全て新録音による驚異の六枚組! ~後世に残すべきアファナシエフの“遺言”

 “鬼才”ヴァレリー・アファナシエフの新譜はCD6枚から成る『テスタメント(遺言)』。彼の得意とするドイツ・オーストリアの音楽の他、これまでほとんど録音してこなかったフランスものやプロコフィエフも収められており、彼の新たな挑戦も垣間見える注目作だ。これだけの内容をたった6日間のセッション録音、すなわち1日につき1枚で収めたというのだから、その集中力には驚嘆するほかない。

VALERY AFANASSIEV テスタメント/私の愛する音楽 ~ハイドンからプロコフィエフへ~ Sony Classical(2019)

 彼にとって初録音となるハイドンの3つのソナタ(DISC1)は端正な演奏で、彼独特のテンポの遅さはあまり聴こえてこない。音色の美しさと構築性を重視し、ペダルの少ない使用も相まって、軽やかな美しさに満ちている。彼が得意とするベートーヴェン(DISC2)は第4、16、19番を収録。ここでも曲のもつ優美さを最大限に活かした演奏を聴かせてくれる。アファナシエフが偏愛するシューベルト(DISC3)では“アファナシエフ節”ともいえるゆったりとしたテンポ設定が聴ける。特に4つの即興曲についてはそれが顕著で、一つ一つの音色が豊かに響くことでシューベルトの音楽の本質である“うた”の要素がかなり強調されている。DISC4のシューマンでは特に《アラベスク》が面白い。テンポを落としてニュアンスの変化を強調することで唐草模様の種類や色の濃淡が深まっていくようだ。フランスものを集めたDISC5ではビゼーの《演奏会用半音階的幻想曲作品》で改めて彼の卓越した技巧を実感することになる。しかしヴィルトゥオジティの誇示には終わらず、ショーピース的作品から抒情性を引き出す手腕はさすがといったところ。DISC6はプロコフィエフのソナタ第6番 《戦争ソナタ》を中心とした盤だが、無機質なイメージをもたれがちなこの作曲家から温かみのある人間性を引き出している。本盤は6枚組、テンポ設定の特殊性といったことを除いたとしても、作曲家や作品の新たな一面を引き出した革新的な盤となっていると言えるだろう。