この世界はLoveで溢れている――父親として、夫として家族とじっくり過ごした2年間を経て、一段と深みを増した〈ポップ・ジャズの貴公子〉が綴る大きな愛の物語
当時3歳の長男が小児がんと診断され、すべての時間をかけて息子をサポートすべく2016年から休業していたマイケル・ブーブレだったが、〈完治した〉との報道が流れるなか、今年7月にはロンドンで行われたフェス〈British Summer Time〉とダブリン公演でステージ復帰。さらにこのたび新たなアルバムも完成させ、本格的に音楽の世界へ帰ってきた。
プロデュースは彼と長年コラボレートしてきたジョセム・ヴァンダー・サーグにデヴィッド・フォスター、そしてブーブレ本人のトリオによるもの。ブーブレの才能を見い出した恩師フォスターの参加は2011年の『Christmas』以来7年ぶりで、やはり〈相性の良さ〉とはこういうことを言うのだなと唸らされるほど、黄金のコンビネーションを見せている。彼はとりわけブーブレがスタンダードを取り上げる際に魔法を掛けるのが上手かったが、スタンダードを中心にした今作には『To Be Loved』(2013年)や『Nobody But Me』(2016年)の延長線上にあるモダンでポップなオリジナル曲もいくつか存在し、〈いまのブーブレ〉をしっかり伝える内容になっているあたりが流石だ。
アルバムのタイトルは『Love』。彼はこれまでも一貫して愛を歌ってきたものの、今回は「自分が休んでいる間も僕の家族は世界各地の人々から応援してもらい、祈ってもらっていた。この世の中には愛と人情が溢れているということに改めて気付いたんだ」というところでこの表題になったようだ。ナット・キング・コールのヴァージョンでよく知られる“When I Fall In Love”で幕を開け、華麗なオーケストラ・サウンドをバックに深みの増した歌声を聴かせるブーブレにたちまち心奪われる。続く“I Only Have Eyes For You”もスタンダード。そしてビッグバンドを率いて洒脱に振る舞うその2曲目とはガラッと雰囲気を変え、3曲目“Love You Anymore”はシンプルでオーガニックなポップソングだ。作曲を担当しているのはチャーリー・プース。当代きっての人気シンガー・ソングライターの書くメロディーがブーブレの柔らかで温かな歌表現を際立たせており、この起用は大正解と言えるだろう。
中盤に登場するエディット・ピアフ“La Vie En Rose”のカヴァーは、パリの匂いを漂わせながら軽やかさと郷愁を湛えた出来。ここでは〈いまもっとも表現力の高い女性ジャズ・シンガー〉と言っても過言じゃないセシル・マクロリン・サルヴァントをフィーチャーしていて、誰にも真似できない彼女の絶妙な力の抜き加減が麗しく、ブーブレもそのパフォーマンスに触発されてか、ふわっとまろやかなヴォーカルを披露している。続いての“My Funny Valentine”は打って変わって壮大かつ重厚なアレンジが特徴的で、ブーブレの歌唱も実にパワフル。このように柔らかな表現と力強い表現を並べるてメリハリをつけた全体の構成は映画的とも言え、曲単位ではなく一枚通して聴くことの喜びを感じさせてくれる。
ドリフターズのヒット曲でエルヴィス・プレスリーもカヴァーした陽気な“Such A Night”のお次は、ブーブレが盟友アラン・チャンと共作した“Forever Now”。7月末に初めての女児を授かり、3人の父親となったブーブレが子どもたちへの思いを真摯に綴った感動的なこのピアノ・バラードは、間違いなく家族とじっくり過ごしたこの2年間があったからこそ生まれたものだろう。そしてまた新たな一面を見せるのがクリス・クリストファーソン“Help Me Make It Through The Night”のカヴァー。ローレン・オルレッドとのデュエットでカントリーに寄せた歌を聴かせる姿が新鮮だ。そんな具合に終盤も華やかだったり、粋だったり、情感たっぷりだったりと、さまざまな表情を見せつつ展開していくこのアルバムは、まさしく現在の彼にしか作り得ない、愛に満ちた作品。聴き返すほどに味わいの増す傑作である。
マイケル・ブーブレのアルバム。
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