ハーディング&レヴィットが誘う〈遠方への旅〉
ウィーンのコンサートと言うと、どうしても〈ニューイヤー〉が注目されてしまうけれど、ウィーン子にとってはシェーンブルン宮殿を背景に行われる〈サマーナイト・コンサート〉のほうが、より身近なコンサートとして親しまれているという話をよく聞く。これまでのその映像を観ると、広大な庭に設えられた客席に、気軽に音楽を楽しもうという老若男女が詰めかけ、豪華なアーティストの演奏を心から楽しんでいる姿が映し出されており、湿気と虫の多い日本の夏では、こうしたコンサートは無理だろうなと、個人的にはなぜか少し落ち込むのが常だ。
残念なことに、この新型コロナウイルスの感染流行により、恒例の〈サマーナイト・コンサート〉も大勢の聴衆を集めることが出来ず、2021年は医療関係者と教育関係者を中心とする3000人ほどの聴衆のために開催されたと言う。その聴衆の前に登場したのはダニエル・ハーディングとイゴール・レヴィットという、日本のファンにとってもかなり興味深い組み合わせのアーティストふたりだ。2021年のコンサートのテーマは〈Fernweh=遠方への憧れ〉で、それはつまり、移動に多くの制限が課されている現在の状況を癒す意味も含まれている。
DANIEL HARDING, VIENNA PHILHARMONIC ORCHESTRA 『ウィーン・フィル・サマーナイト・コンサート2021』 Sony Classical(2021)
ヴェルディの歌劇“『シチリア島の夕べの祈り』序曲”からスタートし、レヴィットをソリストに迎えたラフマニノフの“パガニーニの主題による狂詩曲”が速めのテンポのなか、しかし、同時に憧れをかき立てるようなイメージで演奏される。続いてバーンスタインの“ウェスト・サイド・ストーリーからシンフォニック・ダンス”、エルガーの“愛の挨拶”、ドビュッシーの“牧神の午後への前奏曲”、さらにはホルスト“惑星”の“土星(ジュピター)”へと、宇宙空間にまでカラフルな旅が進んで行く。ウィーン・フィルと深いつながりを持つハーディングらしい選曲、それに見事に応えるウィーン・フィルのメンバーの楽しげな雰囲気もまた、私たちを癒してくれる。