東京を拠点に活動するロック・バンド、chie。大学時代によく通っていたという居酒屋の名前からバンド名をとったという3人組は、下北沢のライブハウスを中心に精力的な活動を続けている。彼らの魅力はなんといっても、青臭さと芯の強さの両方を醸す歌声と、パワフルでエモーショナルな演奏。若者の抱える悩みや葛藤、諦めきれない夢をビタースウィートなタッチで描いた楽曲は、初期のフジファブリックやandymoriを想起させる。この度リリースされるバンド初の全国流通盤『ORDINARY HOURS』に合わせて、3人にインタビューを実施。バンドの音楽的なバックグラウンドからトリオ編成でのこだわりまでを語ってもらった。
シンプルな歌もの+エモ
――もともとヤマダさんとイノマタさんのおふたりで2018年からchieをはじめたそうですね。当時はどんなバンドをめざしていたんですか?
イノマタ ダイチ(ドラムス/コーラス)「2人とも大学の同じ軽音サークルに入っていて、そこでいろんなバンドのコピーをしていたんです。andymori、eastern youth、あとはアメリカン・フットボールやPeople In The Boxとか。そうしていくうちにオリジナルもやりたくなり、はじめた感じですね」
――なるほど。やはりコピーしていたバンドもスリーピースが多いんですね。
ヤマダ カイト(ヴォーカル/ギター)「僕とイノマタではじめたときは、いわゆるスリーピースらしいandymoriとかに近いシンプルな歌もののバンドをやろうと思ってたんです。だけどスタジオに入るうちに、お互いエモが好きだから、僕がエモっぽいギターを弾くとイノマタも食いついてきて。そこで、彼とやるんだったらこういうのもありだよなと、歌ものとエモをミックスしてやれたらおもしろいかなと思ったんです。その感じはいまも変わってないように思います」
――確かにエモさはchieの大きな魅力ですよね。そもそも3人は、どんなバンドを聴いて〈自分も音楽をやりたい〉と思ったんですか?
イノマタ「僕はsaidがデカいです。メンバーの大久保(竣介)さんがサークルの先輩にいたこともあり、〈俺もこういうふうにやれたら〉と思わせてくれた存在。自分の背中を押してくれたんです。音楽的にもsaidの音楽は僕の中でドストライクでした」
ヤマダ「僕はsyrup16gですね。彼らみたいに、コード進行は難しくないけど、かっこよく歌っているバンドを聴いて、自分でもできるんじゃないかと思ったのが曲を作りだしたきっかけでした。曲調はそんなに暗くないのに、歌詞はちょっと暗い……そのギャップが好きです」
アサミ リンペイ(ベース/コーラス)「僕にとってもシロップは大きな存在です。もともと親がUKロックを好きでビートルズやオアシスを聴いていたんですけど、中学生のときにシロップやNUMBER GIRLを知って、日本にもすごくかっこいいバンドがいるんだな……と気づきました。高校生になってからはcinema staffと出会い、その頃は残響レコード系のバンド――People In The Boxやmudy on the 昨晩とかを聴いてました。ライブのテンションは、いまだにすごく影響を受けていると思いますね」
サポートなのにいちばん目立つヤツ
――アサミさんは結成当初のメンバーでなく、前任ベーシストの小原さん脱退後、まずサポートで参加されたんですよね。確かにアサミさんが加わって以降のchieは、ライブの雰囲気が熱くなった印象です。
イノマタ「彼が別のバンドでサポートをやっているのを観たとき、ステージでいちばん目立っていたんですよ(笑)。サポートなのに。それがよくて、〈こいつとやってみたいな〉と思って誘ったところもあって。で、やってみると、やっぱりちゃんとバンドの一員として取り組んでくれたんですよね」
――そして、去年の11月末に正式加入したと。アサミさんの加入前に、chieは2作のデモを自主制作で発表してきました。アサミさんは加入前からバンドのことを知っていました?
アサミ「何度かライブは観たことがありましたね。2枚目のデモ『SIREN』(2018年)からミュージック・ビデオにもなった“cities”という曲、あれをはじめてライブで聴いたとき、ものすごく良くて震えました。当時はメンバーを深く知っていたわけじゃないけど、すごくバンドの人間性が出ているなと思ったんです。なんていうか……飾らないんですよね。素直でやりたいことに忠実で。そういうところがchieの魅力だと思います」
ヤマダ「『SIREN』に関しては、バンド活動について歌った曲が多かったなと思っています。当時、〈バンドをやるのってホントに難しいことだな〉と痛感していたんですよ。収録した3曲とも、バンドをやりながら感じたことがテーマになっていますね」
――当時、どんなことを感じられていたんですか?
