TAMTAMの快進撃が続いている。今年5月にカナダ・ツアーを成功させ、7月に〈フジロック〉に出演。初日の〈Gypsy Avalon〉で鮮やかなパフォーマンスを見せたあと、深夜にケイトラナダのDJで大盛り上がりしていたーーこれは彼女たちらしい余談。そしてこの度、ヴォーカリストのKuroが初めてのソロ・アルバム『JUST SAYING HI』をリリースした。インディーR&B/ヒップホップを中心に、さまざまな音楽的エッセンスを昇華させたサウンドは、これまでになくポップ・ポテンシャルを感じさせるもの。軽やかでロマンティックな歌を聴けば、TBSラジオやJ-WAVEの猛プッシュも大いに頷けるだろう。

本作にはEVISBEATSやShin Sakiura、ji2kiaといった実力派トラックメイカーや、Bullsxxtのメンバーによるユニット=ODOLAと二人三脚で作り上げた楽曲に加えて、いまをときめく君島大空がサウンド・プロデュースを手がけたものや、昔から宅録に取り組んできたというKuro自身がトラックを制作した楽曲も収められている。全8曲31分という〈いまっぽい〉ヴォリューム感、TAMTAMの諸作でもお馴染みデザイナーの川井田好應によるアートワークも含めて、絶妙なバランス感覚に支えられた『JUST SAYING HI』(このタイトルも絶妙)はどのように生まれたのか。本人に話を訊いた。

Kuro JUST SAYING HI P-VINE(2019)

TAMTAMとはちがうアウトプットを求めて

――ソロ作を出すという話はどこからスタートしたのでしょう?

「大元のきっかけは、去年の秋ぐらいにODOLAが〈フィーチャリングしてもらえませんか?〉って言ってくれたことで。その“Metamorphose”って曲をPヴァインの方が気に入ってくれて、〈こういう感じでソロをやりませんか?〉と声をかけてくれて。私としてもフィーチャリングの機会が楽しかったので増やしていければいいなと思ったし、Kuro個人として歌うってどういうことかなと意識しました。まずはそれが大きかった。

同じ時期に、ものんくるからコーラスのオファーをいただいたりしたことも、一人で歌うことを考える契機になったかも。とにかく、私の音楽経験はTAMTAMっていうバンドとほぼイコールだったので、他にもプロジェクトをやってみたいとは前から思っていて。〈じゃあソロ、やってみよう〉と」

ODOLAの2018年のシングル“Metamorphose feat. Kuro (TAMTAM)”

――TAMTAMの最新作『Modernluv』(2018年)で音楽的にやれることが一気に増えたから、その先の可能性が広がったのかなとも思ったんですけど。

「まさにそうですね。リスナーとしてはレゲエとかR&Bとかを聴くことから始まってるし、最近のヒップホップやR&Bも好きで、普段聴いてる音楽は(バンド系よりも)打ち込みライクな曲のほうが多いぐらい。そういうところをシンガーとして出せたらバンドとちがうことができて楽しいだろうなーと思って、やってみたら実際楽しくって、刺激がありました」

――『Modernluv』ではラッパーのGOODMOODGOKUなど多くのゲストを迎えていましたが、今回のソロ作も大半の曲はトラックメイカーたちとの二人三脚で作ったようですね。

「当初ソロの方針を考えるとき、全部自分で曲を作ることも選択肢にありました。でも、よく考えたらそれは普段からバンドでやっているし、いっそ他人のトラックに乗っかってみるほうがTAMTAMとちがうアウトプットができたりしないかなと。TAMTAMの作曲やライヴも並行してやっていたので」

TAMTAMの2018年作『Modernluv』収録曲“Esp feat. GOODMOODGOKU”

 

シンガーだけど、シンガー・ソングライターじゃない

――Kuroさんは以前、〈私はシンガー・ソングライターに対するコンプレックスがある〉と言っていましたよね。その発言と関係があるのかはともかく、ソロ・アルバムってもっと自我がにじみ出るものかと思いきや、驚くほどそうではない。けど、どこかパーソナルな作風も感じられる。あまり他にはないバランス感覚だなって思いました。

「SSWらしさというより、弾き語り的な〈フォーキーな歌唱〉のシンガーじゃないということなんですけど。そこは今回改めて思いました(笑)。聴いてきた音楽的にも、シンガーだけどいわゆる〈SSW〉的じゃないところは自分のキャラかもしれないです」

――なるほど。

「フロア向けの音楽と言う意味では、例えばAwichさんとか、ラッパーのMARIAさんとかのほうが傾向が近いのかも」

――今作を聴いて驚いたのは、一人のシンガーがここまで声の表情を使い分けられるものなんだって。そこに注目して聴くと、結構とんでもないことをやっている気がするんですよね。このヴォーカリゼーションは、どこから生まれたんですか?

