人々を繋ぐネットワークの進化と拡張。日々登場する新たなテクノロジー。5G(第5世代移動通信システム)が開始する2020年を控え、タワーレコードが新プロジェクト〈TOWER ACADEMY〉を立ち上げた。
新時代の音楽エンターテインメントを通じたワクワクを作り出し、提案していくというTOWER ACADEMY。その記念すべき開校第1回がフォーカスするのは、〈音楽を題材とした映画〉の音楽の側面だ。題材となるのは4月17日(水)、〈クイーンの日〉にBlu-ray/DVDがリリースされることも話題の「ボヘミアン・ラプソディ」。クイーンのヴォーカリストであるフレディ・マーキュリーの半生を描いた映画だ。
日本のみならず、世界中の観客に感動を与えた同作は、第91回アカデミー賞で最多4部門を受賞するなど高い評価を獲得。往時を知るファンから映画で初めてクイーンを知った観客まで、熱狂的に受け入れられている。その根幹にあるのは彼らが生み出した素晴らしい音楽そのものだと言えるだろう。
そこでTOWER ACADEMYは、クイーンの音楽を掘り下げるためにアルバムを一作ずつ取り上げていく。初回は73年のファースト・アルバム『Queen(戦慄の王女)』から74年のサード・アルバム『Sheer Heart Attack』まで。彼らの音楽のどこが革新的だったのか? それを識者が読み解いた講座の模様を、本稿ではダイジェストでお伝えしよう。
1st Session:大貫憲章
4月6日の土曜日。うららかな春のお昼時、東京・神楽坂の音楽の友ホールで〈音楽・映画連動講座 第1回「ボヘミアン・ラプソディ」Part.I〉は開校された。
チャイムが鳴り響くなか1st Sessionが開始。MCの矢口清治(以下、敬称略)がこの日の音響システムを紹介する。
スピーカー:トライアングル・マゼランシリーズ・コンチェルト(トライアングル/ロッキー扱い)
CDプレーヤー:DP-750(アキュフェーズ)
プリアンプ:C-2850(アキュフェーズ)
パワーアンプ:M6200(アキュフェーズ)
フォノコライザー:C-37(アキュフェーズ)
ターンテーブル:SL-1200G(テクニクス)
なんとその総額1,000万円以上! 今回の講座は最高級のオーディオでクイーンの音楽を聴くことができるまたとない機会でもあるのだ。
“We Will Rock You”のイントロとともに登場したのは、この日の講師である音楽評論家/DJの大貫憲章。クイーンを日本のリスナーに最初に紹介したのは「自分だって思ってますけど、言ったもん勝ちだからね」と笑う。
無名の新人バンド、クイーンとの出会い
まず披露されたのは大貫がバンドと初めて出会った際のエピソードだ。73年に渡英した大貫はロンドンを散策中、とあるレコード店に入った。そこで目に飛び込んできたのが、〈QUEEN〉の文字が踊るポスター。大貫は正体不明のバンドについて店員に尋ねてみることにした。
「英語は〈poor, poor, poor〉でしたけど、新人ってことはわかった。で、〈レコードは?〉って訊いたら、〈無い〉と。売れちゃったってことでした」。
英国らしいバンド名が強く印象に残った大貫が実際にその音に触れたのは同年12月。イギリス旅行を共にしたワーナー・パイオニア(当時)の新人ディレクターが偶然クイーンを担当することになったのだ。資料がないなか、届いたばかりの『Queen(戦慄の王女)』のオープンリール・テープを六本木のオフィスで聴いたという。
「とにかくね、驚いたのは自分の想像を遥かに超えてきたことでした。天にも昇るような気持ちでしたね」。
記念すべき最初のアルバム『Queen(戦慄の王女)』
デビュー作にして100パーセント以上の実力を発揮
その流れで、大貫は日本盤の解説を担当することに。同作は74年3月に日本でリリースされた。ここにきて講義の1限が開始、アルバムのダイジェスト音源が会場に流れ出す。「彼らが持っていたものの100パーセント以上は出ていると思う」と大貫は言う。
「(レッド・)ツェッペリンの初期の感じも、(デヴィッド・)ボウイっぽさもあったけど、高揚感が違ったんだよね。言ってみれば、彼らの曲は起承転結があるドラマで、構成がすごかった。しかも、場面転換が極端に早いのよ。コーラス・ワークもすごかった」。
そう解説する大貫がアルバムから選んだ“Great King Rat”と“The Night Comes Down”を聴くことに。特に後者はギタリスト、ブライアン・メイが弾くアコースティック・ギターの音が生々しいサウンドで会場に鳴り響く。
「“The Night Comes Down”みたいに重層的な曲を作っているバンドが他にもいるのかなと思っていろいろと聴きましたけど、他にいないんですよね」。
発展の2作目『Queen II』
日本と親密な関係を結んだクイーンというバンド
