20余年を費やし「無伴奏」全6曲を完成!
米国出身のヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンは「時を超えた少女」である。初来日は2000年11月。マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルの同行ソリストだった。「ツアーの別プログラムはクラウディオ・アバドさんが指揮したワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》全曲。ものすごい時差と闘いながらの《トリスタン》初体験でした」。当時21歳の新進ヴァイオリニストは5年前に録音したデビュー盤、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンのための「ソナタ第3番」「パルティータ第2&3番」(ソニー)で桁外れの音楽性を高く評価されていた。残り3曲の録音を思い立ったのは2012年。一度は完成したものの「日々刻々変化する考え方」に照らしては納得が行かず、とりあえず寝かせた。2017年に同じ録音会場(ニューヨーク州バード大学)で再びセッションを組み、5年前のテイクも交えながら「ソナタ第1&2番」「パルティータ第1番」の1枚(デッカ)を世に送り出した。
約20年の時を隔てての全曲完成、しかもレーベルは2社にまたがっている。「少しは消費者の側に立って、6曲すべてを録音し直すとか考えなかったのか?」と質してみた。
「あら、全部ダウンロードして1つのアルバムに編集するとか、2枚を1つのパッケージに入れ直すとか、そんなに大変な作業じゃないはずよ」と、先ずは爆笑編のアンサー。すぐに真顔となり、「作品解釈の基本は、とても若い時点で確立していました。美意識の基本を変える必要はありません。自分自身の成長や内面の変化、新たな人々との出会いを通じ、少しずつ視点を変え、異なる弾き方を試みながら、音楽の真髄を究めてきただけです。時には、2倍の早さで弾いたりもします。とにかくバッハの無伴奏曲にはリサイタルだけでなく、協奏曲のアンコール、子どものためのコンサート、野外イヴェント、バーでのライヴ…と弾く場所を選ばず、誰にでも通じる強さがあります」と続けた。
全6曲を2回に分けて弾くリサイタルの「禁」をようやく解き、東京でも披露した。無駄口をたたかずにバッハの「芯」を一心に見つめつつ、どこかにチャーミングな感触も残したヒラリーのバッハ。「バッハのパワフルなドラマをいかに表現するか、自分でも試行錯誤を重ねてきました。ある日、ラジオから流れてきたバッハのオルガン曲の響きに耳が釘付けとなり《これだ!》と。重低音や高音の輝き、いくつもの音のコントラストをレジスターの操作ひとつで実現できるパイプオルガンのように、私のバッハも多彩な響きを奏でられたらと思います」と、音の個性の背後に流れるオルガンの影響を打ち明けた。