「それにはネガティヴな側面もある気がします。私は〈シンガーになるぞ〉っていうところから音楽をはじめたわけではなくて、どちらかというと曲を作りたいとか、音楽性を高めたいモチヴェーションのほうが高くて、歌うことは二の次。

TAMATMも歌モノバンドではあるんですけど、100パーセント歌だけを聴いてほしいバンドじゃないし、全部パッケージして〈バンド・サウンドですよ〉っていうバランスにしたい。そこで、ある程度淡泊に歌ったり、(演奏のなかに)溶けるように歌ったりバランスを調整してるところもあったかと思うんです」

――そうですよね、以前から。

「でも今回、トラックメイカーの人に頼んだ曲では、自分は歌に関すること担当。つまり〈メロディーやコーラスラインを作る、歌詞を作る、歌う〉っていう3点が自分の担当だったんです。だから、そこでアイデンティティーを全部出さないといけない。

バンドの時とは自分の中で歌の比重が少し変わるし、そこをずっとやってるのがいわゆるシンガーなんだろうなーって。そういう状況に置かれたのが、今作だった」

 

運命の地、アメリカ西海岸で感じた喜び

――どの曲もサウンドは異なるのに、アルバムとしての統一感がありますよね。トラックメイカーの皆さんとどんな工程があったのかが気になります。

「たたき台のデモを作ってアレンジをお願いするっていう形をとったのは君島(大空)くんとの“虹彩”だけ。あとの人たちとは〈私はこういう曲が好きで、こういう雰囲気だとやりやすいです〉っていうリファレンスのプレイリストを送って、トラックメイクについて共通認識を持ちながら作ってもらう感じでした。だから、作ってもらってる間は任せっぱなしというか」

――そもそも、どんなアルバムにしたかったんですか?

「私が歌唱の面で特に影響を受けたR&B、ネオ・ソウルとか、フロア系のブラック・ミュージックのポップなところを表現したアルバムにしたいっていうのは最初に思ってました。Shinくんと共有したリファレンスの中にはH.E.R.やIAMDDBなんかがありました。

あと、今回お願いしたトラックメーカーさんの中には普段ヒップホップへの曲提供が多い方もいて、かつ自分も国内の新譜ではヒップホップを聴くことが多いので、フロウっぽい歌というか、歌とラップの境目が溶けてる感じには挑戦してみたいと思ってました。ヒップホップ・トラックの上でも自由度のある歌というか。それはバンドだとできてなかったことだし、今回歌に集中したことで開いた部分かなと思います」

――あとは、英語と日本語の横断っぷりがより先鋭的になっていますね。

「それはアルバムを作ってた間、TAMTAMでカナダ・ツアーに行ってた影響かもしれないです。ツアーの後、アメリカの西海岸に遊びに行ってて、そこで歌詞を書いたりしてたんですよ」

――聞くところによると、ポートランドでの経験が大きかったとか。

「そうですね。“PORTLAND”って曲名からして、シンプルでわかりやすすぎなんですけど(笑)」

『JUST SAYING HI』収録曲“PORTLAND”

――そんなに得るものがあったんですか?

「得るものというか、仕事を全部片付けてから行ったので、とにかく自由な毎日というのが久々で嬉しくて。ポートランドには4、5日いて、その後サンフランシスコに2週間ぐらい。その後、LAでロウ・テープス(Raw Tapes)のVJやってる子の家に泊めてもらったり。

観光地に行くわけでもなくだらだらしてるだけっていうのがとにかく開放的で楽しかったですね(笑)。西海岸の空気も大好きになりました。私が好きな音楽も西海岸で発生していることが多いし、〈ここだったか!〉と思って」

――来るべきところを訪れた喜びが(笑)。

「本当にそう。向こうでは予定もないし、朝起きて、適当に〈古着屋さんにでも行くか〉って出かけて、帰ってきて、カレーを作ってもらって食べて、夜は近くのライヴハウスに行って……みたいな感じで」

――これ以上ないバカンスですね。

「“PORTLAND”はちょうどそんなふうに、ポートランドという名前の町で羽を伸ばしているときに書いた曲です。その場所その場所で、順次ちがうトラックメイカーの方からトラックのデータが届いて。だから、アルバムは旅の総集編みたいなストーリーになってると思います」

――それ、シチュエーションとして最高じゃないですか(笑)。

「確かに、こういう曲の作り方は理想的だなと思いました。見えるものが変わると感じ方も変わるので、出てくる言葉も変わるし。同じ場所でスマホと向き合って何時間も格闘してるときにはない情報が飛び込んでくる。音楽――特に歌詞やメロディをそうやって旅日記感覚で作るのってとても良いなと思いました。

前から作業が詰まると外に出たり人に会ったり、映画や本を見るようにはしていたんですけど、いままで以上に自分のスタンダードな方法になるかもしれないです。考えすぎちゃうところがあるので、頭じゃなく体を動かして書くというか」

 

東京で作った曲と旅の後に作った曲

――抜群の相性を見せているトラックメイカーのみなさんには、どういうふうに声をかけていったんですか?

