INTERVIEW

B.I.G.JOE『Tenderness』 北の真打ちが穏やかな日々から生まれた待望のアルバムを語る

B.I.G.JOE『Tenderness』 北の真打ちが穏やかな日々から生まれた待望のアルバムを語る

北の不死鳥が届ける久しぶりのアルバムは、かつてない穏やかさと緩やかな空気感に溢れていて……充実した日々から生まれた『Tenderness』の優しい眼差しには何が映っている?

純粋に生活や音楽に向き合った

 北海道のラップ・シーンを代表する一人としてはもとより、オーストラリアでの獄中生活を綴った手記の刊行も通じてその存在を知らしめてきたB.I.G.JOE。dj hondaとタッグを組んだ『UNFINISHED CONNECTION』(2015年)以降はアルバム・リリースこそなかったものの、札幌から旭川へと生活の場を移し、自身のクラブ=Club Brooklynをオープン。DJとしても現場に立つなどその情熱が絶えることはなかった。旭川で過ごす時間は、日々の生活を含めて〈革命的〉なものだったという。

 「都会には不必要な金や交際が君を蝕んでいくってことが多々あるだろう? だからシンプルに生きることを選んだ。落ち着いたら空気や水がきれいな田舎で暮らそうってずっと思っていたんだ。それで湧き出る天然水に惹かれて引っ越してきて、いまは水商売もしている(笑)。子どもたちと向き合って、土をいじったり、自然と戯れたり、新しい仲間たちとコミュニケーションを取ったり、自分のハコを盛り上げながら、クリエイティヴに生きてたよ」。

B.I.G. JOE Tenderness TRIUMPH(2019)

 そうした毎日に「変なしがらみも余計なストレスもなく、純粋に生活や音楽に向き合えてるよ」とも話す彼。今回登場したニュー・アルバム『Tenderness』もその延長で生まれたものだ。自宅のスタジオから自身のクラブ、ホテルの一室まで場所を選ばぬ、本人いわく〈空飛ぶ絨毯〉なる移動式のレコーディング・システムは、「その場所の空気、ノリ、時間までコンパイルできるようになったのがよりリアルだし、画期的だった」とか。今回実現したLAでの曲作りにしても、気負いやストレスとは真逆のものだったようだ。

 「俺は真冬の過酷な時期に制作モードに入ったりするから、実際に聴いてて〈痛い曲〉も多かったんだ(笑)。でも表現したいことはそればかりではなくて、筋肉の緩さが必要だと感じた。俺のスタジオ環境もモバイル式にシフトしたんで、LAの風を注入しに、さくっと2週間HI-DEF(本作にも客演で参加)の家を借りて制作に没頭したんだ。いやぁ、最高だったよ! 旧友のエル・サディークや鎮座DOPENESSも合流して曲作りができたんで、成果は絶大だったと思うよ!」。

 「(旭川の生活は)充実してたし、人生の名場面みたいなものもたくさん味わった。自由を謳歌していたとも言える。すべてがありがたいんだ」——満ち足りた日々のなかで心向くまま作ったアルバムは果たして、これまで以上に穏やかなムードも随所に湛え、B.I.G.JOE本人をして「生身の人間としての物語」と言わしめる作品になった。その最たる曲こそ、EVISBEATSの温かいトラックで妻に宛てた、衒いのないラヴソング“Mature Love”だろう。

 「どれも好きな曲ばかりだけど、あえて思い入れ深い曲を挙げさせてもらえれば、やっぱりEVISさんと作った“Mature Love”かな。曲が出来たあと、カミさんに聴かせたら、とても嬉しそうに泣いていたよ。いろいろ苦労かけているからね(笑)。少しでも幸せと思ってくれたのかな?」。

 

良い影響を与えるもの

 それらの曲と共に『Tenderness』というタイトルもまた、日々穏やかな彼のありようを映すが、アルバムではそこに伴う責任や、人を飼いならす社会、憂うような現実を見渡すまなざしも隠さない。

 「本当の強さは優しさだと思うし、虚勢を張ったり、自分をごまかして作る音楽には興味が持てなくなってしまった。(タイトルには)〈みんな、鎧を脱ぎ捨てよ!〉という意味もあるのかな(笑)。でも穏やかではあるけども、俺はイエスマンを庇護しているわけではない。むしろ曲中では意識が目覚めるように促したい。ベストなスタンスは〈台風の目〉です。暴風の渦中にいながら無風状態で外を冷静に見つめるという」。

 人を縛るシステムに反旗を翻し、〈ありったけのスキル駆使して抜け出せ〉と歌う“Be Free”。Fumitake Tamura(BUN)のビートレスなオケに乗せて、金がヘイトを生み出す現代に〈人はシンプルに生きられないのかい?〉と投げかける“シンプルな答え”。美しき自然から目を転じ、争いや格差が広がるこの世界を眺める“Heaven”。そして何より、客演したSHAKA DIGITALのラガ・フロウを道連れに、アウトロでの〈心の声にフタをすんなよ!〉の一言が曲に刺さる“Follow Where My Heart Goes”。それらに加え、ラップ、サウンド面でも新機軸を含めたさまざまな面が本作には収められている。タッグ作から実に12年ぶりにエル・サディークと共演した“The Future”や、“Keep It Real”といった90s回帰アンセム。Aaron Choulai作のジャジーなビートに転がすラップで、キャリアを永らえるラッパーの矜持を刻み付ける“Evergreen”。あるいは、ロッキンなギターの鳴り響くトラップのビートに挑んだHI-DEF制作($mozart名義)/客演の“サイケデリック・ランナウェイ”や、月をモチーフにKM制作のメロウなビートで泳いでみせる“Under The Moonlight”。はたまた、鎮座DOPENESSとのくつろいだセッション“Californication”に、深夜に自宅のドアを叩く音から始まる怪談めいた一編“ノックノック”……さまざまなチャレンジにもB.I.G.JOEは「苦しんだ曲はない。どれも安産だったし、好きな曲ばかりだよ」と事もなげに語る。本作についての話は続く。

 「このアルバムは俺の家族はもちろん、俺の周りの人々、そして聴いてくれた人々に良い影響を与えるものだと思う。それはセールスが富をもたらすとかいう次元ではなくて、考え方、スタンス、生き方、やり方、打ち出し方などでね。ラッパーとしての苦悩や、ゲットー・メンタリティーみたいなもの、また、〈こうでなくてはいけない〉みたいな固定観念から抜け出せる一つの方法論だと思う」。

 幼い我が子の、言葉になりきらない愛おしい肉声を大きくあしらったアルバム最後のアウトロは、本作ならではの最高の幕引き。家族と寄り添う彼の生活は続き、その音楽もまた彼と共に歳を重ねていく。

 「ラッパーとして、また表現者として生きるということは、常にさまざまなことを学ばざるを得ない立場だということ。つまり(ラップは)考える人たちの叫びだよね。でも、長く考えて出した解答が、必ずしも正解や正論とは限らない。発明は一瞬であったりするし、その発明で多くの人が救われることもある。まあ、良いラッパーになるには、やり続けること、そして人の話をよく聞くことだね」。

『Tenderness』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

B.I.G.JOEの参加作品を一部紹介。

 

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