いまさら記録や数字のことを書き連ねていけばきりがない。世界的なスーパースターとして、辛い運命に翻弄されながらも、彼女はただ歌うことだけを求め続ける。パリから届けた圧巻の大舞台は復活への序章なのか、あるいは――それでも天性のディーヴァは前へ進んでいく

 先のパリ五輪で大復活を遂げたセリーヌ・ディオン。エッフェル塔からエディット・ピアフの名曲“Hymne à l’amour”(邦題〈愛の讃歌〉)を歌い上げ、開会式のクライマックスを感動的に締め括った。そこで初めて彼女の闘病生活やアーティスト活動の休止を知った人は少なくなかったかもしれない。2022年に北米ツアーを突然キャンセルし、病気の治療に専念、第一線から退いていた彼女。その時点では病名すら判明していなかったが、約1年後に筋肉の痙攣などを引き起こす難病のスティッフパーソン症候群を患っていると公表された。歌うのはもちろん、歩くことすら困難になる進行性の精神疾患。ファンの多くは、ステージで歌う彼女の姿は二度と拝めないだろうと諦めていた。それだけに、オリンピック開会式での大復活は涙なしには観られない感動の瞬間なのだった。エレガントで美しく、かつパワフルな彼女の歌声。かつての絶頂期に劣らぬどころか、セリーヌ・ディオンという天性のシンガーの唯一無二の歌声に、世界中の人々は心を鷲掴みにされた。彼女の闘病ドラマを知らずとも、そのマジカルな歌声はオリンピック開会式の最大のハイライトだったと世界中から絶賛の声が沸き起こった。

 彼女の闘病生活は、Prime Videoで配信中のドキュメンタリー「アイ・アム セリーヌ・ディオン~病との闘いの中で~」に克明に記録されている。ここまで見せてしまうのか、と思えるほどドキュメンタリーのギリギリ限界に挑戦する。彼女は全編ほぼノーメーク、化粧台には治療薬が並び、痙攣の発作を映した痛々しいシーンは、ショッキングとしか言いようがない。闘病中には久方ぶりに新曲“Love Again”のレコーディングに挑むが、思うように歌えず落胆する姿も捉えられている。「幼い頃から歌に導かれ、歌だけを頼りに生きてきた」という彼女の言葉が、胸に突き刺さる。とはいえ、この病は突然始まったものではなく、17年ほど前から兆候を感じていたという。声が出なかったり、音程が不安定だったり、不調を感じながらも、自分なりに歌い方を工夫し、薬を服用して何とか乗り切っていたそうだ。

 そしてリハビリに勤しみ、ようやく満足できる歌が歌えるまでに回復。昨年4月にその“Love Again”が発表され、映画「ラヴ・アゲイン」(セリーヌも本人役で出演する)のサウンドトラックには、全5曲の新曲が収録された。また前述のドキュメンタリーのサウンドトラックには“Love Again”をはじめ、数々の新旧ヒットが網羅されている。日本ではあまり知られていないフランス語で歌われるヒット曲も多数。パリ五輪の開会式に、なぜカナダ人のセリーヌが出演?との声も上がっていたようだが(アメリカ人のレディー・ガガほど多くはなかったが)、そもそもフランスとセリーヌは強い繋がりを持っている。