ヤマダ「僕は音楽をやりたい気持ちがあるし、バンドをやりたい気持ちもある。ただバンドは〈音楽をやりたい〉って気持ちだけじゃなかなかできないなと思うことも多くて。その葛藤がすごくあったんです。やりたいことをバンドで表現しようとするには、ものすごく努力と時間が必要で、そこで良くも悪くも妥協する必要も出てくる。その感覚をメンバーと共有するための伝え方も難しいな……と悩んでいました」
――chieは結成してわずか2年で、今回のデビューと順調に進んでいるように見えます。バンドが軌道に乗っていくなかでメンバー同士が意識を合わせていくのが難しかったのかもしれませんね。小原さんの脱退もそうした経緯が関係している?
ヤマダ「それはあると思います。とはいってもバチバチにぶつかって別れたとかではないんですよね。いまも仲いいですし」
andymoriやeastern youth、チャットモンチー、秀吉……3ピース・バンドの魅力
――メンバーから見て、ヤマダさんの書く曲はどんなところが魅力ですか?
イノマタ「歌詞に関して言うとすごく生活に寄り添っているというか、そのままのこいつが出ている感じなんですよ。ボロっと出すぎやろってくらい人間性が出ているんです」
ヤマダ「意識して出すというより、気がついたら出ちゃっている感じですけどね(笑)」
イノマタ「メロディーに関してもそうで、素直なところがいちばんいいなと思います。僕は複雑でテクニカルなバンドも好きですけど、chieに関しては演奏はシンプルで、そこにいいメロディーが乗っているというバンドでいたいんです。今回の『ORDINARY HOURS』でも、何も飾ってないと思いますし、あらためて歌詞を読んでも〈ヤマダ節だな〉って(笑)。だから安心しましたね。聴き終わったあとに、chieだなと思えた」
――制作するにあたって、3人でどんな話をされたんですか?
ヤマダ「スリーピースであることを意識しようとは言ったかな。僕のギターもあまり重ねずに基本的には1本で、イノマタのドラム、アサミのベースが鳴っている。この3人でやっている感じをしっかり出したいと思っていました。だから、誰か1人が目立っているようなフレーズとかはあんまりない。3人だからこそできるバンド・アレンジを詰め込もうとは話していましたね」
――スリーピースであることへの想いはずっと変わらないんですね。
ヤマダ「たとえば4人ならできることはもっと多くなるんでしょうけど、あえて3人でやるおもしろさはあると思います。3人だからこそ、いろいろ試したりできるのがおもしろい。andymoriやeastern youth、チャットモンチーとかを聴いても、アレンジにものすごくバンドのカラーが出ているし、そういうほかにない演奏をしているバンドが好きなんですよね。そこをめざしたいなっていう気持ちはあります」
――『ORDINARY HOURS』を聴いたとき、これまで以上に激しくて疾走感があり、ロックンロール色が強まっているように感じました。アサミさんが正式加入したことの影響もあるのかなと思ったんですが。
ヤマダ「アップテンポの曲を多めに入れたいなとは思ってたんですよね。あとギターのハウリングの音からはじまるEPにしたかったんです。アサミが入ったことの影響は自然にあるとは思います。彼がいろんなアレンジを試してくれるから、そこでバンドとして変わった面も多い」
イノマタ「前とぜんぜん違うよね。アサミはテンション高いし(笑)」
――音作りの面で参考にしたものはありますか?
イノマタ「秀吉の“敗者の行進”じゃないかな。ちょうど俺らがレコーディングするときにリリースされて、聴いた瞬間に〈いや、これっしょ、こういう音でしょ〉となった。高校1年生のときに観に行ってから、ずっとファンで追いかけているバンドなんですけど、最近高崎のライブでご一緒させてもらう機会があって。そのあと新曲を聴いて、〈いや、chieこれじゃね?〉と思ったんですよ。俺らもアップテンポの曲が増えてきて、『ORDINARY HOURS』も5曲中4曲がパンクっぽい曲で、ちょっと難しいなと思っていたんですけど、秀吉の新曲を聴いて、めざすところがわかったんですよね。音の鳴り方をどうすべきかとか」
――どんな鳴りだったんですか?
