〈「なぜ彼女は独りでいたのか?」「あんなに短いシャツを着て」 彼らは言った。「男の子なんだからしょうがない」。その耳に「No」という言葉は届かないみたいね〉
これは、ステラ・ドネリーの名が知れ渡るきっかけとなった“Boys Will Be Boys”で歌われるコーラスだ。親友からレイプ被害を告白された体験を元に書かれたこの楽曲は、レイプ加害者よりも被害者ばかりが責め立てられる〈ヴィクティム・ブレーミング〉や〈セカンドレイプ〉といった二次被害の問題を痛烈に射抜き、ステラの寄り添うような優しいギターの音色と歌声も相まって、図らずも〈#MeToo〉時代を象徴するアンセムとなった。どんなウソも見透かされてしまいそうなビッグ・アイと、誰もが恋に落ちてしまう人懐っこいキャラクター、そして優れた洞察力でダメ男や現代社会に切り込むソングライティング。彼女の言葉と音楽はいま、世界中のリスナーから共感を呼んでいる。
この度、デビュー・アルバム『Beware Of The Dogs』をリリースしたステラ。夏には早くも〈フジロック〉出演のため初来日も決まっているオーストラリア生まれの才媛が、なぜ人々にとって特別なシンガー・ソングライターとなりつつあるのか? その秘密に迫ってみよう。
STELLA DONNELLY Beware Of The Dogs Secretly Canadian(2019)
ハイヒールやドレスを強要され憤慨していたアマチュア時代
ステラ・ドネリーは、オーストラリア人の父親とウェールズ人の母親のもとに生まれ育ち、テーム・インパラを輩出したことでも知られるオーストラリア最西端の州都パースを拠点とする26歳。ハイスクール時代にはグリーン・デイのナンバーを歌っていたそうで、後に西オーストラリア・パフォーミングアート・アカデミーに進学し、ジャズやコンテンポラリー・アートを学んだ経歴がある。
大学中退後は、カヴァー・バンドの一員として結婚式や製薬会社の表彰パーティーなどで演奏。当時のレパートリーはB-52'sからAC/DC、さらにピンクまで何でもござれだったよう。だが、紅一点だからとハイヒールやドレスで着飾ることを強要され、酔っぱらいにセクハラまがいの発言をされることもあったそうで、男女の格差や不平等に憤りを感じていたという。件のバンドを辞めた後は、バーで働く傍ら地元のガレージ・パンク集団=ボート・ショウや、3人の女友達と結成したグランジ・ポップ・バンド=ベルス・ラピッズなどの一員としてギターを担当。ベルス・ラピッズとしての活動は開店休業状態のようだが、ヴォーカルのタナヤ・ハーパーはメチル・エチルのインタヴューでも名前の挙がっていた人物で、ステラに続いて2018年にソロ・デビューを飾ったばかりなのでチェックしてみてほしい。
エンジェル・オルセンに憧れ、やがて〈自分が本当に伝えたいことを歌う〉ためにペンを取ったステラは、2017年4月にローファイな手触りを残した5曲入りのデビューEP『Thrush Metal』を発表。もともとはメルボルンの〈Healthy Tapes〉からカセットで30本限定のリリースだったらしいが、デジタル配信がスタートするやオープニングの“Mechanical Bull”がSpotifyで影響力のあるプレイリストに加えられ、耳の早いリスナーの間でたちまち話題に。アディダスのキャップを被った女の子=ステラが、口いっぱいにスパゲッティ(焼きそばかも?)を頬張るジャケ写もインパクト絶大で、ここ日本でも多くのリスナーが年間ベストに選んでいたことは記憶に新しい。
いま聴いてもステラの魅力とポテンシャルが爆発している同作は、2018年6月に現在の所属レーベルであるUSインディー名門〈シークレットリー・カナディアン〉から、鬼気迫る歌唱が胸を打つ“Talking”を追加収録してリイシュー。ちなみに、タイトルはあの〈スラッシュ・メタル〉の〈Thrash〉ではなく、スペル違いの〈Thrush(鳥類のツグミ)〉なのでお間違えなきよう。
“Boys Will Be Boys”が#MeToo時代のアンセムに
『Thrush Metal』のリリースから程なくして、将来の活躍が期待できるアーティストと音楽業界を結ぶ祭典〈BIG SOUND〉において、ステラは栄えある〈Levi's® Music Prize〉を受賞。2万5千豪ドルの賞金とリーバイスからの支援を満場一致で勝ち取っている。彼女の他には同じ豪州からアレックス・レイヒー、ローリング・ブラックアウツ・コースタル・フィーヴァー、ハッチーらも受賞しており、かなり信頼の置けるアワードと言えそうだ。
オーストラリアではすでに大きな存在となりつつあったステラが世界的なブレイクを果たしたのは、言うまでもなく『Thrush Metal』に収録された“Boys Will Be Boys”が突然注目を集めるようになったからだ。そのタイミングは、2017年10月のハーヴェイ・ワインスタイン事件と完璧に符号しており、ピッチフォークが同楽曲のレヴューを11月4日にアップすると、ストリーミング再生数が急上昇。〈朝の芝刈り機のように/私は決してあなたを休ませない/あなたは彼女との絆をすべてぶち壊した/さあツケを払う時間よ※〉と締めくくるラストはレイプ加害者たちへの宣戦布告とも言えるもので、ステラのメール受信箱やSNSには、嫌がらせの画像や脅迫がいくつも寄せられたという。
※オリジナルの歌詞は〈Time To Pay The Fucking Rent〉となっているが、rentは〈家賃〉を意味するため意訳している
リリースから半年を経て〈#MeToo〉時代のアンセムとして持ち上げられたことや、歌の持つ影響力に戸惑いを隠せなかったというステラだが、“Boys Will Be Boys”のMVには彼女からのこんなメッセージが添えられている。
この歌は単なる歌に過ぎませんが、少なくとも、家族、友人、政府機関、組織、そしてもっとも重要なのは――男の子(Boys)と男性(Men)の間で、いまはまだ難しいかもしれませんが――重要な会話が交わされることを私は願っています。
このメッセージに込められた〈男の子と男性〉が、単純に〈息子と父親〉なのか、〈弟と兄〉なのか、あるいは〈歳の離れた友達同士〉なのか、はたまたレイプ加害者になり得る男性の精神年齢の低さを揶揄しているのかは不明だが、そこまで追求するのは野暮というものだろう。ステラは男性をいたずらに攻撃することやフェミニストを気取りたいのではなく、ただ純粋に〈より良い世界になること〉を願っているひとりの女性なのだ。
何かを成し遂げるのに年齢も性別も関係ない!
