コートニー・バーネットとカート・ヴァイルが連名でのアルバム『Lotta Sea Lice』をリリースした。オーストラリアとアメリカ――各国を代表する鋭才シンガー・ソングライター2人のコラボとして話題を集めている同作は、オリジナルの新曲に加えて、それぞれが思い入れのある既発曲のカヴァーなども含む9曲を収録。お互いを深くリスペクトし合う両者ならではの、親密で柔らかな空気が心地良い、フォーキーかつメランコリックな現代アメリカーナ作品に仕上がっている。今回は、音楽ライターの上野功平がこのコラボならではの魅力を解説。なお、記事の2ページ目では、90年代以降のインディー・ロックという括りで〈知られざる〉名デュエット10曲を紹介したので、そちらも合わせて楽しんでいただきたい。 *Mikiki編集部

COURTNEY BARNETT, KURT VILE 『Lotta Sea Lice』 Matador/BEAT(2017)

 

現代のカート&コートニー?

昨年の7月4日、コートニー・バーネットが自身のInstagramにアップした1枚の写真がファンの間で話題になった。それは、フランスで開催された音楽フェス〈Eurockéennes de Belfort〉におけるオフショットで、コートニーと彼女のバンド・メンバーであるデイヴ・マディー、カナダを代表する売れっ子シンガー・ソングライターのマック・デマルコ、さらにカート・ヴァイルの4人が仲良くフレームに収まっているものだった。

筆者は、ロック界の伝説的なカップルであるカート・コバーンとコートニー・ラヴになぞらえ、〈現代のカート&コートニーはユルくて良いな~〉なんて微笑ましく感じていたのだが、まさか両者が揃ってスタジオ入りを果たし、ジョイント・アルバムを完成させることになるとは夢にも思わなかった。本稿では、コートニーとカートそれぞれの略歴を紹介しつつ、2人がコラボに至った経緯や制作エピソード、そして10月13日にリリースされた『Lotta Sea Lice』の愛すべき魅力に迫ってみよう。

『Lotta Sea Lice』収録曲“Continental Breakfast”

自然体で人々を魅了する2人のシンガー・ソングライターが邂逅

コートニー・バーネットは、オーストラリアのメルボルンを拠点とするシンガー・ソングライター。左利きのギターでかき鳴らすローファイなサウンドと、半径数メートルの中で起きた日常をユーモラスに歌う世界観が絶賛され、2015年のデビュー・アルバム『Sometimes I Sit And Think, And Sometimes I Just Sit』では、なんと第58回グラミー賞で最優秀新人賞にノミネート。特にリード・シングルの”Pedestrian At Best”が衝撃的で、ニルヴァーナ譲りの爆音フィードバックとキレ味鋭い言葉のマシンガンは〈グランジとヒップホップの出会い〉とも称され、あらゆる媒体で同年のベスト・トラックにランクインした。彼女の飾らない魅力については、初来日時に行ったインタヴューを読んでいただきたい。

いっぽうのカート・ヴァイルは米フィラデルフィア出身で、ヴォリューミーな長髪がトレードマーク。これまでに6枚のアルバムを発表しており、ノイジーなオルタナ・ロックからフォーク、ローファイ、サイケと振り幅の広い音楽性に、ブルース・スプリングスティーンも引き合いに出されるソングライティングが高く評価されており、Pitchforkでは〈Best New Music〉の常連だ。同郷のロック・バンド、ウォー・オン・ドラッグスの創設メンバーとしても知られ、サーストン・ムーア、キム・ゴードン、J・マスキス(ダイナソーJr.)といったレジェンドがファンを公言するなど、その自然体のキャラクターも相まって、一度聴いたら誰もが虜になってしまう歌声は唯一無二と言えるだろう。

アコギ1本でガラッとその場の空気を変えてしまう表現力といい、普段着のままで飾らないスタイルといい、何かと共通点の多いコートニーとカートだが、そんな両者が惹かれ合うのは必然だった。かつてバンドの解散という憂き目に遭っていたコートニーは、地元のレコード店で衝動買いしたカートの4作目『Smoke Ring For My Halo』(2011年)に収録された“Peepin' Tomboy”を繰り返し聴いていたというし、かたやカートも『Sometimes I Sit〜』収録の名バラード“Depreston”を〈とてもキレイで裏表がない曲だ〉と賞賛。カートの豪州ツアーをコートニーがサポートしたことがきっかけで急速に距離を縮めた2人は、昨年1月より本格的に共同での曲作りをスタートすることになった。

 

オーストラリアのレジェンドらも客演した、心地よい連帯感

〈初めはそれぞれ1曲ずつ持ち寄って7インチ盤を作ろうという感じだったんだけど、やがて世間で埋もれないようにするためには、12インチ盤の方がいいと思ってさ〉とカートが語るように、この度届けられたアルバム『Lotta Sea Lice』には全9曲を収録。カートがコートニーのために書き下ろしたという“Over Everything”(「君の名は。」ばりに2人の歌声が入れ替わるミュージック・ビデオも必見!)を皮切りに、コートニーが四苦八苦しながらペンを執ったという“Let It Go”などのオリジナル・ソングも聴き応え充分だが、本作の核となっているのは4つのカヴァー曲にあると筆者は考える。

