"Retronyms"、音楽を再命名する。カルロス・チパの飛躍的な成長の記録

 日々、創作を積み上げるなか、新しい発見と内面的な成長に導かれ、アーティストに新局面が訪れる。作家人生における初夏の訪れを感じさせるような、きらびやかなアイディア溢れる遊び心が花開く──。

 ミュンヘンを拠点に活動する作曲家、多楽器奏者のカルロス・チパはクラシック音楽を大学で専攻するほか、10代の頃からバンドでドラムを叩く、多様なバックグラウンドを持つ。今までの自作では、色彩感のあるピアノの煌めきに、包み込まれるような心地よい安定感と構築力に定評があり、ピアノを中心とした鍵盤楽器と、ときに寄り添うようなアンビエント的なサウンドを加えた内省的なスタイルで確かな人気を獲得してきた。

CARLOS CIPA Retronyms Warner Classics(2019)

 今作の『Retronyms』では、 いきなり1曲目《Fanfare》の前衛的なテープの逆再生音から驚かされると、 《Senna’s Joy》では12分と長尺の室内楽的な作品が、また 《Paon》ではジャズトランペットまで飛び出す。本人曰く「素晴らしくカラフルな作品にしたかった」と語る通り、グランドとアップライトを使い分け、打鍵音まで聴こえるような親密感のあるピアノサウンドに、ときにチェレスタやハーモニウムを使用するという基軸から、ギター、弦楽器、管楽器、シンセ音が鮮やかに溶け込んでいる。古典的な編曲技術だけでなく、アナログ楽器、アナログハードウェアとデジタル環境の要素をバランスよく配合させ、楽器の遠近感を巧みに使い分ける音世界を作り出しているのだ。

 デジタル環境を自在に操りながら手作りの質感を与える先達たち、ハウシュカやニルス・フラームらと、ステージをともにする経験から得られるものも大きいという彼は、もはや単なる作曲家/鍵盤楽器奏者ではない。今まで彼の持っていた作曲技術、テクノロジーを介した音色に対する感性が、拡張された編曲へとダイレクトに直結してきた、記念脾な作品になっている。

 さて、『Retronyms』は、再命名という意味である。本人はどのような意図があってタイトルをつけたのだろう。それは作品を聴けばおのずと見えてくるはずだ。