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弦楽器ならではのアンサンブルの快感を持つウィ・バンジョー・スリーのサウンド

さて、そんな文脈で聴いてほしいのがウィ・バンジョー・スリーだ。

2012年に結成された彼らはアイルランド出身の兄弟2組によるアイリッシュ・トラッドのバンドで、3人がバンジョー奏者で、それぞれが時折マンドリン、ギターも弾き分け、そこに更にフィドル奏者が加わった4本の弦楽器の編成だ。個々のメンバーがそれぞれアイルランドのトラッドのシーンのトップ・プレイヤーで、スーパー・グループ的な扱いをされている。

2019年のライヴ・アルバム『Roots To Rise Live』収録曲“Prettiest Little Girl”
 
“Pressed For Time”を演奏する2015年のライヴ映像
 

これはジャズ・ギタリストのジュリアン・ラージがインタヴューで語ってくれたのだが、もともとブルーグラスはカナダ経由でアメリカのアパラチア山脈に移り住んできたスコットランドやアイルランドの人たちが持ってきたアイリッシュ・トラッドがルーツにあり、それがアメリカで形を変えて、進化し、発展したものだという。またバンジョー自体はアフリカからアメリカに連れてこられた奴隷たちがアフリカの弦楽器を基に改良を加えたもので、アメリカで生まれた楽器とも言える。それがのちにアイルランドにももたらされて、アイリッシュ・トラッドの人たちにも演奏されるようになった。

つまり、アイルランドとアメリカの間でお互いに影響を与え合い、それぞれがブルーグラスやアイリッシュ・トラッドと言う形で進化していって、その最新形のひとつがアメリカのパンチ・ブラザーズだったり、アイルランドのウィ・バンジョー・スリーだったりして、その二組の音楽がそんなに遠くないものになっているのはなかなかに面白い。ちなみにアメリカのブルーグラスで使われるバンジョーは5弦で、アイルランドで使われるバンジョーは4弦らしい。この辺の時間や土地、解釈の違いによって同じ楽器にさえもたらされる微妙なズレもまた、こういった音楽を聴く楽しみでもある。

『Roots Of The Banjo Tree』収録曲“We All Need”のライヴ映像
 

もともとはバカテクのミュージシャンによる鉄壁の演奏を楽しむ感じだったのだろうが、ウィ・バンジョー・スリーの2018年の『Haven』を聴くと、アイリッシュ・トラッドやブルーグラスの要素はありつつも、ポップでさわやかな歌ものに仕上がっていて、フォーキーなロックとしても聴くことができる。インディー・ロック枠のフォーキーなシンガー・ソングライターを意識しているのもわかるサウンドで、そのメロディーやコード進行もトラッドやブルーグラスから少し離れて、より親しみやすいサウンドになっている。こういった部分はパンチ・ブラザーズだけでなく、同バンドのマンドリン奏者クリス・シーリがソロ作品でやっているサウンドとの共通性を見出すこともできそうだ。

『Haven』収録曲“Light In The Sky”
 

また2019年に発表されているライヴ盤『Roots To Rise』では、ウィ・バンジョー・スリーのその演奏の圧倒的なテクニックを聴くことができる。キャッチーな歌ものの中にも刺激的な瞬間がさらっと仕込まれていて、ライヴ・ミュージシャンとしてのレヴェルの高さをまざまざと見せつけられる。特に後半部のインスト曲は圧巻で、観客の盛り上がりが歓声の大きさとしてそのまま収められているが、それも納得のパフォーマンスの連続。3本のバンジョーが高速で音の粒を奏でる中で、それらがパズルのように組み合わさりながら、フィドルのロングトーンとも重なり合い、独特の軽やかさとともに、時に豊かに響き合う様は弦楽器のアンサンブルならではの快感だ。ハーモニーを積み重ねていくのではなく、それぞれが奏でる別々の旋律が絡み合いながらひとつの楽曲を形成していく対位法的な魅力は現代のアメリカのジャズを聴く楽しみとも似ているが、むろんパンチ・ブラザーズとも似ているので、ジャズのリスナーにも楽しめるはずだ。

アイルランドからの移民がアメリカに持ち込んだ音楽が発展したブルーグラスや、アフリカから持ち込まれた弦楽器が発展したバンジョーという視点だけでなく、アフリカやカリブやヨーロッパから持ち込まれた音楽がアメリカで組み合わさって生まれたジャズのように、アメリカに移住したり連れてこられた人たちの音楽がもとになり、それが発展し生まれたブルースやロックなどの様々な音楽が混じっているのも、どこかロマンティックだ。ウィ・バンジョー・スリーの音楽は、そんな音楽における歴史や、あらゆる音楽が持っているハイブリッドなサウンドの実態みたいなものを感じさせてくれる。

結成当初はエンダ・スカヒルとマーティン&デイヴィッドのハウリー兄弟の3名編成だったウィ・バンジョー・スリーが3本のバンジョーのみという貴重なアンサンブルを披露する、2012年のファースト・アルバム『Roots Of The Banjo Tree』収録曲“John Brown, The Lost Indian, Sail Away Ladies”
 
2014年のアコースティック・セッション映像

 


LIVE INFORMATION

ウィ・バンジョー・スリー 単独公演
12月4日(水)大阪 梅田CLUB QUATTRO
12月5日(木)東京 渋谷CLUB QUATTRO
http://www.plankton.co.jp/webanjo3/index.html

ケルティック・クリスマス 2019
2019年12月1日(日)
会場:神奈川 よこすか芸術劇場
出演:シャロン・シャノン、ウィ・バンジョー・スリー、タリスク
※終演後アフター・パーティー(セッション)開催

2019年12月7日(土)
会場:長野・長野市芸術館メインホール
出演:シャロン・シャノン、ウィ・バンジョー・スリー、タリスク、クリスティーン・カー(ダンス)

2019年12月8日(日)
会場:東京 すみだトリフォニーホール 大ホール
出演:シャロン・シャノン、ウィ・バンジョー・スリー、タリスク、クリスティーン・カー(ダンス)

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助成:Culture Ireland