続いて2限目は『Queen II』を検証。日本ではファーストの3か月後、74年6月にリリースされた。ジャケットとタイトルの印象が強かったと語る大貫。〈Queen II〉というタイトルは1作目の発展型であり、スタジオに慣れたバンドが新しい試みを行っていることの象徴だ。大貫が選んだのは“Father To Son”とリフが聴きどころの“Ogre Battle”という2曲。
「“Father To Son”はライヴ感があって、ステージで演奏する姿が目に浮かびますよね。ある意味、仰々しい音楽なんだけど、〈なんだこれ?〉と思わされるところも含めてクイーンの魅力。この頃はスタジオ・ワークも凝ってきて、“Bohemian Rhapsody”に活かされる要素が垣間見えるようになってきましたね」。
ここで矢口が、受講者からの質問やクイーンへの思いを語りたいファンを募った。バンドのデビュー時から聴いていると語る女性ファンが口を開く。映画や海外メディアではクイーンにとって日本が特別な場所だったことが語られていないことが気にかかるという発言を受けて、大貫はこう語る。
「偶然だと思うんですけど、海外の人たちはそういう情報を知らないのかもしれない。日本では女性ファンの間で火が付いて、そのおかげで来日が決まったというところもあります。本人たちはそれを知らなかったので、日本に来てびっくりしたんです。なので、おっしゃるとおりクイーンは最初期から日本と親密な関係だった。彼らも日本のファンが大好き。これも事実。ただ、それについて海外にまとまった情報がないというのは、単純に知られていないということだと思います」。
続いて、なんと兵庫・伊丹から新幹線で駆け付けたという女性ファンが語る。NHKの音楽番組「SONGS」をきっかけにクイーンを知った、ファン歴3か月という方だ。しかし、この短期間でそこまで彼女をのめり込ませ、この講座に来たいとまで思わせるクイーンの魅力とは何なのか? 「どうしてこうなったのか、自分を知りたいんです」と問いかける。
「そこが音楽の不思議なところですよね。それは誰にでも起こるし、誰にでも起こることじゃない。両方あるんです。なので、それはあなたしかわからない。ただ、僕は脳外科医じゃないので(笑)」と大貫。
それを聞いて「とにかくクイーンは最高です……!」と返す女性に「そう思われているあなたが最高です!」と応える大貫。会場に集ったファンは2人に拍手喝采を送った。
飛躍の3作目『Sheer Heart Attack』
クイーンは最高のロックンロール・バンド
そして、いよいよ最後の『Sheer Heart Attack』へ。74年12月に日本でリリースされた同作は、バンドの世界的な認知度や評価を上げたと言われている。当時のエピソードを大貫はこう語る。
「日本には特別なファンがいましたから、〈クイーンは日本で盛り上げた〉という思いもありました。(ライヴ映像の)フィルム・コンサートをワーナーとやったんですけど、ツェッペリンやロッド・スチュワートのときは、みんなシーンとしているんです。でも、クイーンが出た途端に……すごかったです。札幌の地下街でやったときは70人しか入らないところに200人が来て大騒ぎになっちゃって、警察官が来ちゃいました。それくらい日本の音楽シーンにとって革命的な存在だったんです」。
『Sheer Heart Attack』を音楽的に見ると、“Killer Queen”などでそれまでと異なる曲作りが試みられていると大貫は解説する。〈Queen III〉とはならなかったアルバム・タイトルには、「〈やるぞ!〉感が出ていますよね」。
同作がリリースされた4か月後の75年4月、ついにクイーンは初来日を果たす。
「来日公演は女の子が多いなと思いましたよ。ベイ・シティ・ローラーズに比べたら少なかったけど(笑)。初めて彼らを知ってから、すごく待たされたような気もしましたし、すぐに日本に来てくれたような感じもしました」。
アルバムからまず大貫が選んだのは“Brighton Rock”。バンドの音楽性の良いとこ取りで、クイーンらしい一曲だという。2曲目は“Stone Cold Crazy”。ギター・リフが特徴的で、メタリカもカヴァーしていた有名曲だ。最後の“Killer Queen”はアルバムを象徴する楽曲。ボードヴィル調で、フレディが温めていたアイデアが開花している。
そして2度目の質問コーナーに突入。千葉・船橋から来たという女性は『Sheer Heart Attack』がいちばん好きだと語る。
「私はツバキハウス※で大貫さんに踊らされていた年代です(笑)。〈ただのロックンロール・バンドとしてのクイーン〉について、大貫さんの口からどうしても聞きたくて」。
それを受けて大貫が返す。
「クイーンは73年から75年までの当時、他にはないことをやっているバンドでした。そして、イギリスのロック・バンドのなかでいちばん格好いいロックンロールをやっていたバンドだと思っています。それは、ずーっと僕の記憶のなかから消えないし、変わらないですね」。
講義を締めくくる見事な一言に、会場からは拍手が。〈最高のロックンロール・バンド、クイーン〉という思いを共有しながら1st Sessionは幕を閉じた。