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恋と音楽と文学と~めくるめく表情を見せるNYに魅せられた監督のラブレター

 タイトルからどんな物語を想像するだろうか。ニューヨークで暮らす繊細な男の子の自分探し? もちろん間違いではないのだが、それと同時に大人のラブストーリーやミステリーかと思うような複雑な人間関係が伏線として仕掛けられている本作は〈青春もの〉では片づけられない。鑑賞後はきっと上質な人間ドラマならではの思わぬ余韻に浸ることになるだろう。

 トーマスは作家志望の青年だが、出版社社長の父に冷たくあしらわれて、書くことをあきらめている。片思いするミミにはバンドマンの彼氏がいて、なかなか振り向いてもらえない。大学は卒業したものの、あてのない毎日。ところが隣室に謎めいた中年男性が引っ越してきたことから、トーマスの日常は一変してしまう。父の愛人との出会い、彼女との仲を心配するミミとの急接近……。

マーク・ウェブ さよなら、僕のマンハッタン VAP(2018)

 映画の原題は「The Only living Boy In New York」。サイモン&ガーファンクルの“ニューヨークの少年”と同題で、主人公のトーマスも歌詞の〈トム〉からとったと思われる。S&Gの曲とともに青年が大人へと成長していく通過儀礼が描かれることから、名作「卒業」と並称する人も少なくない。本作におけるファムファタル〈ミセス・ロビンソン〉は父の不倫相手、ジョハンナであり、ここではボブ・ディランの“ジョアンナのヴィジョン”が使用されている。劇中、ミミがバイトしている古書店はパティ・スミスが働いていた店など、全編を通じて、NYと音楽への愛に彩られているのも特徴だ。

 傷ついた青年が一歩、踏み出す勇気を得るNYでの出会い。彼自身、気づいていなかったが、彼の人生を支えていたのは、この街で暮らす、さまざまな人々の思いだった。

 地区ごとに違った表情を見せるNY。街のパワーが人と人を結び付け、ドラマが生まれて、やがて音楽や文学といったアートを創出していく。監督はNY在住、「(500)日のサマー」のマーク・ウェブ。人々を魅了して止まない、憧れのNYが本作で最も重要な役割を果たしている。