
テスラのCEOであるイーロン・マスクと交際し、彼との間に子どもを授かるなど、ゴシップ的な話題にも事欠かないグライムス。彼女が新作『Miss Anthropocene』をリリースした。DIYの宅録音楽家として後続に大きな影響を与えたグライムスは、本作でもトータルのプロダクションを徹底的にコントロールしている。
そんなグラムスは、デビュー当初から日本産ポップ・カルチャーへの偏愛を隠さなかった。インタビューではアニメやゲームからの影響を公言し、SNSや作品にはそれらのイメージをたびたび引用(乱用?)。そこで本稿では、グライムスと日本のアニメ/ゲーム文化との関係性を深掘りする。書き手は、〈ポップ・カルチャー・ウォッチャー〉の辰巳JUNKだ。 *Mikiki編集部

あらゆるところで日本のアニメを引用するグライムス
海外アニメ・ファンのあいだで、グライムスの新アルバム『Miss Anthropocene』が話題だ。収録曲“My Name Is Dark”のリリック・ビデオを観てみよう。「美少女戦士セーラームーン」フィルターをまとったグライムスの背後には、「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズや「小林さんちのメイドラゴン」といった日本アニメの映像がインサートされている。少女が燃えさかる「落第騎士の英雄譚」の引用に至っては、プレ・コーラスのリリック〈You know me as the girl who plays with fire〉と重なる演出だ。さらに、“Delete Forever”のミュージック・ビデオでは大友克洋「AKIRA」第4巻の表紙がトリビュートされているし、リリース当時、彼女がTwitterアイコンにしていた画像は「異種族レビュアーズ」のキャラクターであった。
AKIRA、ゼルダ、セーラームーン、トトロ、攻殻……幼いころから日本カルチャーを愛好
多彩な表現で知られるグライムスが日本のアニメや漫画をフィーチャーしたことは、そう驚きではない。88年カナダに生まれた彼女の本名はクレア・バウチャー。幼いころ「天空のエスカフローネ」と出会って以来、さまざまな日本カルチャーを愛好してきたことで知られる。「AKIRA」を代表作とする大友克洋を敬愛し、イラストレーターを志す時期もあったという。また、ビデオ・ゲームへの愛も強く、とくに「ゼルダの伝説 時のオカリナ」に関しては、トライフォースのタトゥーを兄弟や親戚とお揃いでいれるほど思い出深いオールタイム・ベストだと語っている。
さまざまなコンテンツに囲まれて成長したグライムスは、ヴィジュアル・アート製作も行うDIYアーティストとして頭角をあらわしていき、2012年にはサード・アルバム『Visions』によって世界中から称賛を集める存在となった。
西洋では奇抜にうつる日本のアニメ・カルチャー的表現もアートワークの特色だ。たとえば、Pitchforkの〈2010年代ベスト・ソング〉第2位に選出された同アルバム収録“Oblivion”のMVでグライムス演じる女性は「セーラームーン」や「となりのトトロ」の小柄でパワフルな主人公をイメージしたものである。
2013年当時、The Japan Timesにて〈日本のオーディエンスと共鳴する理由〉を問われたグライムスは、以下のように語っている。
たぶん、かわいらしさの定義がある。いい言葉が見つからないけど、それらは(かわいいと同時に)パワフルで、意味深いものだから。そのコンセプトは、つねに私とつながっているし、私という人間や私がつくるアートの大きな部分を占めるものでもある。(そうしたかわいらしさの概念は)北米の人々を混乱させることもあるんだけど、日本では一般的なものなんだよね。
同記事において「攻殻機動隊」シリーズに参加した作曲家、川井憲次と菅野よう子を称賛したグライムスは「今取り組んでる作品はさらに(彼らからの)影響が強い」と語っている。それは有言実行されたと言ってよいだろう。
グライムス=マンガ・ヒロイン?
