作のハイライト。ジェイソンの歌唱も深く胸を打つ。長いキャリアの中でも屈指の名曲だ。

 「さっき〈衝突や戦いを書くのは得意じゃない〉って話をしただろ? 僕たちは平和な世界を作るために生きているのか、戦争をするために生きているのか——“Love Is Still The Answer”はそういうことにもう一度向き合って作ったものなんだ。確かにこれがアルバムの中でもっとも言いたかったこと。ちなみに、以前の僕は言葉をたくさん詰め込んで歌っていたけど、2012年にスティール弦のギターに変えてからはなるべく少ない言葉でメッセージを伝えるようにしている。伝えたいテーマをよりダイレクトにみんなへ届けようと、歌い方を模索したんだ。“Love Is Still The Answer”はそのひとつの成果だね」。  

ジェイソン・ムラーズが客演した作品。

 

『Know.』に客演したメーガン・トレイナーのニュー・アルバム『Treat Myself』(Epic/ソニー)。8月31日にリリース予定!

 

変わらないようで少しずつ進化してきたジェイソンの音楽ヒストリー

 77年にヴァージニア州で生まれ、地元のスターであるデイヴ・マシューズを聴いて育ったジェイソン・ムラーズのサクセス・ストーリーは、サンディエゴへ引っ越したところから始まります。彼はサーフ・スポットとして有名なオーシャン・ビーチにあるカフェでライヴを行うようになり、メジャー入りの切符をゲット。フォーク~ブルースを咀嚼したポップなサウンド、ポジティヴな歌詞、ラップ交じりの歌唱――デイヴ・マシューズ・バンドを手掛けるジョン・アラジアがプロデュースした2002年の初作『Waiting For My Rocket To Come』(リイシュー求む!)の時点で、ジェイソンの基本スタイルは確立され、前年にデビューを飾ったジョン・メイヤーやジャック・ジョンソンと共に、普段着系のアコースティックな男性シンガー・ソングライター人気を引っ張っていくわけです。

 続く、スティーヴ・リリーホワイトと手を組んだ2作目『Mr. A-Z』(2005年)は前作の路線を踏襲しつつも、レゲエ要素がより顕著に前へ出てきたり、ラテン音楽的な哀愁を滲ませたりと曲調が多様化。そして、マーティン・テレフェを指揮官に迎え、ジャジーな意匠も加わった3作目『We Sing. We Dance. We Steal Things.』(2008年)でグラミーを獲得しています。日本でもたびたびCMソングなどで使用されている“I'm Yours”がここに入っていることも補足しておきましょう。

 その後、髪と髭を伸ばし、ヒッピー的な出で立ちでファンを驚かせた2012年作『Love Is A Four Letter Word』では、社会的なメッセージも込めてリリック面で冒険。そこでの挑戦をゴスペル調の“Back To Earth”などに結実させた2014年作『Yes!』は、チェロやシタールを導入しながらテンポダウンして壮大な音世界を描き、落ち着いた大人の魅力をアピールする一枚に。ただ、〈やっぱりウキウキするようなラヴソングが聴きたい!〉と願う女性リスナーが多かったのも事実で、今回の『Know.』はそんな皆さんの欲求もきっと満たしてくれるはずですよ。 *山西絵美

ジェイソン・ムラーズのアルバム。

 

ジェイソンと同世代のライヴァルたちや、彼のチルドレンの近作をチェック!

DAN WILSON Re-Covered Ballroom(2017)

『Know.』で10年ぶりにジェイソンと共作しているダンが、アデルやジョン・レジェンドらへの提供曲をセルフ・カヴァーした一枚。ダリアス・ラッカーさながらに爽やか&グルーヴィーなカントリー調の演奏と、インドア向きの繊細な裏声の組み合わせがなかなか新鮮です。

 

JOHN MAYER The Search For Everything Columbia/ソニー(2017)

〈ポスト・ジョン・メイヤー〉との触れ込みで登場したジェイソンにとって、彼の存在はいまも気になるはず。この最新作ではベイビーフェイス風の生音ソウルに寄り、元カノへの未練を吐露。私生活の充実ぶりはジェイソンが圧勝なようで……。

 

SHAWN MENDES Shawn Mendes Island/ユニバーサル(2018)

そのジョン・メイヤーが裏方で援護した本作もアコースティック・ソウル的な作りに。葛藤をテーマに内省へ向かいつつ、かつてショーンもカヴァーした“I'm Yours”っぽいジュリア・マイケルズ参加曲など、要所でジェイソンの遺伝子を感じることができます。

 

ANDY GRAMMER The Good Parts S-Curve(2017)

活動初期には〈ポジティヴ・キッズ〉とも呼ばれていたジェイソンの、底抜けに明るいリリックの魅力を受け継ぐLA生まれのアンディ。冒頭からトロピカル・ハウスを採り入れたこの3作目は、〈テン年代の『Mr. A-Z』〉と言いたくなる出来ですよ。

 

ERIC HUTCHINSON Easy Street Let's Break(2018)

何度もジェイソンとツアーを回ってきたピアノマンの6枚目となるスタジオ盤。G・ラヴとの“Good Rhythm”ほか、70sのファンク~ニュー・ソウルなグルーヴ感を追求したナンバーが抜群にカッコ良く、〈白いスティーヴィー・ワンダー〉の異名は伊達じゃない!

 

ED SHEERAN ÷ Atlantic/ワーナー(2017)

〈ジェイソンに対するUKからの回答〉なんて評されていたデビュー時のエド。南国ハウスや電化ハイライフなど本作ではモダンなアレンジに注目が集まりがちでしたが、恋人自慢ソング“Perfect”をはじめ、アンプラグドな演奏を背にアコギを弾き語る姿も変わらず素敵です。

 

PETE YORN,SCARLETT JOHANSSON Apart Capitol(2018)

2000年代のシンガー・ソングライター人気を担った男たちの中でドンファン的なイメージが強く、複数の女優と浮名を流したピート。本EPではセルジュ・ゲンスブールのような振る舞いで、パートナーのアンニュイな色気を引き出しています。

 

平井大 WAVE on WAVES avex trax(2018)

2016年作『Life is Beautiful』で“I'm Yours”をカヴァーしているジェイソン・チルドレンの日本代表が放った新作。ニュー・ジャック・スウィング調など流行を意識した楽曲と、温かな言葉を真っ直ぐ届ける簡素な生音ポップが同居し、夏のあらゆる場面にハマリそう。

 

PHILLIP PHILLIPS Collateral 19/Interscope(2018)

デイヴ・マシューズ似の塩辛声で、「アメリカン・アイドル」優勝直後にはジェイソンの心もがっちりキャッチ。本作ではその喉を活かし、従来の朗らかカントリーに加えてアリス・イン・チェインズ風のモダン・ヘヴィネスも披露し、世間をザワつかせています。

 

MAT KEARNEY Crazytalk Caroline(2018)

共にハットをトレードマークとする2人ですが、恋愛中のアツアツな様子を曲にするのが得意なジェイソンに対し、マットの十八番は号泣必至の失恋ソング。どころどころでフューチャー・ベースに挑戦したピンクなジャケの本作も中身はブルーです。

 

NIALL HORAN Flicker Capitol/ユニバーサル(2017)

「The X Factor」の出場時に“I'm Yours”を歌おうとするも、サイモン・コーウェルに止められたというナイルは、1D発足後に同曲をライヴで弾き語り。この初ソロ作でも、モロにジェイソン的なバラード2曲“This Town”“Fire Away”から変わらぬ忠誠心が伝わってきます。