「さっき話した経緯もあって、ODOLAとやろうっていうのは最初に決まってました。ji2kiaさんは、前にパーティーで会ったことがある方で、〈トラック、よかったなー〉って覚えてたんです。それ以外の人はあんまり思いつかなくて――いままで考えたこともなかったので。とりあえずその2組が決まったことで、なんとなくヒップホップ寄りの色が見えてきて。

その後、思いっきり歌い上げる曲が欲しいなと思っていた頃に、TAMTAMで出たSpincoasterのイヴェントで、Shin Sakiuraくんのライヴを初めて観て。ライヴでShinくんがやってる曲を聴きながら、歌は乗っていないけどとても歌心があって。自分的に歌が乗せやすそう、と感じる楽曲が多かったんです。声をかけたらOKをもらえて、話すと音楽の趣味がかなり近いことがわかって盛り上がって。Shinくんとの曲(“VIDEO”)をアルバムの軸にしようかなと」

※2019年3月31日に東京・表参道WALL&WALLで行われた〈Spincoaster Presents “SPIN.DISCOVERY vol.10”〉

『JUST SAYING HI』収録曲“VIDEO”

――EVISBEATSさんとの“PORTLAND”は? 

「EVISBEATSさんは面識なかったけどダメ元でお願いしました。たまたまポートランドにいるときの気分とあのトラックの雰囲気がガチンとハマって、比較的すぐメロディーや歌詞が思いつきました」

――冒頭の“VIDEO”と“PORTLAND”が軸になっていることで、アルバムの後半でいろいろと遊べているのかな、とも感じました。

「ざっくり言うと(曲順の)後ろから出来ていったんです。最後に1曲目から3曲目が同時に出来て。カナダに行く前に半分ぐらい作っておきたかったので、後ろの5つぐらいは先に制作が進んでいました。

出来上がったあと自分で聴いていておもしろいのは、東京にいるとき作った歌(アルバムの後半)と行った後に作った歌(前半3曲)では、少し歌い方と歌詞のモードがちがう気がして。後半はちょっと湿度が高くてじめっとして内省的、梅雨時期の都内自宅で作ってる感じ」

――実際、最初の3曲はカラッとしてますよね。

「カラッとしてるし、〈オラッ〉としてる(笑)。いい意味で適当さもあるし、太陽の下でゆるっと作ってる風に自分には響いていて。だから、後半にいくに従って闇っぽく、アンニュイになっていくギャップが、おもしろいです」

――両方あるからアルバム全体としてすごくいいバランスだと思います。あと、3曲目の“HITOSHIREZ”にはびっくりしましたよ。この曲はトラックも自分で作ったんですよね。トラップ的なサウンドと譜割りを軸としつつ、かなり攻めてるなって。

「この曲の歌入れは楽しかったです。バンドでこういう少しトラップ・ライクなビートはなかったので。歌の乗せ方がピンとくるまでは結構時間がかかったけど、ひとたびわかると勢いで完成まで歌える感じでした」

――4曲目の“MICROWAVE”や5曲目の“FOR NOTHING”では歌声もかなり加工されてるじゃないですか。そのへんはどこまで自分でディレクションしたんですか?

「歌に関することは全部、セルフ・ディレクションです。エフェクトは仮歌を乗せて(トラックメイカーに)返す時点で入れていました」

――自分の声をいじることには抵抗がない?

「ないです。むしろもともと、オートチューンは一度やってみたかったです。やってみて自分でも新鮮でした」

 

Yuta Fukai、堀京太郎、そして君島大空という仲間たちとの制作

――その一方で、ギターやトランペットなどの生楽器の使い方も冴えてますよね。

「そこは友だちに助けられた部分ですね。もともと、友だちとの共作は増やしたかったんです。“FOR NOTHING”では、TAMTAMのサポートをやってもらってるギターの(Yuta)Fukaiくんに頼みました。

西海岸旅行の話に少し戻るんですけど、ポートランドの次に行ったサンフランシスコでは実はFukaiくんのお姉ちゃんちに泊めてもらってたんです。Fukaiくんと私と、もう一人ミュージシャンの子も日本から合流して数日間遊んでて。そのお姉ちゃんの家のリビングで、PCにオーディオ・インターフェイスを繋げてFukaiくんのギターを録りました。