イノマタ「もうライブ感がすさまじくて、聴いていていい意味で音源だと思えなかったんです。ドラムの音とかもめちゃくちゃ生々しくて。chieもライブですごくパンチが出るようになってきたし、そういうところも音源に組み込みたかったんです。綺麗に作るのももちろんいいんですけど、やっぱりライブ感を耳で感じてもらいたいなって」
ヤマダ「実際は秀吉の音源と、この『ORDINARY HOURS』はぜんぜん違うと思うんですけど、イノマタの言いたいことはわかりますね。サウンドの方向性を考えるにあたって、いろんなスリーピースの音源をみんなで聴きました。いままで名前を出したバンドはもちろん、bedとかも。今回の音源は、chieに合いそうなサウンドをみんなで寄せ集めて出来たように思います」
飾らないスタイルがchieらしさ
――『ORDINARY HOURS』を聴いて、ヤマダさんの歌詞は常に夜が舞台になっているなと思いました。“東京の夜”、“AM 1:00”は曲名からしてそうだし、〈24時25時26時〉(“シルバーグレー”)、 〈ゆっくりと夜が落ちてゆく〉(“TV”)と、歌詞でもよく夜の風景が描かれている。
ヤマダ「そこは無意識的ではあるんですけど、歌詞を考える時間帯が基本的に夜……家にいるときやどこかに行ったあとの帰り道とかなので、そのときの情景がおのずと入ってきているんだと思います」
――先ほど、素直に人間性が出ているという話になりましたが、5曲の歌詞を読んで、ヤマダさんはきっと夜に物思いにふけっている人なんだろうなと思いました。
ヤマダ「それは間違いないのかなと思います(笑)」
――くすぶっている自分の姿、こうなりたいという自分になれていない悲しみや諦観を歌いつつ、最終的には〈どうにかなるさ〉というほんの少しの楽観を匂わせる。そんな歌詞が多いのかなって。
ヤマダ「自分のなかでもchieの歌詞はこういうものでありたいというのはあります。chieの歌詞は、詩として整ってたり綺麗だったりするものではない。正直に言うと、僕のなかで理想的な歌詞ではないんです。かなり散文的で、文章をそのまま歌っているような感じだと思う。ただ、いまの整理されてないものを良しとするのがchieのスタイルだとは思っていて。だから飾らずにありのままを出せているんですよね」
――chieの曲は、夜明け前のちょっとした光を感じさせて終わるところがいいですよね。ちなみに今作の5曲のなかで、3人が特に好きな曲は?
アサミ「僕は“TV”ですね。ドラムがツービートで表打ちになっていて、勢いがすごい。いまのchieの勢いあるライブを反映できているなって」
イノマタ「うん、俺も“TV”ですね。これは名刺代わりとなるような1曲というか。『SIREN』のリリース・パーティーで初めてこの曲を演奏し、それ以降毎回ライブでやってきたんです。そこから少しずつ形を変えて、いまの“TV”になった。なので1年かけて完成され、ようやくレコーディングできたので思い入れが深い。お客さんやライブハウスの人から良いと言われることも多くて、みんなに届きやすい曲だと思う」
ヤマダ「いままでMVで出していた曲とは違うchieを見せられると思うな。chieの曲ってある意味どれも名刺代わりになれる……逆に言えばとびぬけたキラーチューンがまだないってことでもあると思うんですけど、そのなかでもいま推したい曲ではあるんです」
――最後に、この『ORDINARY HOURS』をどんな人に聴いてほしいですか?
イノマタ「これ、全員聴けると思うんですよ。バンドマンやよくライブに行く人はもちろん聴けるし、ぜんぜん下北沢とかに行かない人でも聴けると思う。洋楽のオルタナとかを聴く人も嫌いにはならない気がする。それが僕たちの魅力なのかなと思います。メロディーは誰にでも聴きやすいけれど、演奏では結構凝ったこともやっている。聴く人を選ばない作品になったと思うな」
ヤマダ「特定の層を狙っているわけじゃないよね」
アサミ「僕はやっぱり自分が入って初めての作品なので、(前ベーシストの)小原くん在籍時のchieが好きな人にも、最近気にしてくれている人にも聴いてほしいなと思います。過去もいまも未来も、そうですね……やっぱり全員に聴いてほしいですね(笑)」
ヤマダ「そして、それぞれのやり方で楽しんでほしいよね。僕は〈歌詞を聴いてくれ〉というタイプではないので、流し聴きでBGMにしてくれていいですし。逆に歌詞にしんみりしてくれても、落ち込んでくれてもいい(笑)。何も考えずにいい曲だなーと思ってくれるのも。ただ、ちょっと心が動いてウッとなってくれたら、いっそう嬉しいですね」
LIVE INFORMATION
chie pre."ORDINARY HOURS" release tour
2月7日(金)東京・下北沢 ERA
2月16日(日)栃木・宇都宮 HELLO DOLLY
2月17日(月)神奈川・横浜 F.A.D
2月27日(木)東京・吉祥寺 WARP
3月13日(金)埼玉・越谷 easy goings
3月14日(土)東京・新代田 FEVER
3月20日(金)神奈川・横浜 スタジオオリーブ
3月26日(木)東京・下北沢 SHELTER
3月28日(土)福島・いわき SONIC
4月18日(土)東京・下北沢 BASEMENT BAR