コラム

ソ連出身のピアニスト、イゴール・レヴィット(Igor Levit)がふたたびベートーヴェンのソナタに挑む

Photo: Daniel Pasche

〈起点〉が〈終点〉を内包するイゴール・レヴィットのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ」全集

 1987年に旧ソ連で生まれながら8歳で家族とともにドイツへ移住したピアニスト、イゴール・レヴィットの経歴は深い信頼関係で結ばれた15歳年長の指揮者キリル・ペトレンコ(18歳でオーストリアに移住)とほぼ、パラレルの関係にある。ユダヤ系ロシア人音楽家の家系に脈々と受け継がれてきた豊かな土壌と、ドイツ=オーストリアの高等音楽教育のハイブリッドは〈鬼に金棒〉の基礎体力&知力を育んだに違いない。レヴィットは2013年、ベートーヴェンの 「後期5大ソナタ集(第28-32番)」でソニーミュージックからデビューした。

 日本では、2017年9月17日の東京文化会館でペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団とラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」をたった1度共演するためだけに来日、アンコールのワーグナー~リスト「イゾルデ愛の死」ともども隅々まで磨き抜かれたピアニズム、知的で繊細、心にしみる音楽性で客席をノックアウトした。2020年の作曲家生誕250周年に先がけて2017ー2019年に残り27曲を録音、既発の5曲と合体させたベートーヴェンの「ソナタ全集」でも、鮮烈な印象は変わらない。実に不思議なのは、6年前に聴いたはずの最後5曲も、第1番から番号順に第32番まで試聴してみると、当時とは全く異なる印象を受けることだ。

IGOR LEVIT ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 全集 Sony Classical(2019)

 「音楽の起点は終点を既に内包している」と、往年の大指揮者セルジュ・チェリビダッケは語った。レヴィットは後期の作品から源流に遡った結果、ベートーヴェンが作品2の番号を持つ第1−3番を作曲した段階から一貫して、第32番の融通無碍の解脱境へと到達するプロセスを抜かりなく再現する目標を成就させたのではないか? 〈悲愴〉〈月光〉〈熱情〉などのニックネームに惑わされず、余分な文学性を排して弾く一方、第4番や13番、18番、28番……と重要な転換点に位置するソナタの面白さはとことん、掘り下げる。32曲を興奮し、一気に聴いたのは久しぶり。第1番からクロニクルに聴き進めることをお勧めする。

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