“MICROWAVE”に参加してもらった堀京太郎くんも友だちで、仲間意識もありつつ、とても尊敬しているジャズ・トランぺッターで。上手いし、センスもいいのでTAMTAMでもサポートしてほしいと思ってたところで。Fukaiくんもそうだけど、うまいだけじゃなく音楽的なセンスも兼ね備えて居るところがやりやすくって、こっちが具体的なオーダーをしなくても、〈この曲に合わせて、なんかいい感じで吹いてみて……〉って言うと、すぐに思い通りのテイクが出るので助けられました」

――そして、やっぱり素晴らしいなーと思ったのは君島大空くんと共演した“虹彩”です。

「もともと君島くんがソロ・デビューする前から、なにかしらの形で共演したいなとは思ってたんです。でも、TAMTAMでは共演の形が難しいなと思ってたけど、今回〈アレンジャーとしての君島くん〉と共演する形が思い浮かんだんですよね。それで新宿の珈琲西武に呼び出して、〈こういうソロ・アルバムを作ろうと思ってるんだけど〉ってお願いした感じです」

『JUST SAYING HI』収録曲“PORTLAND”

――こういう曲にしたいなというイメージはあったんですか?

「デモの段階ではピアノ一本にしようかと考えてたんですが、これを君島くんに投げたらどうなるかな、みたいな好奇心からお願いしてみて。そうしたら壮大な世界観を持って返ってきて(笑)。目論見の延長線上で、もっといいところに着地してて、びっくりしました。自分以外のアーティストと共作するとこんな刺激があるんだと感じた楽曲でもあります」

 

気ままに、気楽に、楽しく生きること

――このアルバムをこんなふうに聴いてほしいっていうイメージは、ご自身のなかであります?

「なんでもいいですけど、リラックスしたり、一息つくための道具として使ってもらえたらいいなと思います。自分もチルな状態、オフな状態でこそ作れた初めての作品なので。だから、休日にも聴いてほしいけど、忙しいときにもふと立ち止まって思考停止したり、一息ついて落ち着きたいようなときに聴いてほしいです。

自分でも、“PORTLAND”を〈聴くと自律神経が整う曲〉って思ってるんですけど(笑)」

――ははは(笑)! 聴くと体調がよくなる。

「そうそう。なので、〈聴くぞ!〉って聴いてもらってもいいけど、BGM的な感じでも聴いてほしいですね。

ソロ作ってすごくがんばらないと出来ないって思ってたんですけど、いろんな人の力や刺激を借りて気ままにやったら、結構いいものが出来ちゃったな(笑)、と思いました。そうやって楽しみながら作れた点がいちばんよかったと思います。そういう、気楽に楽しく生きたいっていう主張は今回多かったかも」

――いい意味でイージーゴーイングというか。

「はい。自分の歌詞に共通してあるメッセージってなんなのか、あまり考えたことなかったんですけど、最近そこなのかもと思ったりもして。TAMTAMの古い曲はいまとスタンスがちがうところもあるけど、歌詞の内容は案外近いものがあったり。そこに気づけたのが大きかったし、そこに共感してもらえたらうれしいかも。ただでさえ、世の中荒んでるので。

全然関係ないんですけど、最近Twitterが楽しくない場面が多くて」

――わかりますよ、みんなそう言ってますよね。

「でも、来年の目標は〈Twitterを楽しく使う方法を探す〉にしたいです(笑)。すり減るやりとりを見ることも多いけど、そのなかに必要な情報も含まれているから、もう少し要領を得て使えたらいいなと思って」

――でも、それはとても大事なメッセージだと思います。

「ストレスを溜めるくらいならいつでもやめていいとは思うんですけど、ふだん接さない人の考えを覗ける魅力もあるんですよね。自分好みの意見だけ盲目的に摂取し続けるのも、別の不健康さがあるし。上手に使って、疲れたら休んでというふうに付き合いたいです」

 


LIVE INFORMATION

Mime presents PANTOMIMOS Vol.5
2019年10月27日(日)東京・下北沢 THREE
開場/開演18:00/18:30
出演:Mime/Kuro(TAMTAM)/ecke
DJ:NOTOYA/島晃一
前売り/当日:2,500円/3,000円(いずれもドリンク代別)
会場予約:ticket3@toos.co.jp
※件名に〈10/27《公演名》チケット予約希望〉、本文に〈名前/必要枚数/連絡先〉を明記してメールをお送りください。手続きが済み次第予約完了のメールを返信いたします。携帯電話より送信される場合はドメイン指定を解除して下さい。返信メールが送れない場合があります
Mime予約:mimemusic0401@gmail.com
※お名前と枚数を明記のうえ、メールをお送りください

Kuro『JUST SAYING HI』release party
2019年11月24日(日)東京・恵比寿 BATICA
出演:Kuro/Shin Sakiura and more
DJ:Pam(ODOLA)/ji2kia
チケット(e+):https://eplus.jp/sf/detail/3097220001-P0030001
※発売は9月21日(土)10:00〜となります
※会場、アーティスト・サイドでの予約は受け付けておりません