そして、先日リリースされたステラの記念すべきデビュー・アルバムが『Beware Of The Dogs』だ。今作は、元ボート・ショウで、ガム(ポンドのジェイ・ワトソンによるプロジェクト)のツアーにも参加するジェニファー・アスレット(ベース)、“Boys Will Be Boys”のMVを手がけた映像作家/ミュージシャンのジョージ・フォスター(ギター)、さらにベルス・ラピッズのメンバーでもあるタルヤ・ヴァレンティ(ドラムス)と、ステラの勝手知ったる仲間たちがプレイヤーとして参加。それもあってかすごくアットホームな雰囲気があり、彼女のはち切れんばかりの魅力が詰まった作品に仕上がっている。
〈ああ、あなたは私が怖いの、おじいさん?/それとも、私がしようとしていることを恐れているの?〉と歌う冒頭の“Old Man”(この曲は〈#MeToo〉ムーヴメントで糾弾されたウディ・アレンにインスパイアされたとか)や、弾けるようなギタポ・サウンドに乗せて過ちを犯そう(犯した)とする男性に警告する“Season's Greetings”といったナンバーは、唯一『Thrush Metal』から再録された“Boys Will Be Boys”とテーマを共通にするものだろう。
しかし、切ないヴィブラートにシンガーとしての力量を見せつけられる“Allergies”、マック・デマルコの脱力したサイケデリアを連想させる“Bistro”、パートナーの危なっかしい運転に対してキュートな節回しで〈死にたくない!〉と連呼する“Die”、ドラムマシンを駆使してどこかレディオヘッドの“There There”を思わせる呪術感をまとった“Watching Telly”など、コロコロと表情を変えていくサウンドと機知に富んだストーリーテリングこそが今作のキモだ。
とりわけ、誰かの足音で幕開けるリード・シングル “Tricks”では、ペイヴメントみたいに調子っぱずれなギターのメロと、〈もう少し女の子らしく振る舞ったほうがいいぞ〉と諭す外野に対して、〈キャハハッ!〉と吹き出しながら〈Leave It Alone(ほっといてよ!)〉と繰り返すコーラスがたまらなく愛おしい。この楽曲については、ステラと男性(ストーカー?)が踊りまくるゴキゲンなMVが、その素晴らしさをダイレクトに伝えてくれていて、彼女の天性のコメディエンヌっぷりはシー&ヒムのメンバーにして女優のズーイー・デシャネルを彷彿とさせる。
ちなみに、フォトグラファー/映像作家のニック・マックと連名で監督を務めているのは、なんと同郷シドニーのシンガー・ソングライターであるジュリア・ジャックリン。ステラの2つ歳上にあたるジュリアだが、コートニー・バーネットが自身のレーベル、ミルク!の所属アーティストたちのMVにカメオ出演しているように、オーストラリアのアーティストは損得勘定抜きでお互いをサポートし合う国民性があるのだろう。ステラもコートニーもアレックスもジュリアも、みんな20代半ば〜後半にブレイクを果たした〈遅咲き〉という共通点もあり、彼女たちの活躍を見ていると、〈何かを成し遂げるのに性別も年齢も関係ない〉と勇気を与えてもらえるのは筆者だけじゃないはずだ。
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人工妊娠中絶や同性婚の合法化(後者は2017年12月に認められた)の整備が不十分であるため、女性/マイノリティーの社会進出や政治面で世界に遅れを取っていると言われるオーストラリア。しかし、ステラは英ガーディアンのインタヴューで〈この国のアイデンティティーには幻滅している〉と前置きしたうえで、このように語っていた。〈でも、みんなの声は日に日に大きくなっているし、誰にも止められない。社会は変わる/変えられるんだという『目に見えない自信』があるの〉と。ステラ・ドネリーの歌を聴くこと。それは、彼女が願う〈より良い世界〉に近づくための第一歩なのかもしれない。