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ソロ活動を開始したキュッヒルの貴重な録音

 1971年、20歳でウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就任し、2016年まで長きに渡って同職を務めてきたライナー・キュッヒル。退団後はソロ、室内楽、NHK交響楽団をはじめとするオーケストラのゲスト・コンサートマスター、教育などさまざまな活動を展開している。その彼がプフィッツナーのヴァイオリン・ソナタをメインに据えたアルバムをリリースした。

RAINER KÜCHL, 加藤洋之 『ハンス・プフィッツナー:ヴァイオリン・ソナタ』 R-Resonance(2019)

 「プフィッツナーの作品はウィーンでも演奏される機会に恵まれていません。私は長年オペラを演奏してきましたが、プフィッツナーのオペラは『パレストリーナ』しか演奏していませんね。最初に彼の作品に出合ったのはヴァイオリン協奏曲でした。もう20年以上前になるでしょうか。そのときに楽譜を見てとても強い印象を受け、ぜひヴァイオリン・ソナタも弾いてみたいと思ったのです。その楽譜を見たときもやはり衝撃を受けました。〈指が反応した〉とでも表現した方がいいでしょうか、すぐに弾きたくなったのです」

 ヴァイオリン・ソナタも演奏される機会は少ないが、とてもすばらしい作品だと熱く語る。

 「プフィッツナーは素材の扱い方がとてもうまい作曲家です。ひとつの素材を発展させていく術にも長けている。このソナタはピアノ・パートがとても難しく、もちろんヴァイオリンもそう易しくはないんですが(笑)、ピアニストとの音の対話がうまくいかないと、作品のよさが存分に表現できない難しさがあります。共演の加藤洋之さんとは長年一緒に演奏していますから、お互いに呼吸を呑み込んでいます。彼は技巧的にも表現的にも完全に作品を自分のものとしているため、録音でも音の融合を図ることができました」

 キュッヒルは、プフィッツナーのソナタには作曲家自身の性格が如実に映し出されているという。

 「プフィッツナーはモスクワ生まれで、つきあいやすい人ではなくベールに包まれているような面があり、辛辣で皮肉屋だったようです。それらが音楽に明確に投影されています。だからこそ、興味深いのです。生前はR.シュトラウスと名声を分け合う存在で、後期ロマン派様式の特徴が感じられますが、その作品は人間性がリアルな音となって昇華し、メランコリーな響きも特徴。深く知るとどんどん魅了されます」

 新譜はキュッヒルの得意とするR.シュトラウス「ばらの騎士」よりワルツからスタート。クライスラーやサン=サーンス、ドヴォルザークなどの美しい旋律を備えた作品が次々に登場。いずれもウィーンの空気がただようような美音が横溢し、温かく情感豊かなデュオに心が震える。特にプフィッツナーは貴重な録音だ。

 


LIVE INFORMATION
ライナー・キュッヒル ヴァイオリン・リサイタル
2019年10月19日(土)広島 呉信用金庫ホール
開場/開演:16:00/16:30
曲目:ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番 op.47「クロイツェル」/クライスラー:愛の喜び、愛の悲しみ、ジプシー奇想曲、カルティエ様式による狩り ほか
【出演】ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)/加藤洋之(ピアノ)
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