まずは、3曲目の “Fear Is Like a Forest”。これはコートニーの恋人としても知られるジェン・クロアーが2009年に発表した2作目『Hidden Hands』に収録されたナンバー。ブルージーなギターと哀愁漂うコーラスが印象的なフォーク・ロックだが、長らく自分を支え続けてくれたパートナーに対する、コートニーからの恩返しと受け取れるかもしれない。“Outta The Woodwork”と“Peepin' Tom”の2曲はお互いの持ち歌のカヴァーとなり、メイン・ヴォーカルを入れ替えてリワークする遊び心を発揮しているが、もはやどっちが本家かわからなくなるほどハマっていることに驚くはず。

そしてラストを飾る“Untogether”は、昨年再結成した4ADのドリーム・ポップ・バンド、ベリーが93年にリリースしたデビュー作『Star』に収録されたセンチメンタルなフォーク・バラード。この曲は、ベリーのヴォーカル=タニヤ・ドネリーが、当時一緒にツアーを回っていたレディオヘッドのトム・ヨークとデュエットを披露したというエピソードがあり、コアなレディオヘッド・ファンにとっては馴染み深いナンバーでもある。これらのカヴァー曲のチョイスからも、カート&コートニーの相思相愛っぷりとお互いへの理解度が計り知れる。

タニヤ・ドネリーとトム・ヨークが“Untogether”をデュエットしている映像

また、両者のパートナーや家族も顔を出す“Continental Breakfast”のMVが象徴する通り、気の置けない仲間たちと集まる時にも似た心地よい連帯感もこのコラボのミソだろう。それを裏付けるように、『Lotta Sea Lice』にはカートの呼びかけで多数の実力派ミュージシャンが客演。ダーティ・スリーのジム・ホワイト(ドラムス)とミック・ターナー(ギター)を筆頭に、近年はPJハーヴェイのツアーにも帯同するミック・ハーヴェイ(ベース)、ウォーペイントのステラ・モズガワ(ドラムス)といったオーストラリア出身のヴェテランのみならず、カート&コートニーのバンド・メンバーや、コーラスで参加のジェイド・イマジン&ジェス・リベイロら若き才媛たちも華を添えているのだ。ダーティ・スリーやミック・ハーヴェイはあのニック・ケイヴとも親交が深いわけで、彼がボーイズ・ネクスト・ドア時代に残した“Shivers”をカヴァーしたことがあるコートニーにとっては、まさに夢のようなレコーディングだったことは想像に難くない。

ちなみに、タイトルに選ばれた〈Sea Lice〉とはウオジラミのことで、〈ステラの海辺でのストーリーを聞いて思いついたの〉とコートニーは明かしている。現在、彼らはジャネット・ワイス(スリーター・キニー)、ステラ、ロブ・ラークソ(ヴァイオレーターズ)、さらにケイティ・ハーキン(スカイ・ラーキン)からなるスーパー・バンド、その名も〈シー・ライス〉と共に全米ツアーの真っ最中。

ここで先日Pitchforkが公開したマリブの海岸でのライヴ映像をご覧いただきたいが、レイドバックしつつも骨太なバンド・アンサンブルは音源以上にエモーショナルだし、ボブ・ディランの遺伝子を受け継ぐ2人の気だるい節回しはもちろん、ギタリストとしてのプレイヤビリティーにも舌を巻くばかりだ(ステラはウォーペイントのツアーが終了しだい合流するものと思われる)。

永遠に聴いていられるほど息ぴったりな『Lotta Sea Lice』だが、セカンド・アルバムが待たれるコートニーにとっても大きな刺激になったようだ。実はこのコラボに着手する前、曲作りにマンネリを感じていたという彼女は、〈偽りのソングライターになってしまうことが本気で恐ろしかった〉と述懐している。ところが、馬鹿みたいにポジティヴなカートのお陰で、〈失っていた自信にもう一度火を点けることができたのよ!〉と笑うコートニーの表情は、憑き物が落ちたように晴れやかである。

カート・コバーン&コートニー・ラヴ、シド&ナンシー、あるいはボニー&クライドのように刹那的/退廃的なスリルが感じられるわけではないし(そもそも両者にはパートナーが存在するわけで……)、音楽的に目新しいチャレンジやギミックがあるわけでもない。しかし、いつか両者のキャリアを振り返る時が来た場合、このアルバムは間違いなくターニング・ポイントとして語り継がれるだろう。2人の天才的なシンガー・ソングライターが、大陸を越えて邂逅を果たした奇跡のコラボレーション。リアルタイムで楽しまなきゃ大損だ。