2015年にリリースされた4作目のアルバム『Art Angels』は、ヴィジュアル面をとってもアニメ・カルチャーの要素にあふれている。カヴァー・アートからして「エヴァンゲリオン」からのインスパイアであるし、不良少女たちが都市で暴れまわる“Kill V. Maim”のMVは「AKIRA」の影響が色濃い。2018年にドロップされた“We Appreciate Power”のMVにいたっては、明確に「エヴァンゲリオン」に登場するプラグスーツやNERVのモチーフを見ることができる。
2010年代後半、北米ポップ・カルチャーにおいて、グライムスの日本アニメ・カルチャー的表現は彼女の作家性としてすっかり知れ渡ることとなった。「エヴァンゲリオン」をモチーフとしたルイ・ヴィトンのコレクションを衣装にしたMANIFESTOのインタビューでは、グライムスのファッション・スタイルを〈マンガ・ヒロイン〉と形容してみるのはどうか、といった問いかけがなされている。
アニメやゲームで描かれる〈世界の終わり〉と自身のアート・コンセプト
アニメ好きアーティストとして知られるグライムスだが、アート・コンセプトを強化する引用がたくみな芸術家でもある。『Miss Anthropocene』のラストに座する“IDORU”のMVでフォーカスされるコンテンツは、PS4ゲーム「ニーア オートマタ」、そしてアニメ「少女革命ウテナ」シリーズである。
この2作、そして前出“My Name Is Dark”でとりわけフィーチャーされた「エヴァンゲリオン」には、ある共通点がある。かたちはちがえど、どれも黙示録的なモチーフを持つシリーズなのだ。世界の破壊とあらたなる創造、またはポスト・アポカリプスと言ってもいいかもしれない。“My Name Is Dark”に挿入される「小林さんちのメイドラゴン」にしても、基本的にはほのぼのとしたアニメだが、人間社会を破滅に追いやれるほどの力をもったドラゴンが別世界からやってくる物語であるし、シーズン1のラストには〈終焉帝〉なるキャラクターが登場している。これらの作品群は、すべての曲でなんらかの〈世界の終わり〉が描かれていくコンセプト・アルバム『Miss Anthropocene』とみごとに共振する。
これは世界の終焉の音
夜の果てまで共に踊ろう
狂気、知性、大胆さ、真実、そしてその欠落
きっとそれが私達の命を奪う
(“Before The Fever”より)
〈世界の終焉を楽しむ女神〉を演じるグライムス
『Miss Anthropocene』は、一体どんなアルバムなのか。ことのなりゆきとして、2018年ごろ、テスラ社CEOのイーロン・マスクと交際したグライムスの注目度が激増した一件がある。DIYアーティストとして知られる彼女と億万長者の恋愛は奇抜なゴシップとして取り上げられていき、ファンのみならずミュージシャン仲間からも反発を買っていった。
コントロール不能な報道合戦やバッシングによって〈独立した芸術家〉としての地位を脅かされたグライムスは、ひとつの答えにたどりつく。〈悪役にされつづけるのなら、芸術的にそれを追及したい〉。そうして創造されたアルバム『Miss Anthropocene』のタイトルは〈気候変動を擬人化した女神〉を意味するそうだ。環境問題に危機感を抱いてきた彼女は、みずからを〈世界の終焉を楽しむ女神〉に見立てることでヴィランを演じてみせたのである。
「バットマン」シリーズのジョーカーこそ映画が生み出した最高の存在であり、大衆は「アベンジャーズ」のサノスを熱烈に愛している……そう主張する本人いわく、このアルバム・コンセプトは気候変動を〈楽しいもの〉にする試みなのだという。多くの人が語りたがらないシリアスなイシューを邪悪で魅力的なキャラクターにしてしまえば、人々を楽しませるかたちで広めることが可能、というわけだ。
ややスキャンダラスなテーマだが、すぐれた悪役が人々を魅惑すること自体は否定できないだろう。「ジョジョの奇妙な冒険」のディオ・ブランドーや「美少女戦士セーラームーン」のネヘレニア、「鬼滅の刃」の鬼舞辻無惨など、日本のポップ・カルチャーにおいてもファンを夢中にさせるヴィランは日々生まれつづけているのだから。
実験的な創作をつづけること
Interview Magazineにて、アニメは「クレイジーな表現を比較的低コストで行える」アート・フォームであると語ったグライムス。そんな彼女が作品を通して提示するイシューの一つに、テクノロジーとアートの関係性がある。「われわれは自分たちよりも賢い人工知能と競争しないでいられる世代最後のアーティスト」と予言する彼女は、シンガー・ソングライター、ゾラ・ジーザスと議論するなかで、こうもツイートしていた。
すべてのアートが優れているわけではないけど、芸術ってそういうものでしょ。重要なのは、人々が実験をつづけること。
ときに〈クレイジー〉と受け止められる実験的な創作をつづけるその姿勢は、日本のアニメ・カルチャーとグライムスに通じるところではないだろうか。